028 植物園へ
話題がなかったので、一番簡単な学校のことを聞いたら、思ったよりヘビーな話が出てきた。
「安心して、まだ武人くんの情報は流れてないわ」
「そうだよ。いまはまだ二年生男子の話題が中心だよね」
「ええ、まだ知られてないとみていいわ」
「……まだって」
知られるのは、時間の問題ということだろうか。
たしかに共学高に通う男子の数は少ないので、すぐに特定されそうな気はするが。
「女子校のことはよく分からないから、何かあったらよろしく頼むよ」
「ええ、任せておいて」
「ちゃんと処理しておくから」
「バレないようにするわ」
「穏便な方法で頼むな」
このままだと知りたくないエピソードが増えそうなので、この話はここまでにしておきたい。
別の話題はというと……。
そういえば、この噴水公園には植物園があったではないか。
俺はチケットを取り出した。
「そろそろ、植物園に行く?」
「そうね。行きましょう」
「腹ごなしにちょうどいいよね。痛っ」
「リエは下品なこと言わないの」
女性は男性を不快にさせる言動は慎むようにと、小さいときから教育されている。
ゆえにリエのような言動をする女子は、特区住まいの中には、ほとんどいない。今日はまあ、浮かれているのだろう。
「いや、構わないよ。ぜんぜん下品じゃないし。でも他の男性の前では止めた方がいいかもな。それより、植物園の場所って、どっちだっけ? たしか、大きな木に囲まれた中を歩いていったはずだけど」
記憶によると、植物園は噴水公園の奥まったところにあった。
「ここからだと、少し遠回りすることになるかしら」
「時間はあるし、ゆっくり行きましょう」
四人で雑談をしながら、公園内をねり歩く。
真琴と裕子が俺の左右をかため、リエが後方に控えている。
これが近寄ってくる女性を撃退するためのフォーメーションなのだろう。
フラフラ引き寄せられる二十代後半から三十代前半の女性たちをひと睨みで追い返していく。
こういうのを見ると、どれだけ練習を積んだのだろうと考えてしまう。
武道はすべてにおいて、反復練習が基本だった。
武道ほど、素人と鍛錬を積んだ者の差が激しいスポーツはないだろう。
センスでなんとかなるほど、武道は甘いものではないのだ。
その分、嫌になるほど同じことを繰り返しやらされる。
考えるより先に身体が動いてはじめて一人前と呼ばれるのだ。
そして三人の動きを見ると、それに匹敵する熟練度だったりする。
このまま極めたら、彼女らは歴史に名を残すんじゃなかろうか。
しばらく歩くと、温室が見えてきた。
記憶にあるものより若干古びているのは、年月が経過したせいなのか。
「お昼どきだからかしら、空いているみたいね」
入り口から中が見えるが、たしかに人の姿はない。
「ちょうど良かったわね」
受付でチケットを渡して中に入る。
温室の中だから、真夏の気温を想像していたが、体感だと数度高いくらいだろうか。
その分、湿度があるらしく、入った瞬間、むわっとした。
「メガネが曇った」
裕子が慌てて、メガネを外す。レンズが真っ白になっていた。
「裕子は、コンタクトにしないから」
「だって、怖いんですもの」
「そういえば裕子は、鉛筆の先とかも怖がっていたな」
記憶では何度か、指先を向けられただけで、顔を背けていた。
「先端恐怖症の一種なのかしら」
そういえばと、真琴が首をひねっている。
「昔から尖ったものも駄目だけど、目薬も差せないわ。目の中にレンズを入れるって考えるだけで、背筋がぞわっとなるし」
申し訳なさそうに告白する。
「そういう弱いところがある方が好感持てるかな。裕子はなんでも完璧にこなそうとするから」
自然と言葉が出た。自分でもびっくりだ。
裕子が目をぱちくりさせたあと、顔を真っ赤にさせた。
「いやだわ。ここ、暑いわね」
上気した頬を両手のひらでパタパタと扇いでいる。
「ユウが照れてる」
「そうね。でも放っておきましょうね」
背の高い植物がアーチをつくり、その中の道を歩く。
「どれも葉っぱが大きいね」
「熱帯雨林の環境を再現しているみたいね。あっちから水音が聞こえるわ」
「……滝だ」
大自然の中のあるような迫力こそないが、それでも立派な滝が設置されていた。
「維持管理は大変だろうに」
つい、そんなことを思ってしまう。
「ここは実験施設も兼ねているみたいよ」
擬似的に再現した環境で、植物がどう育つのか研究しているらしい。
「なるほど、それでこんな食虫植物があるのかな。それにこれはラフレシアの……模型?」
コンクリートかなにかでできている。
「そうみたいね。実物は用意できなかったのかしら」
「きっと悪臭のせいね。服に臭いが移ったら、クレームが入るかもしれないし」
裕子が解説してくれた。世界最大の花弁を持つラフレシア。
動物の死骸に似た臭いを周囲に拡散させ、小バエなどを引き寄せるという。
「そういうことなら、模型でよかったな」
「そうね」
真琴も苦笑いしている。
「ねえ、次はこっちだって」
「こらっ、リエ。扉は開けっぱなしにしないの!」
元気いっぱいのリエは、早く次の展示場へ行きたいらしい。
「リエが待ちきれないようだし、先に進むか」
二つ目のエリアは、先ほどとうってかわって、乾燥地帯だった。
大小のサボテンが、スタジアムの観客席のように陳列されている。
「アフリカとかの気候を再現したのかな。けど、温室がドーム状になっているんだけど……なぜ?」
「理由はあれじゃないかしら?」
温室の中央に、変な見た目の木がでんと鎮座していた。
幹だけ太くて、葉があまりない。
「バオバブの木ね。しかもみたところ、マダガスカルのバオバブみたい」
「違いがあるの?」
「枝の形が少し違うのよ」
「へ~……」
なぜ裕子はそんな知識を持っているのだろうか。
少しだけ、裕子の謎が深まった。
三つ目のエリアは高山植物で、四つ目のエリアは水生の植物群が展示されていた。
時間をかけて、すべてのエリアを巡った。
「うん、十分堪能できたな。思ったより、面白かった」
「入場料分の知識は得られたわね」
「そうだな」
「暑かったり、寒かったり、面白かったね~」
「……そうだな」
リエの感想の方が面白いが。
「じゃ、次は特設ステージに行きましょう」
「ネコの大博覧会だっけ?」
「ええ、期間限定のイベントだから、これを逃すとまた来年までないんじゃないかしら」
このイベントは、梅雨前には終わってしまうらしい。
たしかに梅雨の時期や、真夏にやるものではない。
「よし、じゃあ行くか」
俺たちは植物園をあとにした。




