188 奉活打ち合わせ
体育祭の練習は楽しかった。
クラスで一つの目標に向かって邁進するのは、存外楽しいものだ。
ところで先日、奉活局の二人から「打ち合わせしたい」と連絡が来た。
思わず、「気になっているお店があるんで……そこでどうですか」とワガママを言ったら、すんなり通ってしまった。
というわけで、放課後。
高級天麩羅屋『匠天』で、俺たちは会うことになった。
「いただきまーす!」
俺の前に運ばれてきたのは、予約必須の厳選メニュー「天三昧」。
揚げたての天ぷらが次々と出てくるコースで、使用される山菜や野菜、魚などはすべて産地から直送。
こだわった食材と、一流の腕が作り上げる芸術のような一品ばかりだ。
まず一口目は何もつけずに。続いて天つゆをちょこっとだけ。三度目は遠慮なくがぶりと。
「いや~、おいしいですね。この天ぷら、最高ですよ」
「そう。良かったわ」
目の前に座るのは、奉活局の職員である西条ケイさんと天城早苗さん。
すでに何度も顔を合わせているので、互いに気のおけない間柄だ。おそらく。
こんなにおいしい天ぷらを味わうのに、飲み物が炭酸ジュースでは興ざめだ。
俺は口の中の油を洗い流してくれるほうじ茶を注文した。
天ぷらを囓り、ほうじ茶を飲む俺を奉活局の二人は黙って見ている。
打ち合わせ時、彼女たちは600円まで経費で落ちる。
やむを得ない場合は1000円まで出るそうだが、この店はその1000円ですら、最低限のものしか注文できない。
ゆえに自腹を切るか、こうして小鉢のみという状況に甘んじなければならない。
「これは気づきませんで……一口、どうですか?」
食べようと思って取り上げたキスの天ぷらを西条さんの方へ差し出す。
「いえ、職務中ですから、お気になさらず」
「そうですか? では遠慮なく」
ああ、天ぷらが旨い。
一流店の味をひとしきり満喫した俺は、「ごちそうさまでした」と手を合わせてから、彼女たちに向き直った。
「それで、来月の奉活ですけど、どうなりました?」
11月に行う奉活だが、俺の希望はすべて伝えてある。西条さんと天城さんはそれを持って、現地へ赴いたはずだ。
「希望は問題なく受理されています。そのところは……問題ありません」
「本当ですか? よかった」
特別シフトではなく通常営業をしてくれること、温泉に入れること、そして宿で一泊できることの三つを俺は希望した。
どうやら全部許可が出たようだ。
「ただですね、警備体制を見直す必要がありまして、現地での人員を増やす案が出ています」
「そうなんですか?」
人員を増やす……? なるほど、謎は解けた!
奉活にかこつけて、自分たちも温泉旅行へ行かせろと、職員が駄々をこねたのだろう。悪い奴らだ。
まあ、気持ちは分かる。奉活局の経費で温泉旅行ができるのだ。
旅行費、宿泊費、飲食費など、コミコミで一人三万円くらいだろう。
「西条さんたちだけズルい!」と思われても仕方がない。
「正直私たちも、二人だけでの警備では心細いですし」
「そうですか。嫉妬されますしね」
「えっ!?」
「こんな役得、自分たちだけズルいとか言われたんですよね」
「ええっ!?」
「分かります。こんなラッキーな機会、なかなかあるとは思えませんしね。でも安心してください。温泉地はまだまだありますから、今後に期待です」
俺は親指を立てて、ウインクした。
「……あの、もしかして互いの認識に齟齬とかあります?」
「経費で一泊ですもんね」
「徹夜で警備とかするんですけど」
「そういえば、俺って一人部屋なんですか?」
「もちろんです。一般の宿泊客もいることですし、ドアの前と窓側には見張りが付くことになっています」
「厳重ですね」
「もちろんです」
「俺がだれかを連れ込まないためですか?」
「だれも侵入させないためです」
「まあ、なにかあったら、遊びに行けばいいわけですし……そういえば卓球ってできます?」
「へあっ!?」
「た、卓球ですか?」
なぜ彼女たちは、素っ頓狂な声をあげるのだろう。
「ええ、温泉と言ったら浴衣で卓球じゃないですか。あと『駄菓子屋ゲーム機』っていうのかな。立ってプレイするやつ。あれがあるといいですよね」
「えーっと……浴衣で卓球……?」
「ワニやモグラが出てきてハンマーで叩くゲームもいいなぁ。それとピンボールは外せないですよね」
「な、何の話ですか?」
「古いアーケードゲームですよ。フェリーとかのゲームコーナーにも、いや、さすがに残ってないか。いまどこにあるんだろ?」
駄菓子屋にあったものはすでになくなって久しいし、ゲームセンターでは常に最新型が置かれている。
あのやることがなくて仕方なく遊ぶレトロゲームの魅力は、温泉地でしか味わえない。
「ゲーム機ですか? 確認しておきます」
西条さんがメモを取り始めた。その様子をみると、奉活で赴く旅館にはゲームコーナーはないのかもしれない。
「だとすると、旅館の外に出るしかないのか。射的場とかあるかな? あとスマートボールだっけか。でっかいビー玉でパチンコみたいなのするやつ。ああいうのって、まだあるんですかね?」
「…………」
俺が尋ねると、西条さんと天城さんは揃って目を逸らした。
――奉活局職員 西条ケイと天城早苗の場合
「今日はごちそうさまでした~。次に会うのは当日ですね! それじゃまた~」
今回の奉活対象者は片手を挙げて、にこやかに店を出て行った。
その様子を西条と天城は引きつった笑顔で見送る。
「……家まで送らなくていいの?」
「寄るところがあるって言ってたでしょ」
「でも……いや、そうね。男性の希望をなるべく叶えるんですものね」
「そう。それでなくても、奉活を受ける人が減っているんですもの。大事にしないと」
「奉活を希望する企業……数は増えているんですよね」
「ええ、供給が追いつかないほどにね」
十六歳以上の男性には、年に十回の奉活義務がある。
だが、抜け道もある。
たとえば男子校に通っている場合、高校卒業まで奉活義務は免除される。
大学生や就職した男性にはそういった免除措置はないものの、婚姻を結んでいるか、それに類する状態にあるとき、やはり奉活は免除される。
近年、その免除措置を悪用……とまでは言わないが、抜け道を利用して奉活を行わない男性が一定数存在している。
その打開策として、男子校への免除をやめるべきだと主張する団体もある。だが反発は必至。
多感な時期である彼らへ奉活を半ば強制した場合、健全な育成ができなくなる恐れもある。
想像以上に精神が弱い男性も、これまた一定数存在しているのだ。
行き過ぎれば、海外へ逃げ出すことも考えられる。
男性の海外流出が続き、歯止めが利かなくなれば、国民からフルボッコである。
「しかし、フリーダムよね」
天城は嘆息する。いくら特区内とはいえ、どんな用事があるのか知らないが、一人で町をうろつくのだから、ため息しか出てこない。
「そうでもなければ、特区外へ……しかも一泊の奉活なんて選ばないわよ」
話を聞いた二人は最初、耳を疑った。だが、「彼ならやりかねない」と諦めの境地にも至った。
普通ならば、「なぜ、そんなところへ? 黒い力が働いているのではないか」と背後関係を調査する案件である。
だが、二人は知っている。
「何も考えてないわよね」
「彼が考えている事といったら、温泉と料理と……ゲーム?」
「そのためだけに、特区外へ行こうとしているのよね」
「上の人たちは、数日間もブリーフィングをしていたわ。けど、どんな行動予測をしても無駄になると思うの」
「残念ね、私もそう思うわ」
奉活で男性が危険な目に遭ったとなれば、奉活局全体の信用問題となる。
万全な警備体制を敷くのは当たり前。万一にでも、身に危険がおきてはいけない。
予想し得る脅威を洗い出し、どのようなイレギュラーなアクシデントがおきても対応できるようにする。
そのため、今回の一泊旅行。奉活局の頭脳と呼ばれる人たちが、千ページを超える警備マニュアルを作り上げた。
これで大丈夫。問題は絶対におきないと、だれもが太鼓判を押した。
だがしかし、である。
「どうなるのかしら」
「何かが起きるわね、きっと……」
名探偵がバカンスに出かけたときに殺人事件が起きるのと同じ確率で、事件がおきるだろう。
二人はそろってため息をついた。




