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168 癒やしの女神

「そうあれは、タケくんたちとの契約が終わって、3年くらい経った頃かしら。とあるお家で、男の子のヘルパーを頼まれたのね」


 そこは財閥系の家庭で、親族の女性が家に入り(びた)って、結構ギスギスした雰囲気のところだったという。

「後継者争いとか、あったりするんですか?」


「そういうのもあったと思うわ。本来財閥系は、自分の組織内でヘルパーなんて賄うことができるのよ」

「そういえばそうですね。わざわざ外部から雇うってことは……身内が信頼できない?」


「その通りよ。まったく関係のない……しかも、完全に信頼できる人材が必要ってことで、選ばれたみたい」

 財閥が所有している子育てヘルパーの会社が信頼できないって、相当なものじゃなかろうか。


 組織内でしかも、利害が絡むのだ。人間関係は複雑だったのだろう。

 だれが味方で、だれが敵か分からないかもしれない。


「信頼できない人を家にあげて、小さな男の子を任せるのは危険ですものね。その点、郁美さんなら実績も確かだし、安心ですね」


 姉の言う通り。若くして特級ヘルパーの資格を得て、俺のような男児もしっかり育てたのだ。

 信頼と実績は申し分ないと思う。


「でね、その子の親族会社に若い男性が働いていたの。たまたまパーティで知り合ったのだけど……会ったときの彼、少し病んでいたのよね」


 病んでいた……財閥の女性たちが上司なら、そういうこともあるだろう。

 淳に聞いたことがあるが、デキる女性ほど性格もキツイ。そして押しも強いという。


 社会で成功した女性たちは優秀であることは疑いないが、人を引っ張る強引さや、不要な人材を切り捨てる冷酷さも持っている。

 なまじ優秀なだけに、そんなのが多く集まると、男性のストレスが相当ひどくなるらしい。


「あー……分かります」

 姉の周囲にも、デキる女性がいるのだろう。遠い目をしている。


「私はヘルパー先の男の子を連れてパーティに参加しているわけでしょ。そういった人たちの輪の中には入っていないから、目立つわけ」


 その子がぐずったので外であやしていたら、男性がやってきたらしい。

 子供とはいえ、同性がいたので、目に付いたのだろう。


「もしかして、それが出会いですか?」

「ええ……そう……なるわね」

 微妙に歯切れが悪い。


 話を聞いてみると、その男性は多くの女性から逃げてきたらしく、顔色が少々悪かった。

 小さな子供は容態が急変することもある。郁美さんは、そういったことの対処に慣れていた。


 男性の表情から最適と思える行動をテキパキとしたらしい。

「慢性的な疲れ、ストレスからくる胃炎、人にあてられて副交感神経に少し異常が出ていたのね。静かなところでゆったりとさせていたらすぐによくなったわ」


 郁美さんとしては、特別なことはなにもしていない。

 だが、男性にとっては違ったようだ。


 男性だからではなく、ただ純粋に症状を見て、最適な行動をとってくれる。

 下心は感じられず、困っているから助けたいと純粋に思っているその姿勢に、感銘を受けたらしい。


 それは日頃からエリート、自信家、肉食系のような女性しかいなければ、余計そう思うだろう。


 自分に癒やしを与えてくれるその女性の奥ゆかしさに、クラっときたようだ。

 チョロいな。


「それでどうなったんですか?」

「お礼を言いに来てくれてね、そのとき付き合おうと……」


「わあっ……まるで映画か小説の中の世界ですね!」

 姉が感動しているが、たしかにそうだ。


 この世界の一般男性からしたら、かなり珍しい行為だろう。

 裏を返せば、それだけ第一線で活動している女性は、郁美さんとは真逆の人たちばかりということになる。


 優しげな外見とおっとりした動作に目が行きがちだが、郁美さんは結構なんでもできる女性だ。

 しかも男の子のヘルパーをしていることは見て分かっただろう。


 特級の資格を持つ高スペックの女性だ。

 自己主張できない小さな子の意を汲めるなら、男性一人くらい手玉に……げふんげふん……虜にするくらいわけないのかもしれない。


「そこから交際がスタートしていまに至るわけ。二人だけのことは、あまり話せないのだけど」


 のろけを聞かせられないとかではなく、この世界では身近な男性のあれこれを話すのはかなり下品なこととされるので、それは仕方ない。


「すごいですねー!」

 姉は感動しているが、正直俺もすごいと思った。


 てっきり、学校が同じとか、仕事先でよく顔を合わせる人なのだろうと思っていた。

 まさか、パーティで出会ってそこからなど、本当にレアな出来事ではなかろうか。


 それこそ、映画のワンシーンのようだ。


「だからね、夫からこれを戴いたときは、もう驚きすぎて、腰が抜けてしまうかと思ったわ」

 郁美さんの左手薬指に填まっている指輪。


 旦那さんから贈られたものだろう。

 この世界にも、既婚女性は左手薬指に指輪をする風習がある。


「それ、本物ですものねー」

 姉がうっとりしている。


 偽物があるのかと思われる発言だが、実際ある。

 未婚女性が「なんちゃって」で填めるのだ。


 それだけ指輪をしている女性のステータスが高い。羨望の的となっている。

 もとの世界だと、推しが結婚したのでファンを辞めたなんて話を聞くが、この世界は逆だ。


 婚姻を結べるくらい魅力的な女性ということで、ファンが増えるのである。


 ある女優さんは、役に必要だからと指輪を外すように言われたが、これは自分のアイデンティティだと頑なに拒んだという話がある。


 実際、未婚でも指輪をする女性はいるので、そのまま撮影は続行されたらしいが、女性にとって「本物の指輪」はそれだけ価値のあるものなのだ。


 俺もいつか、彼女たちに指輪をプレゼントしたいと思っている。

 受け取ってくれそうなそぶりは見せているので大丈夫だとは思うが、もとの世界であれだけモテなかったトラウマから、いまいち自信が持てなかったりするのだが。


 なんにせよ、郁美さんはとても幸せそうだった。

 彼女のような、男性に癒やしを与えられる女性は、貴重なのだと思う。



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― 新着の感想 ―
[一言] 押してダメなら引いてみろってなる女性なんて早々いるもんじゃないでしょうからねえ 結婚できた女性のこういう話が広まれば多少はマシになったりするのかなあ
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