180 閉じたコミュニティ
実体のない徳操会はやっかいだと裕子は言う。
「真琴はどう思う? このまま終わると思うか?」
「私もちょっと気になるところがあるのよね」
「真琴も?」
「うん。コメントを見てると、男性を攻撃して日本に貢献した気分になっているのよね。自分たちの行動が正義だと信じているから、諦めないんじゃないかな」
自分たちの行動が正義か。そうなるともう狂信者だな。
「コメントを読んで、リエはどう思った?」
「ウソかホントか分からない情報なのに、勝手に決めつけている感じがするよ。こういう人たちって一度信じると、周りの言うこと聞かないんじゃないかな」
「やはりリエも、同じような感想なんだな」
「うん。人の意見を受け入れる余裕がないんだと思う」
「なかなか辛辣だな」
だが、一面の真理を突いているかもしれない。
「私も、似たようなことを思ったわ。盲目的に信じているでしょ。こういう人たちって、プライドが高いから間違いを認めないと思うのよ」
「オッケー、言いたいことは分かった」
やばいな。裕子と真琴、そしてリエまでも楽観視していない。
正論だけ吐いていればこのまま終わると思っていたけど、その可能性は低いだろうか。
「ねえ、ちょっとこれを見てくれる?」
裕子が突然、スマートフォンを見せてきた。ニュースサイトのようだ。
「これは?」
意味が分からない。
「この中で一つか二つ、読みたいニュースを選んでくれる?」
変なことを言ってくる。さすゆうのことだ、何か考えがあるのだろう。
「なんでもいいんだよな。それにしてもタイトルばかり並んでいてもな……それに結構ある」
総合ニュースサイトのようだ。国内、国際、政治、経済、スポーツ、芸能とニュースは多岐にわたっている。
「国内」をタップしたら、地域ごとに分かれていた。めんどいな。
自慢じゃないが、俺はニュースを読むと眠くなるタイプだ。
「……これでいいか?」
俺は「保護されたオオワシの雛が巣立ちを迎えた」というニュースと、「皮ごと食べられる珍しい果物」を紹介しているニュースを選んだ。
裕子は、「ふむふむ」と俺が選んだニュースに納得している。何がしたいんだ?
「パッと見ただけでも、あそこには百以上の記事があったの。時間も限られているから、全部の記事を読むのは大変よね」
「そりゃそうだろ。というか、全部読む人っているのか?」
新聞ですら、隅から隅まで目を通す人は希だ。
ネットニュースは、新聞の比ではない。すべてに目を通すなんて不可能だ。
「だからこうやってタイトルだけ眺めて、自分の興味のあるニュースだけ目を通すわけ。つまり無意識にフィルタリングしているのよ」
「そう……なるのかな」
「これが毎日の作業だと分かりやすいんだけど、人はね、自分の興味のあるニュースしか読まないのよ」
それは暴言じゃなかろうか。ニュース好きなら……いや、毎日? どんなニュース好きだって、すべてのニュースを毎日読むことは不可能だろう。
どんな人だって、自分が読むニュースは選択しているはずだ。
「さっきも言ったけど時間は有限だからそれは仕方ないことよ。でもこれって、結構危険なの。自分では公平に情報を収集しているつもりでも、偏った情報だけ取捨選択して取り込んでいるの」
「人は無意識に……偏った情報だけ、取捨選択してるのか」
時間が有限というのは当然だ。その中で、「まったく興味のないニュース」なんて読んでいられない。
なるほど、いままで気にしたことなかったけど、知らず知らずのうちに俺も情報を取捨選択していたのか。
「それでね、サイバーカスケードという言葉があって、同じ考えや思想を持つ人々がインターネット上で強力に結びつく傾向があるの。同じ趣味志向を持っているから、話が合うのね。すると徐々に、そのコミュニティから異なる意見が排除されていくの」
行き着く先は、閉じたコミュニティだと言いたいらしい。
ここまで言われれば、俺にも理解できた。
「徳操会は、まさにそれか」
「そう。もしかして自分が間違っているのかもと、思ったとするでしょ? でもね、コミュニティから抜け出さない限り……」
「元の木阿弥か」
怖いな、ネットコミュニティ。
その後、高校の班員たちが到着したので、この話はこれまでになった。
徳操会がこのあとフェードアウトするのか、再燃するのかはまだ分からない。
ただ、俺のやることは変わらない。
これまで通り、粛々と正論で対抗するだけだ。
そんなことがあった翌日。
授業を一コマ潰して、体育祭についての話し合いが行われることになった。
「――来週行われる体育祭の種目決めをします。希望のある種目で挙手してください」
体育祭実行委員の星野可奈さんが司会をし、同じ実行委員の生稲美都さんが板書をはじめた。
担任はオブザーバーよろしく、どこからかイスを持ち出して、傍観を決め込んでいる。
黒板には、次々と種目が書き加えられていく。
この体育祭だが、伊月高校はなんと三日間もかけて行われる。一大行事だ。
十月下旬の金土日を使い、金曜日は生徒のみ、土曜日は生徒とその家族のみ、最終日は招待チケットを持った者のみ入場可となっている。
三日間かけて行われることから分かる通り、かなり大規模なイベントとなっている。
内容も、通常の体育祭と球技大会を足したような感じだ。
ちなみに諸種の事情で、学園祭はない。
昔はあったらしいが、男子生徒の強い要望でなくなったらしい。
その分、体育祭で一般の入場を許可したのだろう。
それはいいとして……。
「なあ淳。この種目って、俺たちも手を挙げていいんだよな?」
「いいと思うよ。三日間もあるし、時間が重なっていなければ重複参加は可能だったはず。あと、途中交代も可だったかな」
「途中交代って……ああ、選手交代ってこと?」
「そうだね。クラス全体で勝ちにいく場合、最終日まで残ったチームには、クラスの最高戦力を投入することもあるみたい」
「なるほど。ちょっと面白そうだな」
「宗谷くんならそう言うと思ったけど、本当は土壇場で参加を取りやめる男子がいるからみたいだけどね」
無理矢理参加させて、あとで不登校になられるよりマシと言いたいようだ。
「んで、淳は何に参加するんだ?」
「僕はバレーボール投げと、ドリブルリレーかな。クラス全体競技の大玉送りと大縄跳びにも参加するよ」
「バレーボール投げ?」
「バレーボールを投げて、飛距離を競うんだ」
「それ……楽しいのか?」
「男子が気軽に参加できる種目って結構少ないんだよね。接触があるのは敬遠されるし。それにあれだと、予選と決勝に分かれていないからね」
「なるほど。梅干しの種飛ばしとかあると盛り上がりそうだな」
「そんな競技はないと思うよ。……宗谷くんは何にするの?」
「俺か? そうだな。二人三脚だろ、騎馬戦と徒競走……リレーもいいな。あとは……」
「ず、ずいぶん出るつもりみたいだね」
「そりゃ、こんな面白そうなの、楽しまなきゃ損だろ。そういえば、チアリーディングの応援とかないのか?」
「男子から抗議が来るんじゃないかな」
「あー……相変わらずだな。あと、バレーとバスケ、卓球ってのもあるのな」
「それらはクラス選抜チームで、三日間かけて優勝を狙うんだ。とにかくタイムテーブルで重ならない限り、いくつでも出場できるから、よく検討してみるといいよ」
会場は主に第一グラウンドと第二グラウンド、体育館と格技場で同時に行うようだ。卓球だけ中庭の渡り廊下を使うらしい。
渡り廊下で戦うのは、ちょっと不憫だな。
種目はすべて男女混合。
といっても淳が言うには、接触のあるものには男子はほとんど参加しないらしい。
「はいはーい、俺も出まーす!」
とりあえず、興味のあった種目に手を挙げることにした。




