183 菊祭り(2)
電車に乗ること数十分。何事もなく、岩取神社に着いた。
本日行われている菊祭りだが、少し思っていたのと違った。
「菊の鉢植え持ってる人が多いんだけど……こういうのって、菊人形とか展示してあるんじゃないの?」
菊祭りって、即売会なの?
「あれは運向上を願って、参拝が終わった人が買って帰るのよ。菊人形もあるし、千輪咲きもあるわ」
千輪咲きというのは、一株の菊を何百本と枝分かれさせて、巨大な一輪の花のようにみせる技だ。菊祭りの定番ともいえる。
人は参拝することで子宝を授かるよう祈願し、菊祭りに参加することで楽しんで帰るようだ。
菊を買うのも、その楽しみの一つなのだろう。
境内の真ん中を歩くと目立つので、壁や建物に沿って進む。
白い覆面の護衛たちだが、神社に着くとそれほど目立たなくなった。
俺も変装している。裕子が帽子とサングラス、そしてマスクを用意してくれた。
周囲に護衛もいるため、いまのところ目立っている感じはしない。
背の高さから「あれっ?」と思うようだが、すぐに護衛の彼女たちが視線を塞いでくれる。
中々に優秀だ。
「裕子、あの黄色いポストってなんだ?」
境内の隅に郵便ポストのようなものが、ぽつんと置かれていた。
「イエローポストね。有害図書を入れるのよ。特区外だとたまに見かけるかしら」
「ふうん?」
裕子は、それ以上の説明をしてくれなかった。
「さすゆう」だって知らないこともある。そんな風に考えていたら、女子中学生らしい集団が、ポストの中になにやら入れていく。
彼女たちが手提げ袋の中から取りだしたそれは……男性の絵が描かれたマンガだった。遠目だが、妙に肌の露出が多いように見える。
裕子の方を見ると「あー……」という顔をしている。
「特区の中だとさすがに販売は自粛されているけど、外では普通に売られているわ。一般ゴミや資源ゴミとして捨てるのは、一応禁止されてるから、ああいうポストが役に立つの」
聞けば、女性の欲を刺激するようなマンガや写真などをヒモで十字に縛ってゴミに出すと、未成年の目に触れるということで、禁止されているらしい。
特区内だと男性の目があり、特区条例もあるため、そういったことはほとんどなく、気づかなかった。
世の女性たちはそういった本の処理に、頭を悩ませるらしい。
特区に住む女性は、特区外でそういう本を買い求めることもあるようだが、捨てるときも特区外へ出て捨てているらしい。
なんと涙ぐましい努力だろうか。でも女子中学生が捨てにきているので、あれは18禁じゃないのだろう。表紙を見たかぎり、微妙なラインだったが……深くは考えまい。
「参拝したら少し祭りを見て回ろうか。そんで御守りとお土産を買っ……ん? どうした?」
真琴や裕子たちは普段通りだが、本日護衛に加わった女性たちがグワッとこっちを見た。
「女性だらけの祭りに参加するのはまあ、理由があるから分かるけど、目的を終えても祭りを楽しもうとする武人くんに驚いているだけよ。半年前なら私も同じ表情したと思うし」
祭りを見て回ろうと提案したことに驚かれたらしい。
「あっ、そうなの? でもせっかく来たんだし、楽しまなきゃ損じゃん。それが終わったら、どこかで昼にしようぜ……あっ、でも、これだけの人数、入れる店ってあるかな?」
前回は、ファミレスを貸し切り状態にしたが、そうでもしないとこの数は入れない。
「特区に戻ったらでいいなら、予約しておくけど」
「俺はそれでいいよ。みんなもいいかな?」
護衛の彼女たちに聞くと、みなコクコクコクと頷いてくれた。
とても行儀のいい子たちだ。
まず、本殿でお参りするのだが、そこまでは簡単に行けた。
参拝客は多いものの、目当ては菊祭りらしく、お参りを済ますとすぐに会場の方へ移動していく。
俺も護衛に護られながら、難なく賽銭箱の前までたどり着いた。
帽子を取り、鈴の緒を掴んで引っ張った。
シャンシャンと甲高い音が鳴った。
頭上を見ると、小さな鈴が幾重にもついていた。巫女さんが持ってシャンシャンと鳴らす神楽鈴に似ている。
神社の鈴といったら大きいのが一つで、ガランガランと鳴るものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
小さな鈴がいくつもついているのは、子沢山と掛けているのかもしれない。
柏手を二度、打つ。柏手も鈴も神様の注意を引く行為だと昔、だれかから聞いたことがある。
ここの神社の神様は、美桜という名前らしいので、心の中で女神さまに呼びかけて祈っておく。
――美桜さま、俺の知り合いの市原郁美さんがこのほど、縁がありまして男性と婚姻を結ぶことになりました。つきましては、健やかな赤ちゃんを賜りますよう、お願いします。
帽子を被り直し、真琴たちに声をかける。
「ありがとう。無事お参りできたよ。このあとは、菊祭りを見て回ろう」
護衛の彼女たちも一心に拝んでいた。まだ子宝を祈願する歳ではないと思うが、気持ちは大事だ。
とくにこんな男女比が狂った世界なら、機会があれば祈っておいた方がいいだろう。
菊祭りの会場に行くと、たしかに菊の即売会が行われていた。
有名な人の作らしく、目の飛び出るような価格で売られている。
もちろん手頃な価格のもある。売れていくのは、そういったものだ。
奥へ行くと菊人形や千輪咲きもあった。
「すごいね……あの奥の建物はなんだ?」
簡易テントだが、それなりに大きい。そして人で溢れている。
「菊の品評会ね。中は狭いみたいで、入れない人がテントの周囲に集まっているのでしょう」
「品評会っていうと、最優秀賞とか優秀賞とか札をつけるあれか。見てみたいけど、あの後ろに並ぶのはちょっとなあ……やめておこうか」
「その隣は……菊作り相談コーナーみたい」
「なかなか商魂たくましいな」
菊祭りに参加して満足するだけでなく、菊作りに目覚めたら毎年ここに来ることになる。
菊作りファンが増えれば、この菊祭りもより一層盛況になる。なかなかいいことだと思う。
会場の出口付近まで行くと、お土産が売っていた。
「あの白装束は巫女さん!?」
巫女さんを見つけて、テンションが上がった。
子宝祈願の御守りはあの巫女さんのところで買おう。
ウキウキしながら向かったところ、そこにいたのは……。
「なにあの作業着……」
「武人くん、白作務衣がどうかしたの?」
「白作務衣?」
「ええ、神職の人の普段着だけど」
巫女服だと思っていたそれは神職の普段着である白作務衣で、まるで柔道着のように見える。
普段着というだけあって色気はないし、神聖な雰囲気も感じられない。
「嗚呼……」
白赤の巫女服、とくにヒレの多いやつがよかったのに、なんとも残念だ。
つい、orzの形に頽れたところ、変装用の帽子が地面に落ちた。
売り子さんが「どうしました?」と俺を覗き込み、近くにいた女性客が絶叫した。
「――えええっ!? オトコォ!?」
上がった悲鳴に、周囲がざわっとした。




