012 アクシデント
階段付近で自然渋滞がおきていた。
俺はよそ見して女子とぶつかり、その勢いで別の女子の胸を揉んだ。
「ごめんなさい……」
そうしたら、震えて俺に謝る女子と、それを睨みつける群衆という図式ができてしまった。
目の前の女子は、まるで女子に不埒なことをして吊し上げられた中年サラリーマンのような状況だ。
俺ではなく、胸を揉まれた女子がそんなシュールな状況に陥っている。
「いや待って! 触ったのは俺だから。俺がぶつかったから。俺が……」
半ばパニックになりながらそう告げると、女子の集団は慈しむような視線を俺に向けてきた。
「入学にあたって、私たちは男子の嫌がることはしませんって誓詞を書いて提出してあるのよ。この子はそれを破ったわけ」
「ご、ごめんな……」
謝罪の言葉も尻すぼみになる……どころか、嗚咽が聞こえてきた。
これって、そんな重大事?
「特区内住みなら退学で、特区外の場合は退学に加えて、今後の通行許可取り消しだっけ?」
「一応本人のみだけど、悪質なら家族揃っての措置もあったはず……」
重大事だった。
俺の肘が当たった女子が真っ青になり、胸を揉まれた女子はすでに泣き出している。
最初に俺とぶつかった女子を見れば……。
「……し、失神している!?」
やけに静かだと思ったら、すでに床に倒れていた。
「この子、特区外生ね。緊張としでかしたことの大きさに、意識を手放したみたい」
ことの大きさって、ちょっとぶつかっただけだよね?
「そこっ! 前が詰まっているわよ。何やってるの?」
女性教諭が人波をかきわけてやってきたのが見えて、俺は天を仰いだ。どうすればいいんだ、これ。
このままだと、何人かの女子が退学になる可能性がある。
共学校に振り分けられた俺たち男子は、試験や面接もなく入学が決まった。人身御供なのだから、あたり前だ。
教科書や制服も郵送されてきた。
入学前に学校に行ったのは、手続きのときの一回だけ。
俺の場合、姉が代行してくれたので、それすらもない。
今日が初めての登校だったりする。
そのせいか、校則を含めた共学校の予備知識がまったくない。
まさかここに通う女子生徒が、誓詞を提出しているなどと、思いもしなかった。
そもそも誓詞ってなんだよ。室町時代によく使われた起請文みたいなものか?
あれも戦国時代には簡略化されたり、形骸化したらしいけど。
女性教諭がやってきて、この場を収めようとした。
おそらく周囲の女子から聞き取りをして、処分を決めるだろう。
そう思った俺は、だれよりも先に説明した。だが返ってきた答えはこうだ。
「ここは中学とは違うの。社会と同じルールが適用されるわ」
今回の件、特区内で大人が同じことをしたら逮捕される。学校内ならば退学で済む。
なんとも温情的な措置ではないか。そう言うのだ。
たしかにこの特区では、男性が安心して暮らせる社会を目指し、理想が実現しているといえる。
それは、女性が慎重に行動しているからだ。
男性に不必要な接触をしない。
彼女たちが自制していることで、この安定した社会が成り立っている。
だが一罰百戒とばかり、入学早々、重い処分を下すのはどうかと思う。
しかも今回は、彼女たちの落ち度ではないのだ。
何度もそう言ったのだが、女性教諭は首を横に振った。
「そうはいうけどね、男性に対する不可抗力が許されるようになったら、またあの悪夢のような『甘言搾取』がおきるかもしれないのよ」
甘言搾取と呼んでいるのは日本だけで、他の国では、一般的に『楽土誘致』と呼ばれている。
アメリカ合衆国が行った『男性優遇措置』を指してそう呼ぶのだ。
あるとき、アメリカは突然、自国の男性優遇措置を外国籍の男性に対しても適用した。
たとえ自国民でなくとも、アメリカ合衆国が指定した特別区域に住むならば、自国の男性と同じ優遇措置を与えますというものだった。
それは待遇を同じにするだけでなく、金銭的な補助も含まれていた。
普通は、そんなことしない。結果、世界中から多くの男性がそこへ移住した。
当然である。
男性に対する政策は国によって大きく違う。
当時、王政の国や、独裁国家に住む男性の待遇は、決して良いものではなかった。
アメリカ政府は、移り住んできた男性に対して、言葉巧みに棄国を囁いたのである。
日本からも多くの男性が合衆国に移住し、そのまま合衆国民となった。
日本政府は怒って抗議したが、そもそもが男性の自発的行動である。
国が個人の選択をとやかくいうのは間違っている。
合衆国は日本の抗議を歯牙にもかけなかった。
慌てて日本も、国内に四ヶ所の『男性特別居住区域』、通称『特区』を作成し、なんとか男性流出の歯止めをかけたという歴史がある。
日本の女性はいまだに合衆国の政策を『甘言搾取』と呼んで憎んでいる。
「中学校の歴史で習いましたけど、あれは五十年以上も前の話ですよね」
当時、日本の男性がこぞって合衆国に移住した原因のひとつに、『マスハラ』というのがあった。
マスハラとは、マス・ハラスメントの略で、massは量という意味である。
当時、数を暴力とした男性へのハラスメントが、日常的に行われていたのだ。
一人一人は少量の……つまり些細なハラスメントだったという。
たとえば男性の手に少し触れるだけだとか、通りすがりに男性の肩へちょっとだけぶつかるとか。
まったくもって問題にするのも馬鹿らしい量のハラスメントだ。
だが、この男女比がぶっ壊れた社会ではどうだろうか。
女性たちが一日一回の些細な楽しみであっても、男性にとっては毎日千回ものハラスメントを受けることになる。
しかも女性たちに、ハラスメントをしている自覚はない。
指先が、肩が触れただけで、何をそんなにムキにと思っている者もいたという。
このような訴えるまでもない些細なハラスメントを日夜受けていた男性のストレスは相当なものとなり、合衆国からの言葉に飛びついたのだった。
多くの男性に去られたことで、世の女性たちはようやくそこまで嫌がられていたのかと気づいた。
日本の女性は、それこそ海の底のように深く反省したのだが、もう遅い。
流出した男性は、戻ってこない。
もちろん、当時の日本でも、男性へ過度の接触は禁止されていた。
それだけでは足らないと考えた政府は、今後創設される『特区』内においては、些細な接触すらも処罰対象とする旨を発表したのだ。
特区が誕生して五十年、最近では男性の方からぶつかっても、それは女性が悪いと思わせる風潮ができあがってしまったらしい。
これ、やべーわ。




