171 パンフ撮影(1)
九月下旬。
暑い日が続く中、俺は体育館で汗を流している。
バスケ部……この場合、正確には『女子バスケ部』になるのだが、この世界、『女子』と特別につけることはしない。
俺はバスケ部の女子からパスをもらい、ディフェンスをする彼女たちの合間をぬってドリブルしている。
――カシャカシャカシャ
カメラマンの近くを通過したとき、シャッター音が聞こえた。
最後のディフェンスが、俺の前に立ちはだかる。
俺はフェイントをかけて彼女を抜き、後方にジャンプしつつ3Pシュートを放つ。
ボールはリングに当たり、惜しくも外にこぼれ落ちた。
「駄目だったか」
フォームは良かったのだが、うまく入らなかったようだ。
吹き出る汗を拭おうとユニフォームを引っ張ったら、体育館の外から「キャァー」という歓声があがった。
俺はギャラリーに片手を挙げて挨拶し、コートの外へ歩いて行く。
「いい絵が撮れました!」
カメラマンが、満面の笑みで出迎えてくれた。
別にいま、バスケの試合をしているわけではない。
女子バスケの皆さんの協力のもと、パンフレットに載せる写真を撮影しているのだ。
実はこの撮影が行われる前、一悶着あった。
というのも、俺が『男』で『未成年』だからだ。
当日になって「聞いてない」と言われるのを防ぐため、事前に打ち合わせをする。
必ずする。結構、綿密に打ち合わせするのだ。
今回の撮影もそうで、広報と担任が同席した上で、パンフ製作会社の人と打ち合わせをした。
向こうからやってきたのは三人。今回の担当者とその上司、そしてカメラマンだった。
学校側は、広報と営業、学年主任、そして俺の四人。
互いに挨拶をしたあと、最初に「何か希望はありますか?」と聞いてきた。
まずこちら側の話を聞き、そのあとで本題に入るつもりだったようである。
もちろん、聞いてきた対象は俺だ。俺が希望を出していいらしい。ということで……。
「どうせなら、いろんな写真を撮りたいですね」
「……と、言いますと?」
向こうの担当者は、意味を図りかねたような顔をした。
「ほらっ、演劇で一人何役とかってあるじゃないですか。あんな感じで、学校行事や課外活動なんかの写真を全部俺で撮ってみるのはどうですか?」
「いや、それはっ「それっ、いいですね!」」
学校側が否定の声をあげた瞬間、カメラマンが前のめりで賛成した。
そして、そこから早かった。俺とカメラマンで次々と案を出し合った。
衣装はどうする、場所は? 撮影の時間は? その前にパンフのページ数、増やせないのか? という話がなされ、あれよあれよという間に、撮影の段取りが決まっていった。
俺が喋っているからか、周囲の大人は口を挟めなかったようだ。
一通りの話が終わったところで、「ご希望は分かりました。一度持ち帰らせていただきます」と相手側は言い、「こちらも校長に確認します」と学校側も言いだした。
最終的に俺とカメラマンの案が通ったのだが、何度か家に電話が掛かってきたり、夜中まで職員会議が行われたりしたらしい。
というわけで、承認までゴタゴタがあったが、こうして撮影と相成ったのである。
今日は、体育館でバスケ部の写真撮影などをする日。ほかにもバレー部や卓球部の撮影もある。
十月下旬に体育祭があるので、秋冬の撮影は、その後に行うことになった。
ちなみに、この学校の体育祭は、本来の体育祭と球技大会を合わせたようなイベントらしいので、ちょっと楽しみだったりする。
体育館での撮影のあとは、場所を武道場に移して剣道と柔道、そして空手の撮影をする。
「着替えはこちらになります」
「ありがとうございます」
着替えようとしたら……。
「「「「「――きゃああああああああああ!!!」」」」」
何かが爆発した。
いや、爆発したのは、女子たちの声だ。
「わぁーっ、ここで脱がないでくださいっ!! 捕まってしまいますぅううう!!」
「あっ? そうなの?」
カメラマンが駆け寄ってきた。どうやら、俺がここで着替えようとしたのが問題らしい。
脱ぎかけたユニホームを着直す。
「あっ……ぁあああああああ」
全米がため息をついた。
体育のときは、男子更衣室で着替えているが、ここから遠い。
面倒だが、着替えを持ってそこへ向かうしかないようだ。
武道場に、ダーンという音が響き渡った。
俺に投げられた女性――柔道部の主将はきょとんとした顔をしている。
「いい絵が撮れましたか?」
俺がカメラマンに笑いかけると、ハッと我に返って「すみません、見逃しました」と平謝りした。
「じゃあ、もう一回やりますか」
主将を助けおこすと、ようやく周囲がざわめきだした。
「ええっ!? いま安藤さんを投げた?」
「まさか……柔道だけで入学したって噂の主将だよ?」
「この前の全国大会、三位だったよね……昨年は八位だっけ?」
「いずれにしても、一年のときから県代表は譲ったことない人なのに……」
「安藤さんのことだから、うまく投げられたのよ、きっと」
「そ、そうよね」
そんな声が聞こえてくる。
本当は道着で撮影するだけだったのだが、「柔道には相手がほしい」とカメラマンが言い出し、「ならば私が」と柔道部の主将が、並みいる部員をなぎ倒してやってきた。
俺は、相手がだれでもよかったので了承したが、組み合った途端、「ふんす!」と身体を寄せてきたので、つい思わず、袖釣り込み腰を決めてしまった。
もとの世界での得意技だったりする。
当時の俺は、かなりの実力があったため、いつも年齢以上のクラスに入れられていた。
小学生の頃は、一学年違うだけで、体格はかなり違う。
俺の場合、中学生の頃から高校生と一緒に稽古をしていたのだ。
体重が重く、背の高い相手ばかりさせられた。
当然、重量級相手の戦い方ばかりうまくなっていく。
勝ち気にやってきた相手の力を利用して投げるのは、俺のオハコなのだ。
組み直したわけだが、この主将。なかなか強い。組んだ瞬間に分かった。
どうしようかと悩んでいると、主将が動いた。
――ダーン
「「「「えっ!?」」」」
ギャラリー全員の頭上にハテナマークが浮かんだようだ。
「カメラマンさん」
「大丈夫です。連射してました……けど、いまの技、なんです?」
「あー、内股すかしですね」
相手の股を蹴り上げる内股という技がある。
ギリギリのタイミングで避け、その力を利用して相手を投げるのだ。
すると、相手が「自分から一回転した」ように見える。これも主将の技のかけ方が綺麗な証拠だ。
「柔道の経験がおありで……?」
「えー……見よう見まねで」
中学生のとき、道場の全国大会に出場したことがあるなんて言えない。
全国大会での成績は二回戦敗退だとは、もっと言えない。さすがに恥ずかしい。
「す、すごいですね」
カメラマンは驚いているが、主将だけは「初見で技の入りが見切られた……」と呆然としている。
もとの世界では身体がゴツかったので、中学時代の後半は、大人相手に戦っていた。
いまさら女子高生と戦って負けるわけがないのだ。
結局、「もう少しお願いします」と言われたので、主将と乱取りをする。
ポンポン投げてしまったが、自信をなくしてないだろうか。ちょっと心配だ。
後日、寝技で昇天(いろんな意味で)したらしく、自信を失うようなことにはならなかったようだ。




