030 クラスメイトの待ち伏せ
カードを受け取ったあと、真琴、裕子、リエの三人は、俺からサッと顔を背けた。
涙を見せたくないのだ。
男性の前で感情を露わにするのはよくないことだと、彼女たちは昔から教えられてきている。
簡単に言うと、「我慢しろ」ということだ。
情にすがるな、理性的であれ。
それは「男性に負担をかけさせるな」と言っているのに等しい。
この世界がいびつだと感じる部分はそこだ。
彼女たちが感情を正直に表現するのは、そんなに悪いことだろうか。
嬉しかったら喜び、悲しかったら泣く。
悔しかったら、声の限り叫んだっていいではないか。
だがおそらく、我慢が異常だと考えているのは俺だけなのだろう。
一般的な認識では、男性の前で我慢を強いるのは当然。
たとえ嬉し泣きだろうと、露骨な感情表現を男性に見せるのはよくないと、彼女たちは考えている。
「おいで」
俺はそっと真琴の肩を抱き寄せた。
元の世界なら、絶対にできなかったことだ。
だが、いまでは自然にそうすることができる。
真琴はビクッとしたあと、顔を伏せたまま、俺の肩に頭をあずけた。
続いて裕子を抱き寄せる。そしてリエも。
三人とも俺の肩や胸に顔をうずめたまま、嗚咽を押し殺している。
「これからも、よろしくな。ずっと、一緒だ」
彼女らの肩を抱いたままそう言うと、ダムが決壊するかのように、彼女たちは一気に泣き出した。
これでよかったのだ。
俺は、彼女たちが泣き止むまで、いつまでもそうしていた。
翌日、学校に行くと、昇降口のところで髪の長い女性が俺を待ち構えていた。
班員のガードをかいくぐるため、登下校時に待ち伏せされることはよくある。
だが、同じクラスの人から待ち伏せされるのは珍しい。
「用があれば、ウチの班長を通してくれれば話すのに、篠さん」
彼女は篠志穂さん。腰まである長い髪が特徴の美人さんだ。
透き通るような真っ白な肌は、これまで一度も日焼けなど、したことないと思わせる。
「特区外生に取り次ぎを頼むのですか? わたくしには、とてもとても」
プライドが許さないとばかりに、篠さんは首を横に振る。
「そっか。それで、俺に何の用?」
「母は、中央府中央局に勤めておりますの」
篠さんは笑った。これまた、並びのよい白い歯が特徴的だ。
「中央局は、エリート中のエリートの人がいるところだよね。それで?」
東京特区を統括しているのが中央府で、その中にさまざまな局が入っている。
その中でも、絶大な権限を有しているのが中央局らしい。
「新しい特区のあり方について、母を交えて有意義なお話をしたいと思いますの。それで宗谷様をわたくしの屋敷にご招待申し上げようと」
屋敷ときたもんだ。
「新しい特区のあり方というと、特区条例を変えたりとかかな?」
篠さんは首を横に振った。
「きたるべき時に備えて、密かに計画中の……新しい特区のことですわ」
「初耳なんだけど」
「わたくしたち学生で知っている方は、ほとんどいないと思いますわ」
つまり大人……おそらくは権力やコネを持っている人たちは普通に知っていたりするのだろう。
そして学生たちにはまだ知らされていない。それを知っている自分は特別……そう言いたいようだ。
「その話を篠さんの家で?」
「ええ、宗谷様もぜひ、その一翼を担っていただけたらと思いまして、こうしてご招待差し上げたわけです」
彼女は、本当に15歳だろうか。
妖艶な魅力というか、魔力というか、背後に変なオーラが垣間見えるようだ。
「新しい特区ね。俺はあまり、興味はないかな」
というか、知り合ったばかりのクラスメイトの家になど、行きたくはない。
「話を聞いたら、ぜひともと思うことになりますのよ」
「だったら、興味が出たときに聞かせてもらうよ。そもそもその……新しい特区は、計画中なんだよね」
「ええ、そうです。具体的なところが決まりかけていますわ」
「なるほど……話を聞くのは具体的なところが決まって、そうだな……世間に発表されてからでもいいかな」
「男性の方すら、居住に制限がかかりますの。あとから希望しても、もう手遅れということもございますのよ」
「それならそれでいいよ。じゃ、俺は教室に行くから」
親の職業から話を持ってくるあたり、特区住み女子らしいと思うが、誘い方がやや強引だ。
男性の都合を考えない会話をするべきではないと、小さい頃から教わっているはず。
親がエリートならば、そのあたりの教育はなされているとみていい。
だからいまの誘い方は彼女らしくない。腑に落ちない。
「……俺が特区外の女子を班員に選んだからか?」
理由としては弱いが、癪に障る部分があったのかもしれない。
それで焦って、昇降口で待ち伏せることにしたか、それとも親に何か言われたのか。
いずれにしても、いま話を聞く必要はないし、家までホイホイとついて行くべきではないと思う。
新しい特区というのには、少しばかり興味があるが。
「おはよー」
遠野さんが教室にやってきた。すでに他の班員は揃っている。彼女だけ、遅刻ギリギリだ。
「ねえねえ、さっきそこの入口で、髪の長い女にすげー睨まれたんだけど」
来てそうそう、そんなことを言う。
なんとなく、思い当たるフシがあったが、黙って話を聞いておく。
「よくいろんな人から睨まれるよね」
「そうそう。この前なんかすれ違ったとき、舌打ちされたしさ」
そんな会話をしているが、彼女たちに堪えた様子はない。
男子と同じ班になった有名税と捉えているようだ。
「でもさ、なんていうの。こう、射殺さんばかりってやつ? すんごい形相で睨むのよ。思わず『はぁ?』って言っちゃったわ」
「なんでよ」
「だって、親のカタキみたいに睨まれるのよ。意味わかんないじゃない」
そこから、「それはおかしい」だとか「普通無視する」などと、ぎゃーぎゃーと言い合いが始まった。
すぐチャイムが鳴り、彼女たちは静かになったが、いまのやりとりも注目を集めたことだろう。
俺はそっと篠さんの方を盗み見た。
彼女は静かに前を向いて、「まるで、何も知りません」とでもいうように、こちらを無視していた。
遠野さんを睨んだ人物が篠さんだったのかは、遠野さんに聞けばハッキリするが、俺はそれをしないことにした。




