181 招待チケット
学校から帰ると、珍しく母が家にいた。
「ただいま、母さん。今日は早いんだね」
「おかえり、タケちゃん。もう少ししたら忙しくなるから、今日は早く帰って来ちゃった」
「へえ、何かあるの?」
「今度、流通の全システムを特区の中に移すことにしたのよ」
軽い調子で言われたので、一瞬気づかなかったが、それはネオ特区推進時にうまれた負の遺産のことではなかろうか。
「もしかして、特区条例を厳密にやったってやつ? あれのせいで分社化しなければならないって言ってたよね」
「そう、その件よ。システムの変更は避けられないから、いまのうちに取りかかっておこうってことになってね。移管プロジェクトがもうすぐスタートするのよ」
「大変そうだね。何とかならなかったの?」
あれは京都特区を推進するために敵の策略のひとつだが、問題は残ったままだ。
「無理でしょうね。来年早々には、配送料が値上がりすることになりそう。できれば三割程度の値上げで収まればいいのだけど」
多くの物資は、特区の外から入ってくるのだ。配送料の三割値上げはきついな。
「ガスや水道の料金も値上がりするんでしょ?」
「そうね。特区在住者には厳しい時代になるわ」
どうやら、少しでも値上がり幅を抑えるため、会社の改革と大幅なシステム変更を余儀なくされたようだ。
ネオ特区推進者は、本当にろくなことをしない。
「そうだ、体育祭の招待チケット配られたけど、どうしたらいいと思う?」
俺は五枚の招待チケットを見せた。
「私とアキちゃんの分は必要ないわよ。ネックストラップがあるから」
俺が入学するさい、写真とIC入りのカードを受け取っていた。専用のネックストラップに入れて使用する。
これは『保護者カード』と言われるもので、面談や体調を崩したときのお迎えなど、保護者が学校に来るときに必要となる。
当然、体育祭などのイベントでも活用できる。
「じゃあ、美奈代さんに渡せばいいかな」
「保護者カードは、美奈代も持ってるわ」
「そうなの? ということは、萌ちゃんと咲ちゃんに渡すとして……残りは三枚か」
忙しい母に代わって、美奈代さんが学校に駆けつけることを考慮して、保護者カードを申請していたようだ。
だが、そのおかげで残りのチケットの行き先は決まった。真琴と裕子とリエに渡せばいいだろう。
この体育祭の招待状、いるいらないにかかわらず、全生徒に五枚ずつ配られる。
裏面に学年と組、それに名前が印刷されている。半券は入場時に回収し、残った方はやはりネックストラップにして首にかけていなければいけないらしい。
「タケちゃん、その招待状はだれに渡すの?」
「萌ちゃんと咲ちゃん、それに中学のときの班員に渡すつもりだけど」
「そう、残念ね。ウチの会社に配ったら、ちょっとおもしろいことになったのに」
おもしろいことってなんだろ。聞きたいような、聞くのが怖いような。
その後、真琴たちとのグループチャットで「体育祭のチケットが余ってるんだけど」と、体育祭に招待したところ、三人とも脊髄反射で参加を表明していた。
ちゃんと三人分あるので、早い者勝ちではないのだが。
ついでだから、あのことも聞いておこう。
タケ:それでさ、ちょっと相談があるんだけど
三人宛のメッセージにそう書き込んだ。
マコ:えっ、なになに?
ユウ:相談なら任せて
リエ:ぬぅう、出遅れた
三人とも必死だな。ちょっとクスッとした。
タケ:今度、付き合ってほしい場所があって
マコ:どこ行くの?
ユウ:予定はいつでも空けておくわ
リエ:絶対に参加するからね!
返信が早い。それにみんな、嬉しいことを言ってくれる。
ただ、俺が行きたい場所というのは、ちょっと特殊なのだ。
タケ:ありがとう。どこに行きたいかというと……
目的地を書き込んだ直後、電話がかかってきた。裕子からだ。
メッセージ欄でも「繋がらない、繋がらないよ」と、阿鼻叫喚の書き込みで埋め尽くされてしまった。
とりあえず裕子と電話で話をするとして……あとは、裕子から二人に説明してもらおう。
いやべつに、そんな変な場所に行くわけではないのだが……おそらくだけど。
「はいこれ。体育祭の入場チケットだよ。当日、忘れずに持ってきてね」
萌ちゃんと咲ちゃんに招待チケットを渡した。
「武人おにいさん、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
いつも礼儀正しい二人の頭を撫でる。
二人ともイトコだが、俺を兄と呼ばせるようにしてから、かなり距離が縮まったと思う。
「体育祭は、日曜日だけしか入れないんだけど、それでもいいかな」
二人とも強く頷いてくれる。
「俺は萌ちゃんと咲ちゃんには、一緒の競技に出てもらいたかったんだけど、日曜日はそれがないみたいなんだ」
二人が入場できるのは、一般招待客が入場できる最終日だけ。
体育祭には「保護者競技」というものがあり、生徒と保護者が一緒に出るものがある。
残念ながら、それは二日目の土曜日に行われるのだ。
「招待していただけるだけで、幸せです」
「咲も幸せです」
二人とも、なんて健気なんだろう。
俺は両手で彼女たちを抱きしめた。
「その代わりと言ってはなんだけど、二人の服のサイズを教えてくれるかな?」
萌ちゃんがゆっくりと首を傾げた。
「それだけじゃ意味が分からないと思うけど……どうかな?」
萌ちゃんと咲ちゃんは、互いに顔を見合わせたあと、俺の耳に口を持ってきて、ごにょごにょと教えてくれた。
「ありがとう。期待しててね。ちょっとだけだけど」
そう言うと、二人とも「はいっ!」と元気な声で笑顔を振りまいてくれた。
可愛い。可愛すぎて、ファンになりそうだ。




