038 橋上さんの望み
橋上さんが俺に見てほしかったもの、それは……。
「アクションカメラ?」
小型のカメラだが、その形状には見覚えがあった。
アクションカメラ、もしくはウェアブルカメラとも言う、身体に装着して使ったりするアウトドア系のカメラだ。
「ご存じでしたか……まだ出たばかりなのですけど」
橋上さんが感心している。
実はこれ、もとの世界では結構前から発売されていた。
動きのあるものが撮影できるとあって、スポーツ業界では常識となっていた。
マリンスポーツや登山、ハンググライダーなど、アクティブな撮影のみならず、マラソン時に装着したり、自転車にくくりつけたりと、俺の周りでも持っている者はそれなりにいた。
「これって、外で撮影するやつだね。なんで俺に?」
「美しいものを永遠に残しておきたいと思うのは、人類共通の思いではないでしょうか」
ないでしょうかって……範囲が広すぎる。
それにこの場合、美しいものって、話の流れから俺のことだよな。
まあ、橋上さんの気持ちも分かる。
旅行で美しい景色に出くわすと、思い出として、それを写真に収めたりする。
『17歳の肖像』とかいいながら、最高の自分を残そうとする人もいる。
ナルシズムと言うなかれ、人は永遠ではないのだ。美しい時に、美しい状態のものを残すのは当然のことだと思う。
「えっとつまり、これを使って、俺の姿を残したいと?」
一応、確認してみた。
「はい。許可さえいただければ、いますぐにでも購入して、わたしのメモリアルにしたいと考える所存です」
少し変なスイッチが入っている気がするが、あれだ。アイドルの生写真や、鉄道写真を撮るファンと同じ心情だろう。
橋上さんは特区外に住んでいる。ゆえにこれまで男性の写真を直接撮る機会に恵まれたことはなかったと思う。
特区に来て男性を写すのは難しい。女性がガードしているし、頼んだところで許可なんか得られない。
盗撮ならばできるが、まあ、やらないほうが無難だ。それゆえ、橋上さんはいまだ、このアクションカメラを購入していなかったのだろう。
俺が許可を出せば、これを購入して撮りまくると。そういうわけだ。
暴走させるとヤバい気もするが、橋上さんの望みというのなら、叶えてあげたい思いはある。
それに実は、考えていることもあったりする。
「橋上さん、それは写真だけ? それとも映像込み?」
「もちろん、両方ですわ」
「どこかにアップしたりする?」
「いえ、個人で楽しむのみです」
橋上さんは真顔だ。
「もしだけど、俺が望む映像とか、撮影してくれる?」
「……望む映像ですか? 可能な限り、ご要望には応えたいと思います」
「だったら、いいよ。そのかわり、あとで協力してもらうこともあるだろうけど」
「その言葉、いただきました」
そこからが長かった。
事前にカタログスペックは頭に入っていたらしいが、それでもじっくりと時間をかけて、購入するアクションカメラを選んでいた。
「宗谷くん……写真だよ、いいの?」
菊家さんが心配して聞いてくる。
「ちょっとね、考えていることがあるんだ。橋上さんがいると、それができそうな気がする」
「……?」
この世界にも動画アップロードサイトがあるが、いまいち盛り上がりを見せていない。
再生回数は俺が思っているよりも、かなり少ない。
ヒマな時間に動画を視聴する習慣がまだ根付いてないのだろう。
動物や自然の風景、自身の日常をマメにアップする人はいるし、個々にファンが付いている。
おそらく、業界としてまだ成熟していないのだと予想できる。
「バズる」という言葉もない。これは人口が少ないせいではないかと、俺は考えている。
もとの世界の半分以下の人口では、情報の拡散スピードも、もとの世界に比べて緩やかなのかもしれない。
遠野さんが、「何かのインフルエンサーになりたい」と言ったとき、ふと思った。
俺も世の女性たちに、影響を与える何かできないだろうかと。
漠然とした思いだったが、多くの女性に向けたメッセージみたいなものが出せればいいなと考えていた。
今日、ここに連れてきてもらって気がついた。
動画を撮影して、世の女性たちとつながりを持つのはどうだろうか。
はじめは人気がでないかもしれない。けれど根気よく続ければ、見てくれる人も増えるかもしれない。
だが、俺は機械に詳しくない。操作が複雑になると、お手上げだ。
橋上さんがいれば、その部分はクリアできるのではないかと考えたのだ。
撮影機材を買った橋上さんは、ホクホク顔だ。
「それじゃ、中央駅へ戻ろうか」
駅ビルの南が一番発展しているが、その分、訪れる女性が一番多い。
今日、遠野さんや青野さん、橋上さんに連れられて回った場所は、どちらかといえばマイナーなところばかり。
それゆえ、好奇な目はあったものの、大勢に注目されることはなかった。
中央駅周辺と南側は原宿の竹下通りみたいなものだろうか。
道路や店内は人で溢れているという。
そんな場所で長居はできないので、雰囲気だけ感じて帰るつもりだ。
「おすすめの店とか、穴場の店とか、定番の店とかあるけど、どれも宗谷くんを連れていくのは怖いわ」
菊家さんがやや困り顔で、そんなことを言った。
「店には入らなくていいよ。観光と同じで、見所を話してくれればいいし、最新スポットを遠くから眺めるだけでもいいから」
彼女たちを困らせるわけにはいかない。
女性ばかりの中に入り込んで、彼女たちと同じように雰囲気を満喫できるとも思えない。
「そう? ならば、少し高級なお店へ行きましょう」
「――ちょっと、そこの! 止まりなさい!」
硬質な声に呼び止められた。
振り返ると、スーツ姿の女性が四人、早足でこちらにやってくるところだった。
菊家さんたちが俺を守るように立ちはだかるが、女性たちの目的は菊家さんたちだった。
「身分証を見せてちょうだい、全員よ」
全員と言いつつ、俺には目もくれない。
「どうしたの? 早くしなさい」
女性の年齢はいずれも四十代後半くらい。菊家さんたちからすると、親子ほど歳が離れている。
胸元のバッジには『党』という文字が大きく彫られている。これが噂の党人会だろうか。
逡巡していた菊家さんたちだったが、学生証を見せることにしたようだ。
「ふうん、特区外生ね。男性をこんなところに連れ回して、どういうつもりなのかしら。ことによったら、永久退去措置を取るわよ」
菊家さんたちは伊月高校の在校生なので、学生証さえ持っていれば、特区に来ることができる。
これは彼女たちに認められた権利だ。それを永久退去措置とは、穏やかではない。
「どういうことですか?」
みなを代表して、菊家さんがそう言い返した。




