185 体育祭の練習(1)
俺は、御守りを買うため、久しぶりに特区から出た。
以前は奉活局の職員と一緒だったり、新都市計画推進委員会のメンバーに守られての移動だったため、とくに問題はおきなかった。
今回は完全に自分たちだけでの行動だ。
途中、男であることがバレたが、護衛を買って出てくれた女子高生(あとで聞いたら運動部の猛者たち)のおかげで、無事何事もなく戻ってくることができた。
女性たちが目の色を変えて殺到したのには驚いたが、特区の外には、ああいう人が大勢いることに気づけたのは良かったと思う。
世の男性たちと違って、俺は多くの女性を見てきていると思っていたが、全然そんなことはなかった。
俺は動画の中で、女性に向かって呼びかけることが多いが、彼女たちのような存在がいることをもっと理解しておけたらと思う。
声なき声を俺に届けてほしいものだ。
そして翌月曜日。
登校途中にニュースを確認したが、菊祭りでの騒動は載っていなかった。
SNSをチェックすれば何かしらの情報は出てくるだろうが、あそこで悠長に写真を撮っているヒマはなかったのだろう。
顔バレもしていないはずなので、特定されることもないと思う。
特定されていないといいな。
「おはよう、宗谷くん……どうしたの?」
「おはよう、淳。……いや、何でもないぞ」
「そう? なんか悩んでいる雰囲気だったけど……今日の練習のことで気にかかることでもあるの?」
「いや、そんなものはないぞ。体育祭の練習だろ? 楽しみにしてたぜ」
「楽しみなんだ……いつもの宗谷くんらしいし、平気そうだね」
淳は苦笑している。
今日は、きたる体育祭に向けて、クラス準備の日だ。
具体的に言うと、今日一日、授業そっちのけで各自が出場する種目の練習をしていいことになっている。
体育祭は、今月下旬に三日間かけて行われる。
初日は生徒のみで、各種目の予選が行われる。
二日目は保護者……つまり同居している家族が見学できる。
予選の残りや本戦、一部では決勝まで行われる。
そして三日目。家族以外にも、各生徒に渡された五名分のチケット保持者の入場が許されている。
そのチケットだが、非公式に売られ、高値がついているという情報もある。
一体いくらの値が付くのか知りたかったので、菊家さんたちに聞いてみたが、本当にアンダーグラウンドで取り引きされているらしく、実態は掴めていないようだ。
こういうとき、アングラ情報に詳しそうなのが遠野さんだ。
というわけで、聞いてみたところ……。
「チケットかぁ……ここだけの話だけど、数十万円で出回ってるって噂もあるぜ」
遠野さんが声を潜めて、そんなことを言った。
いくら貴重とはいえ、数十万円? さすがにそれはないだろう。
「宗谷様、おはようございます。本日はよい天気でございますね」
「橋上さん、おはよう。この前お願いした件はどうだった?」
「クラスの女子全員に確認とりましたところ、みなさん快く了承していただけましたわ」
「そうなの? 顔出しだよ? それでいいの?」
実は、俺が普段アップしている動画に、この体育祭の練習風景を加えようと思ったのだ。
さすがに体育祭当日の動画は無理なので、クラス内ならどうかと思って、橋上さんに確認を頼んでおいた。
「それどころか、みなさん大賛成でございました。一生の記念に残るとか、将来、孫にまで自慢できると」
「……孫。いや、ただ俺と一緒に練習した動画をアップしていいかを確認しただけだよね? どうしても顔が写っちゃうから、事前の許可を得てほしいって話だったんだけど」
「はい。みなさま、いくらでもオッケーということでございます」
「そうなんだ……俺としては助かるからいいけど。あっ、藤原さん、今日はよろしくね」
「はっ、はひっ!」
緊張した声が返ってきた。
班員以外の女子は、直接俺に話しかけてこないので、用事があるときは呼んでもらうか、俺から話しかける必要がある。
そしていま声をかけた陸上部の藤原明日花さんだが、彼女は俺と二人三脚を組むことになっている。
二人三脚は背の高さ、足の速さ、歩幅ができるだけ合っている方が望ましいらしい。
俺の背と足の速さが合う女性は、藤原さんくらいしか該当者がいなかった。
藤原さんは陸上部で中距離を走っていて、体力もそれなりにある。
肩の高さもだいたい同じ。それなりに筋肉がついており、体重もほぼ変わらないというピッタリの相手だ。
大きく違うのは、藤原さんには立派な胸部装甲があることくらいだろう。
チラッとみた感じ、臀部装甲もそれなりだった。俗に言う『ないすばでぃ』というやつだ。
二人三脚は足をハチマキで結んだあと、腕を互いの身体にまわして走る競技である。
イッチニ、イッチニと歩いていると、俺の手が彼女の胸部装甲に当たるのだ。
この感触をいつまでも抱いていたく、ペアを決めるときの仮練習でいつまでもそのままでいたら、藤原さんが途中で「ぷしゅ~」と腰砕けになってしまった。
やってしまった! そう思ったときにはもう、後の祭り。
菊家さんに助けを求めたら、話がペア解散にまで及び、他のクラスメイトが代役を巡って火花を散らしはじめた。
へなへな状態の彼女の手を取って、ペアを決定した経緯があったりする。
というわけで今日、彼女とはじめて本格的な練習をするのだが……藤原さんは、すでに顔が真っ赤になっている。
大丈夫だろうか。
「みなさん、おはよう。知っての通り、今日は一日、体育祭の練習となります。本日、十分練習をして、悔いのない本番を迎えてください」
担任は挨拶すると、すぐ教室を出て行ってしまった。生徒の自主性に任せるということだろう。
体育祭実行委員の星野さんと、生稲さんが、教室の後ろから段ボール箱を持ってきた。
「先日届いたクラスTシャツですけど、ようやく全員分の刺繍が終わりました」
「練習に間に合ってよかったです。名前を呼びますから、自分のものを受け取ってください」
あの段ボールの中には、以前俺たちが注文した体育祭のオリジナルTシャツが入っている。
星野さんが名前を呼んで、みんなにTシャツを配りはじめた。
Tシャツは『ディープピンク』という濃いめのピンク色をしている。結構目立つ色だ。
胸元には、バトンを持った人物が走っているイラストがプリントされている。
前面がスカスカなのは、腹部にゼッケンを貼り付けるからだ。
背中側は白抜きかつ大きな文字で『走思走愛』と書かれている。
相思相愛ならぬ走思走愛が、俺たちのテーマだ。
この世界、暴走族のような集団はない。いや、あるのかもしれないが、有名にはなっていない。
そのため、『夜露死苦』のような当て字はメジャーではない。
そこで俺が『走思走愛』はどうだろうかと提案したら、すんなり決まってしまった。
こういうのも目新しくていいと思う。
左の肩口には、それぞれの名前が刺繍されている。
これは、実行委員が全員分の刺繍をしたのだ。
どうやらそういうミシンがあるらしく、俺の肩口には「宗谷武人」と綺麗に刺繍がしてある。
そして実はこのTシャツ。俺はあと二枚、追加で注文しておいたのだ。
「萌ちゃんと咲ちゃんにいいお土産ができたな」
以前、二人に服のサイズを聞いたのは、これのためだった。
実行委員の二人に「追加で刺繍をお願いしてもいいかな?」と頼んだら、二人とも満面の笑顔で了承してくれた。
手間が増えるというのに、ありがたいことだ。
この『宗谷萌』と『宗谷咲』と刺繍されたTシャツで応援してもらおうと思っている。
Tシャツの背中に書かれている『走思走愛』ですが、発想のもとになったのは、マンガ「天使なんかじゃない」(矢沢あい)に出てくる体育祭の風景だと思います。
このマンガの体育祭を簡単に解説すると、生徒全員が不良のコスプレをして体育祭を楽しもうということになって、ヤンキー、暴走族、特攻服姿の生徒で溢れる「元気な祭り」となっていました。
中でも秀逸なのが、破局(自然消滅)を迎えつつあるカップルがいて、女性の特攻服の背中に、「秀一(相手の名前)命」と書かれているところでしょうか。相手のイケメンが素でビックリしているのが印象的でした。(もっと自己主張しない大人しい子だと思っていた)
というわけで、体育祭というと、どうしてもアレを思い出しまして、つい当て字の四字熟語を入れたくなってしまったのです。
それと、レビューをいただきました。本作でははじめてです。ありがとうございます。(嬉)
夕方6時に投稿しているのは、学校・仕事帰りの空いている時間、電車の中ででも読んでもらえたらと思っているからです。
そのとき、クスッとでも笑ってもらえたら勝利です。
本作を読んでどのような感想を抱いたでしょうか。お聞かせ願えれば幸いです。レビューありがとうございます。
それでは引き続き、よろしくお願いします。




