029 本日最大のイベント
特設会場に向かうと、耳の長いネコの看板が出迎えてくれた。
「カラカルね。ペットとして飼われることもあるけど、中型犬から大型犬くらいの大きさかしら」
「ネコでそれは大きいね」
もちろん、解説してくれるのは裕子だ。テレビのクイズ番組に出たらいいんじゃないかな。
「カラカルは、狩猟を得意とするハンターだから、美しい身体が特徴ね。看板に描かれているってことは、中にいるのかしら」
「きっとそうだろう。じゃ、入ろうか」
真琴たちが用意したチケットは、植物園とこの特設会場の入場券も含まれている。
中に入ると、広めの檻に多種多様なネコが入れられていた。俺たちの視線は、自然と裕子に集まる。
「手前にいるのはオセロットね。結構、どこの動物園にもいると思うから、分かると思うけど」
「いや、いや、いや、分からないって」
それなりにメジャーらしいが、一度覚えたとしても、すぐに忘れてしまう。
「そのとなりの檻にいるのが、ベンガルヤマネコよ。さっきのカラカルと同じ地域に生息しているわ」
「なんか凜々しい顔立ちね」
「野生生物なんてみんなそうよ。さすがにトラやヒョウ、ライオンはいないわね」
裕子はそれぞれの解説を加えながら、俺たちを先導していく。
「裕子は何が一番好み?」
「この中だと、マヌルネコかしら。あのずんぐりむっくりした姿が愛らしいわ」
「な、なるほど……」
真琴が少しだけ引いている。もっとシャープなのとか、庇護欲をそそるものがいる中で、デブ猫の名を上げるとは思わなかったのだろう。
「なんか、モッフモフだね!」
リエの言うとおり、マヌルネコはもふもふだ。ぷよぷよと太っていて、とても野生で生きられるとは思えない。
「マヌルネコは高山地域に棲んでいるせいか、感染症に弱いのよ。免疫力が低いから、低地での飼育は大変だと聞いたわ」
「へえ、野生なのにね」
「他のネコは荒々しいのが多いせいか、妙に目を引くけど……ちなみにリエは何がよかった?」
「ボクは、ウンピョウかな。なんかカッコイイって思った」
「あれはたしかに格好良かったな」
ウンピョウは小型のヒョウのような体躯で、身軽に木に飛び乗ったりしていた。
「ウンピョウは樹上の生活を好むから、ここでも背の高い檻を用意して、キャットウォークをつくっていたでしょ」
「素早かったよねえ」
リエはご満悦だ。
その後、最近産まれたというボブキャットの赤ちゃんの授乳の時間がきた。
係員が俺たちの前にきて、授乳の様子を見せてくれた。
哺乳瓶から一心不乱にミルクを飲むボブキャットの赤ちゃんに癒やされたのは、言うまでもない。
「これで、だいたい全部見たかしら」
「そうだな。じゃ、最初の噴水前に行こうか。そこで休憩しよう」
その名の通り、ここには巨大な噴水がある。
噴水に小銭を投げ込んでも御利益はないが、それでも投げ込む人はあとを絶たないらしい。
「ちょうど、空いているベンチがあるな。そこに座ろう」
ベンチが噴水を囲むように設置されている。そのひとつに俺たちは座った。
規則的な水音と舞い上がる水しぶき。ベンチまで、かすかに水霧が漂ってきている。
「今日は楽しかったよ」
俺がそう言うと、真琴、裕子、リエの顔がほころぶ。
「考えてみれば、四人で出かけたことって、これまでなかったな」
一年と二年のときにいろいろあったせいで、女性不信になりかけていた。
そのせいで彼女たちと打ち解けるまで、数ヶ月はかかっている。
当然夏休みには互いに連絡し合う間柄でもなかった。
ある程度親しくなれた秋以降でも、わざわざ一緒に出かけるようなことはなかった。
必要なものがあれば代わりに買ってきてくれたし、登下校についてきてくれたことはあったが、どこかに寄り道したこともなかった。
冬になって、共学校へ通うことが決まってからは、また心を閉ざしてしまった。
彼女たちには苦労ばかりかけたと思う。だからこそ俺は……。
「三人にはとても感謝している。こういうのは、口に出した方がいいと思ったから、この場を借りて言わせてほしい。中学三年生の貴重な時間を俺のために費やしてくれて、本当にありがとう」
「ううん、ぜんぜん苦じゃなかった。むしろお礼を言うのは私たちの方よ」
「真琴の言うとおり。わたしたちは武人くんと同じ班になれて幸せだったわ」
「ボクも同じ気持ちだよ」
「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ。それでこれまでの礼を兼ねてと、これからのことを考えて、三人に用意したものがあるんだ」
「……?」
用意したといいつつ、手ぶらだ。一体何を用意したのかと思ったのだろう。
「だから、これを受け取ってほしい」
俺はこの日のために作成したカードを三人に手渡した。
先日、自分でラミネートしたものだ。
「――Free Hug券?」
カードの表には、大きく「Free Hug券」と印字されている。
その下には、それぞれの名前が入れられている。
「裏に説明があるから」
三人はすぐにカードを裏返した。
『このFree Hug券は、記名のある本人しか使用できません。本券の所有者はいついかなるときでも、宗谷武人に対してハグを要求することができます。使用期限は、無期限です』
「えっ……これって」
「俺が三人に渡せるのはこれくらいしかないんだけど、これからも仲良くやっていきたい。だけどこれから先、好きな男性ができるかもしれないよな。俺のことを忘れてしまうこともあるだろう。けどこの先、何があってもこの券を持っていれば、俺はキミたちを無条件で受け入れる。ハグしたくなったら、会いにくればいい。これはそのための、フリーパスなんだ」
「そんな、わたしは忘れたりしない。絶対に忘れるわけがない!!」
「ありがとう、裕子。いつも裕子には助けられている。裕子が進む道はきっと光り輝くだろう。できれば俺も裕子の近くでそれを見ていきたい」
「うん、うん。ずっと……一緒に……グズッ」
「真琴」
「なに……」
「いつも俺たちをまとめてくれてありがとう。真琴がリーダーをしていたから、俺は安心できた。これからも、真琴に頼っていいか?」
「もちろんだよ。ずっと頼って」
「最後に、リエ」
「うん!」
「リエの無邪気さに俺はいつも救われた。辛いこと、嫌なことはこれからもあると思うんだ。リエは変わらず笑顔で俺のそばにいてくれるか?」
「当然、ボクはずっと一緒だよ」
「いま渡したカードは、俺の決意の証だと思ってくれ。キミたちの心がもし変わってしまっても、俺の気持ちは変わらない。絶対にだ。だから、もしほんの少しでもいい。心変わりしたあとでも、俺のことを思い出したら、戻ってこられるよう無期限にしてあるからね。そのカードは俺の変わらない気持ちとしてずっと持っていてほしいんだ」
そこまで話したとき、三人の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
マヌルネコは、とある動物園で見ましたが、ほんっとカワイイです。
商業施設とかの名前を出すと宣伝? に引っかかる可能性がありますので、興味出た方は検索してみてください。
ペットしては飼えないはずなので、動物園などへ行くしか見る方法はないかと思います。
さて、今回、彼と彼女たちの関係に大きな進展がありました。
あえてぼかして書いていますけど、これは将来にかかわる大きな動きです。
これから彼らが、どのような道へ進むのか! ですね。




