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187 体育祭の練習(3)

大縄(おおなわ)、借りてきたよー!」

 実行委員が縄を担いでやってきた。


 姿が見えないと思っていたら、縄を借りに行っていたようだ。

「縄?」「クラス競技か」「でかした」「いつまで借りられるの?」「30分限定」「よっし! 早速練習よっ!」


 いつも思うけどうちのクラス、切り替えが早い。それと行動力がある。

 みんな練習を中断して、場所を空けはじめた。素早いな。


「クラス全体競技って、大玉送りと大縄跳びだったよな」

 俺が淳に確認を取ると、「そうだね」と頷いてくれた。


 クラス全体競技は、保護者に見せることを目的としていて、勝敗はあまり関係ない。

 成績よりもクラスの団結……仲の良さを保護者に見せる場である。


 男子と一つの競技を頑張ることに意味があるのだろう。

「まずは(まわ)()の練習からね」


 大縄跳びの成否は、二人の回し手にかかっているといっていい。

 腕を大きく回せばいいように思われるが、実は少し違う。


 片手を支点にして、残りの手で引っ張るように回すのだ。

「じゃあ、はじめて!」


「「ハイッ!」」

 二人の回し手が縄を回しはじめると、ヒュンヒュンと風を切る音がする。


 だれかがゴクリと喉を鳴らした。縄の回転する速度が思ったよりある。

 それと、縄が地面に着いていない。


「もう少し速度を落として」

「「ハイッ!」」


 回転が少し緩やかになり、パシンパシンと縄が地面を叩くようになる。

「全員、縄の横に並んでタイミングを計りましょう」


 縄の横に一列となり、縄が地面を叩くタイミングに合わせて跳ぶ。

 これなら縄と接触することがないので、何度でも練習できる。


 しばらくすると、全員のタイミングが合ってきた。

 やっぱりスペック高いな、うちのクラス。


 この大縄跳びは、一人一人が縄の中に入るルールではない。

 全員が中に入った状態からスタートする。


 ゆえに出入りの練習は必要はない。必要なのは……。

「それでは、スタートの練習をしましょう」


 そう、「せーの」で縄を回し、タイミング良く一回目の跳躍ができるかどうかがキモなのだ。

「本番では足が引っかかっても続けられるから、焦らないでやりましょう」


 本番では、五クラスが同時に競技をはじめる。

 大縄が五本しかないので、それが最大なのだ。


 五クラスが同時にやると、優劣がすぐ分かるが、順位が付くわけでもない。

 実行委員が言うように、焦らずやればいいのだ。


 俺たちは、縄が借りられる三十分を存分に使って練習した。なんとか形になったと思う。

 これだけやる気と団結力があるならば、クラス優勝を狙えるのではなかろうか。




「障害レース場が借りられたよー、三十分だよー!」

 個々の練習を再開していると、また実行委員がやってきた。


「でかした」「有能」「アメちゃんあげよう」「選手はさっそく行くべき」「参加するのは四人よね、だれ?」「身体能力お化けと、体力お化けがエントリーしてるよ」


 実行委員がやってくると、とたんに(かしま)しくなる。

 障害レースは、二人のペアが協力して障害物を乗り越えてゴールを目指す競技だ。


 もとの世界でいうと、自衛隊の『障害走』が近い。

 あれは個人で、しかも装備持ちの競技だが、ここは高校の体育祭。そこまで過酷ではない。


 障害レースを走る四人が練習を取りやめて、集まりだした。

「よし、俺も行く。というか練習だろ? 俺もやりたい」


 こういうのは男のロマン。

 体験してみたかったのだ。


 俺が言うとクラスの何人かが「えっ!?」と驚いたようだが、すでに慣れっこなのか、大きな混乱はなかった。


「障害物は今日の練習用に仮設置しただけですから、体験するなら、いましかないですね」

 実行委員も好意的だったりする。


 というわけで選手の四人と俺、それに撮影係の橋上(はしがみ)さんを加えた六人で、障害場へ向かった。


「これがそうかぁ……結構本格的だな」


 丸太渡しに丸太越え、網枠登降に囲壁(いへき)登降があった。

 これだけで体力がガッツリ削られる。


 加えて、タイヤ(くぐ)り、雲梯(うんてい)渡り、ロープがあるものの壁の登攀(とうはん)まである。


「マジか……最後まで体力持つのか?」

「最後は百メートルダッシュですけど、途中リタイヤも出るみたいです」


「だよなあ……記録は?」

「最短で七分と聞いたことがあります。ウェーブスタートですから、後ろの人に追いつかれると失格になります」


 ウェーブスタートとは、時間差スタートのことだ。

 ペア戦だから、一人が遅れると二人揃って失格になってしまう。


 後ろからの追い上げがあると、ついペース配分を間違えることもあるだろう。

 途中で体力を使い切ってしまえば、登攀で登り切ることができなくなってしまう。


「やばいな、コレ!」

 なんと過酷なのだろう。つい、顔が笑ってしまった。


 こういう脱落上等の競技は大歓迎だ。

「先にやっていい?」


「いいですけど、一人では丸太越えや囲壁登降は不可能だと……あっ!」

 すでに身体は温まっている。


「ひゃっほう!」

 俺はスタートラインに立って、一気に障害物の攻略にかかった。




 ~体育祭の練習が終わった放課後~


「いい画が撮れましたけど……どうしましょう」

 橋上 雛子(ひなこ)は悩んでいた。


 いい画が撮れた。それは間違いない。大事なことだからもう一度言うが、間違いなくいい画が撮れた。


 これをアップロードすれば、宗谷武人という偶像(アイドル)に、新たな1ページが付け加えられることだろう。


「どうしましょうって……アップするつもりで撮ったのよね?」

 菊家(きくいえ) 友美(ともみ)が、不思議そうに首を傾げる。


 彼女は、橋上が何を悩んでいるのか、分からないのだ。


「ええ、クラスの皆様から許可もいただきました。アップロードするのに、何の問題はないのですが……」

「なら、別に悩む必要は……」


「出来が良すぎるのですわ」

「……?」


 カメラが回っていないときに見せる素の表情、クラスメイトと話すときの素の笑顔、ふと何気ない調子で接触する女子たちへの態度。


 多くの視聴者は気づくだろう。「あれは演技ではない」と。

 貴重。あまりに貴重な画が撮れてしまった。


 果たしてこれをアップロードしてよいのだろうか。

「これは水を張った桶に、たった一滴の水を垂らしただけ……」


 この社会に一石を投じるなどと、大きなことを言うつもりはない。

 一滴、そうほんの一滴程度のはずだ。


 これをアップロードしたところで、社会に影響はないはず。

 橋上はそう思うものの……いまだ悩んでいた。


「よく分からないけど、アップしていいのなら、アップしちゃえばいいんじゃない?」


 映像を見ていないから、そう軽く言えるのか、それとも半年にもわたって『彼』と接してきたことで、感覚が麻痺しているのか。

 菊家は、あっけらかんとそう言う。


「……そうですわね。アップロードしない選択肢はないですわね」

 この動画は、「世に問う」ことになるだろう。


 これには、わずかな警戒心すら抱くことなく、多くの女性とふれ合う男性の姿が映っている。


 社会からみればたった一滴だが、その一滴を目にすることになった世の女性たちは、平静でいられるだろうか。


 物語の中でしか存在しない男性が画面に映っているのを見て……彼女らは何を思い、どう行動するだろうか。


「……………………はぁぁああああ」

 橋上は、大きなため息をついた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「貴様のような(都合のいい)男がいるか!」 という台詞が頭に浮かんだ……www
[一言] この動画を見た視聴者サイドのお話が読みたい!
[一言] 一滴は一滴でもものすごーーーく大きな一滴になりそうですねえ 波紋の大きさもそれ相応になりそうだ
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