172 パンフ撮影(2)
体育館と武道場での撮影は終わった。
なぜその二箇所を最初に行ったかといえば、校舎にまだ人が残っていたからだ。
先ほど、柔道部の主将に、普段どんな練習をしているのか聞いた。
思っていた以上に先進的な内容だった。
近代的なトレーニングを取り入れているのは当然として、食事による栄養管理、メンタルケアなどもしっかりと練習に組み入れられていた。
実は、柔道は総合力で戦うものなのだ。よく心技体と言われるが、寝技や立ち技の練習だけやっていても、柔道は強くなれない。
意識して身体の部位を鍛えていかないと、どこかで伸び悩むことになる。
必要なのはパワートレーニングだが、辛く苦しい先の見えない鍛錬は容易く人の心を折る。
もとの世界では根性論で乗り切ったが、この学校ではちゃんと科学的に理論立てて説明し、生徒が理解できるように工夫しているらしい。
いいことだ。
「先輩は神、後輩は塵芥。だから黙って従え」と苦行を押しつけるようなことはしていない。
前時代的な方法だろうが、近代トレーニングだろうが、最後までやりきれば強くなれるが、俺はこっちの方がよかった。
制服に着替えた。
場所を校舎内に移して、これから文化部の撮影がはじまる。
放課後の教室はどこでも撮影し放題……の予定だったが、体育館からついてきたギャラリーが帰ろうとしない。
――あわよくば、一緒に写りたい
そんな思いらしい。
気持ちは分かる。ゆえに、ときどき目が合った子を指先で呼んだりする。
「きゃぁあああ~」と呼ばれた子と、呼ばれなかった子の双方から黄色い声が上がる。
アイドルになったみたいで気持ちいい。
これで(奉活として)お金が貰えるのだから、笑いが止まらない。
理科室で『科学部』、図書室で『文芸部』の撮影をした。
「いや~、控えめに言っても最高です」
カメラマンはニコニコ顔だ。
「注目されるのは、嬉しいですね」
「ほんと、いい素材ですよ。モデルやりません? いい事務所紹介しますよ……っと、こんなこと言うと出禁になりますね。先生方は……ああ、大丈夫でした」
カメラマンは声を潜めて周囲を伺ったが、他の生徒同様、遠巻きにしていたので、いまのやりとりは聞かれていない。
「モデルはやりません……というより、やりたくなったら、仲間と相談ですね」
「そうですか。まあ、無理強いはできませんし、今回の撮影は私の個人史に残る快挙ですから、ついついもったいないと思うのは許して下さい」
「そんな撮影しやすかったですか?」
「それは、もちろんですよ。普通の男性だと、スタイリストに嫌な顔をしたり、早く終わらないかなと表情に出したりしますからね。何百枚も撮って、その中から一番いいのを選ぶんですけど、そこまでがもう大変ですよ。もしモデルをしていただけるのなら、私が専属カメラマンになりたいですよ。そうしたら一生食いっぱぐれない自信があります」
カメラマンはギャラリーに聞こえないよう口を動かしているが、さすがプロ。
しっかりと手も動かしている。
「そういえば日をあらためて、冬服でも撮るんですよね」
「ええ、秋の終わり頃に外でいい絵が撮れたらいいですね。パンフ作成だとそれがギリギリです。できればイチョウ並木とか、草木が鮮やかに色付いた紅葉なんかと一緒に撮りたいです」
「分かりました。またそのときを楽しみにしています」
「私も楽しみですよ。このパンフ撮影ですけど、毎年やっているんですけどなかなか大変で、ぜひ来年も、再来年もやってほしいですね」
「来年、再来年ですか。機会があったらですね。そのへんは学校に聞いてください」
俺の場合、頼まれたら否とは言わないと思う。ということは、このカメラマンとは三年越しの付き合いになるのだろうか。
「大プッシュしておきます。いや~、本当に今日はいい一日でした。女性が主導すると男性は参加したがらないじゃないですか。ほんとラッキーですよ、私は」
「それはよかったです……ん?」
「どうしました?」
撮影はほとんど終わり、いまはちょっとした雑談タイムだ。
「女性が主導すると、男性は参加しづらいんですよね?」
「それはそうですよ。火を見るより明らかですね」
「もし男性が主導したら、どうなります?」
似たような話をしたことがある。そのときはたしか……。
「男性が主導するなら、安心して参加されるんじゃないですか? たとえばこの撮影ですけど、男性カメラマンと男性のスタイリストが担当しますとなったら、きっと受けてもいいという男子学生は出ると思いますよ」
「……なるほど」
それはそうだ。当たり前の話だと思う。
だが、あらためて考えると、これは大きな発見ではなかろうか?
男性が主導すれば、参加する敷居が下がる。多くの女性がそう思っているというのは大事だ。
男性のことをよく見ている女性たちが口を揃えて同じことを言うのだから、それは事実なのだろう。
たとえばそう……何でもいいが、男性交流の場を作ったとしよう。
女性が企画し、女性が前面に出て「男性のみが参加できます。そこで自由に交流してください」と言ったとしよう。
果たして、その企画に男性が参加するだろうか。
逆に俺が企画し、俺が前面に出て「同じ男性同士で交流しましょう」と言ったら?
「やはりそうか……同じことをしても、トップが男性ってだけで、結果が大きく違うんだよな」
「そうですね。それが何か?」
カメラマンが不思議そうにこっちを見ている。
こういうのはどうだろう。インターネット上で男性だけの交流の場を作る。女性を完全に排除する。
それを企画し、実行するのは俺。もちろん女性に手伝ってもらうが、表には一切出ない。
その場合、国内にいる男性諸氏は、参加してくれるだろうか。
いまの男性は自由がない。周囲を女性に囲まれて、未婚、既婚問わず、身近にそれほど男性はいない。
本音を話せる相手が周囲にいないことだってありえる。
どうしても周囲を窺い、女性に配慮して生きねばならないとしたら、女性色を一切排除した空間を作るのはどうだろうか。
自由がないがそれは仕方ないと諦めているのならば、少し違う視点を与えてみたい。
「今度、みんなに聞いてみよう」
ちょっとした思いつきだが、なんとか形にできないか、俺は真剣に考えることにした。




