184 菊祭り(3)
巫女さんが柔道着みたいな白作務衣を着ていた。
個人的にガッカリだった。その場で頽れ、変装用の帽子が取れた俺と目が合った女性客は……。
「――ええっ!? オトコォ!!?」
絶叫した。
周囲がざわめきだした。
だが多くの観光客は、俺の姿が見えないらしく、「男っ!」「どこっ!?」「幻想?」「幻聴でしょ」「でもいまたしかに男って」という声が飛び交っている。
「武人くん、はいこれ」
裕子が帽子を被せてくれる。
「ありがとう、裕子」
「目立っちゃうからすぐに立って! それと、何を買うの?」
「えっと御守りを一つ」
土産はこのさい、諦めよう。
「御守りは交通安全、家内安全、子宝祈願の三種類があるけど」
「子宝祈願で……お世話になったヘルパーさんに渡すんだ」
「じゃあ、ここからここまでね」
子宝祈願の御守りは最前列にあった。俺はその中のひとつを買うことにした。
先ほど声をあげた女性は、真琴たちが黙らせている。
護衛が周囲を睥睨し、いまのところ大きな騒ぎにはなっていない。
『男』という言葉も、気のせいかという雰囲気になっている。
売り子にお金を渡し、御守りを受け取ったそのとき、売店のお姉さんは俺の手を御守りごと両手でしっかり握った。
「ああ、ありがとう……ちょっ!」
「キャァアア、男の人の手、初めて握っちゃったっ!!」
気づいてたのかよ! そういえばさっき、頽れた俺を覗き込んでたわ。
てか、この世界の職業意識はどうなっているのだ。
もしかすると彼女は、本職ではなくアルバイトなのかもしれない。
いまので周囲の女性たちに、彼女の声が届いてしまった。
そして俺はまだ、彼女に手を握られたまま……。
「フォーメーションA!」
真琴の声が飛ぶ。護衛たちは慣れた兵士のように俺を中心に三重の円陣を組んだ。
「男よ! 男がいるわっ!」
もうあれだ。誤魔化すことは不可能。人の流れは、大きなうねりとなって、こっちに向かってくる。
女性たちの圧が強まる。それを護衛の彼女たちが自らの肉体で阻止する。肉壁というやつだ。
それでも間をすり抜けようと身体を潜り込ませようとしてくる。
「はぁっ!」
「きゃっ!?」
護衛が持参した杖が、ここで役に立った。
杖を横にすることで、隙間がなくなった。
それでも女性たちが「男っ!」と群がってくる。この光景、どこかで見たことがあると思っていたら、すぐに思い出した。
「まるでゾンビ映画だ!」
自らの犠牲を気にせず、手を伸ばし、こちらに近寄ってこようとする。
そんな集団は、映画の中でしかお目に掛かることはないと思っていた。リアルゾンビ映画だ。
「特区の外は、中にくらべて理性的じゃない人たちが多いわ。とくにこの神社に来る人たちは飢えてるのよ!」
裕子は「すぐに逃げましょう!」と提案してくる。
「そ、そうだな。この圧はさすがに……全員、このまま駅まで撤退!」
順番待ち果てに、念願だった人工授精の権利を獲得。
大枚をはたいた女性たちが、最後の望みとばかりここにやってくる。
彼女たちの中には、年齢的に追い詰められている人、次の機会を待てない人もいる。
そこへ俺――つまり、男性が現れた。
集団心理も相まって、理性のタガが外れたとしても不思議ではない。
「離脱します。笠原班と依田班は殿で、彼女たちを食い止めてください」
「よっしゃ! 柔道部の力、みせてあげるわ」
「撤退する時間は、なんとしても稼ぐ!」
「なんかとんでもない言葉が聞こえたんだけど」
この前、歴史の授業で習った金ヶ崎の退き口みたい台詞が聞こえてきた。
「あとで合流できるわ。彼女たちの犠牲を無駄にしないためにも、ここはなんとしてでも脱出するの! 宮野班を先頭として、フォーメーションをCに変更します。すぐに!」
護衛の一部が分かれ、残りが紡錘形に形を変えると、そのまま一気に出口に走った。
「なに? えっ?」
「武人くん。走って!」
「ちょっ、まっ」
背中を押されるようにして進む。振り返ると、後ろで「ウォオオオオ、ここは通さん」とかやってる。
長坂橋を死守する張飛かな?
多くを犠牲にし、菊祭りの会場を抜けて、駅までの道をひた走る。
追いかけてくる女性もいるが、杖でバシバシ叩いて遠ざけている。
こちらの方が捕まりそうな勢いだが、裕子いわく「全然問題ない」らしい。
まあ、いまの状況を考えれば、護衛が捕まっても、あとで俺が証言すれば何とかなりそうな気もする。
ときどき追っ手を足止めするため離脱する彼女たちを尻目に、俺たちはようやく駅の構内へ到着した。
「人目もあるし、もう大丈夫だと思うけど、このまま電車に乗りましょう」
「残った彼女たちは?」
「あとで合流するわ。ちょっと数が減っちゃったけど、ここまできたら大丈夫でしょう」
俺と真琴たちを除いて数をかぞえたら、十四人しか残ってなかった。
人の波に埋もれた子もいたが、大丈夫だったのだろうか。
なんとか特区まで戻り、目に付いたファミリーレストラン『ドニーズ』に入る。
席は半分ほど埋まっていたが、あとから来る人たちのことを告げ、その分の予約をすれば、なんとか全員が座れそうである。
「いやー、凄かったわ。あそこで完全に囲まれたら、脱出できなかったな。あれは無理だ」
以前、特区外の女子校で囲まれたことがあったが、あのときは教師の目があったからか、暴挙に出る女子高生たちはいなかった。
「武人くん……あんな目に遭って、よく平気でいられるわね。普通……もっと、なんていうのかな、追い詰められたらこう……」
「さすがに動けなくなるのは困るけど、アイドルになったみたいで、貴重な体験だったな」
そう、あれはアイドル体験、クセになりそうだ。
そんな話をしていたら、後続がポツポツと『ドニーズ』に到着した。
肩口が破れていたり、折れた杖を手にしていたりして、激戦だったことがうかがえる。
「ありがとう。みんなのおかげで、何事もなく帰還することができたよ。本当にありがとう」
俺は一人一人、握手して回った。
彼女たちは嬉しそうだ。
みんなニコニコしていたが、ふと気づいて、恐ろしい者を見る目をこちらに向けていた。
「――何事もなく?」
だれかがぼそっと呟いていた。




