013 ルールならしょうがないよね
「ルールを守ることが男性を守り、ひいては日本の女性を守ることにつながるの」
女性教諭は三十代半ばくらいだろうか。そう言い切った。
彼女はこれまで多くの生徒を見てきたのだろう。
長い教師生活の中で、固定観念にとらわれてしまっている気がする。
「だからといって、俺からぶつかったのに処分されるのは容認できません」
「でもルールはルールだから」
この社会は、男性に甘いというより女性に厳しい。
それは分かったが、この女性教諭、話が通じない。
おそらく、俺がいくら言っても「ルールだから」で事を終わらせようとするだろう。
昨日の夜、俺は考えた。
モテない女性たちの気持ちが分かる男は俺だけだ。
彼女たちの気持ちを汲める男は、俺しかいない。
だったらどうする? この場で俺はどうすればいい?
女生徒が三人、退学になるのを当然と眺めていればいいのか。
いや、そんなことは絶対にさせない。させたくない。
「ルールは絶対ですか、だったら……」
俺は手近な女生徒の腕を取って引き寄せた。
「ひゃっ、わわっ!?」
すっぽりと俺の腕におさまった女生徒は素っ頓狂な声をあげる。
次々と、近くの生徒を抱き寄せた。
二人、三人と、俺が手にした女生徒が増えていく。
「えっ?」
女性教諭が行動の意味を測りかねている間に、十人ばかり、次々と彼女たちを抱き寄せた。
最後の一人を腕の中に入れたまま、俺は女性教諭に笑いかけた。
「彼女たちはみんな俺が勝手に抱いただけです。それでも処分しますか? 他にもまだまだできますよ」
腕の中の女性を強く抱きしめると、「あわわわ」と声が聞こえてきた。
思い立って挑戦的な言葉を発してしまったが、実は俺も、女性に触れてかなりテンパっている。
初めて知ったが、彼女たちは華奢で、肉が少ない。
そしていい香りなのだ。
これまで女性に触れたことすらなかった。
だからまさか、女性の身体がこれほど細いとは思わなかった。
「や、やめなさい!」
女性教諭の哀願する声が聞こえる。
ここで引いてはだめだと、一層、挑戦的な目を向けた。
まるで、大会の決勝に向かうときの心境で、俺は正面を見据える。
「状況はさっきと同じ……まったく同じです。全員俺から触りました。どうです? 彼女たちを処罰しますか? だったら、これからも同じことがおきますよ。ルールに従えば、みんな退学……」
「……分かったわ。処分しないから、とにかく離れなさい。こ、今回のことは不問にします。お願いだから離れて頂戴」
悲鳴に似た声を聞いて、俺はゆっくりと抱きしめていた力を緩めた。
「…………」
腕の中の彼女は、クタッとなっていた。二人目の失神である。
手近な生徒に彼女を任せ、俺は女性教諭に礼を伝えた。
「ありがとうございます。これが特別にならないことを俺は祈っています」
つまり、今後も俺から触った女子が処罰されることがないよう、クギをさしたわけだが、女性教諭は畏れるような目を俺に向けた。
そんなに変なことはしていないのだが。
教室に戻ろうとする生徒たちで廊下が溢れたので、俺は足早にその場を去った。
このあと、彼女たちが処分を受けることはないだろう。
大勢が見守る中、教師が男性の前で約束したのだ。
それを反故にするとは考えづらい。
そもそも入学早々に大量の退学者を出してしまえば、いろいろと問題になる。
俺が胸を揉んだ女の子の顔は覚えたので、ほとぼりが冷めたら会いに行ってみようと思う。
「さっきはすごかったね。見ていて驚いちゃった」
教室に戻るやいなや、淳がそんなことを言ってきた。
「よそ見してぶつかったのは俺だし、それで処罰されるんじゃ、可哀想だからな」
「でもなかなかできないよ。とくに次々と女子に触るだなんて、ビックリしちゃった」
「ああでもしないと、先生も納得しないだろうなと思ったんだが……淳もあれか? 女子に触られると嫌なタイプ?」
「そりゃもちろん」
当然のことのように言ってくる。
この感情はまあ、もとの世界で、男女を逆にすると理解できる。
思春期の女性に、多くの男性から触られたら嫌かと尋ねれば、ほとんどの女性が「もちろん」と答えるだろう。
淳の感情は、この世界では普通なのだ。
では、俺の場合はどうか。俺はこれまで、女子に触られた経験はない。
女子が俺に興味を持ってくれて、近づいてきただけでも舞い上がってしまうくらいだから、少しくらい触られてもまったく嫌な気持ちはしない。
それどころか「ありがとう」とさえ言ってしまいそうだ。
やはりこの辺の常識が、もとの世界と違うのだろう。
「宗谷くんはその……嫌じゃなかったの?」
淳がおずおずと確認してくる。ここはどう答えたらいいだろう。正直に言うべきか、それとも……。
「俺としては別に、嫌じゃないかな」
高校生活は長い。これから三年間もあるのだ。ここは正直に答えておこう。
「それどころか、どんと来いだ」
「そうなんだ……変わっているね」
「どうだろう。まあ、淳の気持ちも分からないわけでもないし、俺が変なのかもしれないが、同じクラスに俺みたいな男がいた方がいいだろ?」
俺の場合、もとの世界に当てはめれば、「男子に触られてもぜんぜん嫌じゃないよ。どんとこいよ!」という女子にあたるだろうか。
なんかすごく、びっちだ。
「そうだね。宗谷くんがいると、なんだか安心できるよ」
淳はあからさまには言っていないが、こういうことだ。
俺が女子の視線を集めることで、淳に注目がいくのが避けられる。
俺が多くの女子と親しくなれば、「もしかしてわたしにもチャンスが?」と他の女子も右へならえする。
結果、俺の周囲に積極的な女子が多く集まることになる。
淳は目立たず、その陰に隠れていればいい。
俺を避雷針として、安穏な共学校生活が送れる。
それを感じて、ホッとした表情を浮かべたのだろう。
もともと体育会の人間だった俺は、頼られるのに慣れている。
淳は同級生だが、なんだか可愛い後輩のように思えてきた。
「そうだな、存分に俺を頼ってくれ。俺はまったく気にしないから、遠慮はいらないぜ」
そういって手を差し出すと、淳は照れながら握り返してきた。
周囲の女子から嬌声があがるが、それは無視。
俺と淳は出会って一日目で固い握手を交わす仲になったのだ。
男の友情は、こうやって育まれていくものだ。
入学初日に、仲のよい友人ができた。
この世界に来て、本当によかったと思う。




