011 男女比がぶっ壊れた真実
太陽の黒点がどうしたのか。首をひねっていると、淳が説明してくれた。
「昔からの観測で、黒点が大きくなると、その周辺で大きな太陽フレアが起きるらしいんだ」
「太陽フレアは聞いたことあるぞ」
聞いたことあるだけだが。
「黒点の大きさと太陽フレアは密接に関係していて、黒点が大きくなると太陽フレアもまた大きくなるんだよ」
「へえ。それで、太陽フレアが大きくなるとどうなるんだ?」
「男が産まれなくなる」
「……へっ?」
いま、なんて言った?
「太陽フレアには色々な放射線が含まれていて、それが地球に降り注ぐんだけど、その中のひとつに超短波のガンマ線があるんだ」
偉い学者たちの研究によると、男が産まれない元凶はそのガンマ線らしい。
ガンマ線には染色体を切断する性質があるらしく、男を決定づけるY染色体を破壊するのだという。
それが太陽フレアによって大量に地球へ降り注ぐ。
「すると、この世界をこんなにしたのは、ガンマ線なのか」
この世界のガンマ線、おっかねーな。
「そうだね。本来ならば、このあと徐々に黒点が小さくなると予想されていたんだけど、どうやら違ったらしいんだって。このあとも女ばかり産まれる時代が続くんじゃないかってニュースでやってた」
ほんの数十年前までは、男性が少ないといっても、数十人に一人は産まれていた。
それが俺たちの時代には1000人に一人だ。
なぜ時代によってこんなにも出生率に差があるのかと思っていたけど、そんな理由だったのか。
中学の授業ではそこまで突っ込んだことは習っていなかった。
人類の長い歴史の中で、男性がほとんど産まれない時代が何度かあったとか、習ったのはその程度だ。
その都度、文明が崩壊しかけたのだから大事だが、いまは人工授精のおかげもあって、その心配はない。
これはあれか、国民があまり深刻にならないよう、学校で詳細を伏せているのかもしれない。
淳が言うには、大昔から男性が少ない原因が何なのか、世界中で調べられていたらしい。
そしてまだ、科学的検証すらない時代に、太陽の黒点との関係に着目しているのだから凄い。
「どういう理屈か分からないけど、太陽に黒点が見えるようになると、男性の出生率が下がるって発見しているんだよね」
俺の心を読んだように、淳がそう言った。
「でも人間の男にだけ影響があるガンマ線って、おかしくないか?」
「動物にも影響はあっただろうね。けど人間以外は絶滅しているから」
「ああ……そういうことか」
すでに淘汰されたあとだったらしい。
つまりいま、種として地球に残っているのは、ガンマ線の影響を受けない動植物と、ガンマ線の影響を受けるけどそれを克服した人間だけなのだ。
「60年前、突如として太陽に大きな黒点が生まれたんだ。その後、太陽フレアの爆発がおこった。当時の人たちの驚きは、察するに余りあるね」
それまで数十人に一人は、男性が産まれていた。
だがこの太陽フレアの爆発によって、男性は一気に産まれなくなってしまった。
これは人工授精でも同じ。
しかも超短波のガンマ線は、あらゆる物質を透過する。事実上、防ぐ手段がないのだ。
つまりいま、60歳以上の男性はそれなりにいるが、60歳以下の男性はほとんどいない。
「黒点が縮小する予定だったんだよな。それって、男が産まれやすくなるってこと?」
「そうだね。最近は太陽フレアが放出するガンマ線量も減りはじめてきたから、結構明るいニュースになっていたんだけどね」
「それがご破算になったと」
淳が頷いた。やべー話だな。
「それだけじゃなく、黒点が徐々に大きくなるかもしれないってことは、今後はもっと男が産まれにくくなるかもしれないね。だから適齢期の女たちは、数年以内に何とかしようと思うはずだよ」
淳の言う「何とか」には心当たりがあった。
男性が産まれる可能性が高いうちに産んでしまおうというのだ。
この太陽フレアの爆発と男子出生の関係はかなり昔から研究されてきたらしく、過去に何度も太陽の黒点が消滅し、太陽フレアの爆発が少なくなった頃に男性の出生率が大幅に改善され、その都度、人口爆発がおきたことが記録されている。
逆に、60年前のように太陽フレアの大爆発がおきると、人口は落ち込み、人類滅亡の危機がやってくる。
「つまり、今朝のニュースを見た女性たちは、こぞって子孫を残すために動くわけか」
淳は黙って頷いた。
「それは大変だな」
女性の生存戦略――肉食女子が増えるわけだ。
宇宙物理学なんかじゃなく、思ったより俺たちに影響がある話だった。
入学式は何事もなく終わった。
男子がいるからか、式次第の進行にも、細心の注意を払っているのが分かった。
飽きさせることなく、短時間で終わった感じだ。
お偉方の長い挨拶はすでに過去のものなのかもしれない。式の時間は、正味30分もなかった。
講堂を出るまでは二列だったが、そこからはみな、自由に歩き出した。
俺はというと、教室はどっちだっけと考えながら歩いていたため、周囲への注意がおろそかになっていた。端的にいうと、前を見ていなかったのだ。
階段付近で、ちょっとしたアクシデントに遭遇してしまった。
「あっ」
「きゃっ!」
よそ見していたため、女子のひとりとぶつかってしまった。
もとの世界の俺だったら、相手に怪我をさせてしまっただろう。
だがいまは違う。多少鍛えてあるとはいえ、優男の身体である。
女子とぶつかった拍子にバランスを崩すという恥ずかしくも、稀有な体験をしてしまった。
「ととっ!」
不意に受けた衝撃だったこともあり、たたらを踏んで別の女子ともぶつかってしまった。この辺は、完全に失態である。
――ふにゃっ
左手が何か柔らかいものを触った気がする。
いや、現実逃避するのはよそう。触った。ああ、触ったとも。
肘と手のひらにそれぞれ、女生徒の胸が当たった。しかも一人は揉んでいる。
いや、これは不可抗力なのだが、揉んだ事実は変わらない。
「やってしまった!」と思った瞬間、女性の悲鳴と号泣、俺を非難する冷たい視線、怒り心頭でやってくる教師の姿を幻視した。
これからおきる阿鼻叫喚の地獄絵図を予感して、俺は目を閉じた。
だが、決定的な瞬間は、いつまでたってもやってこなかった。
恐る恐る目を開くと、俺が胸を揉んだ女子生徒がガタガタと震えていた。
「ご……ごめんなさい。わたし……そ、そんなつもりじゃ」
いまにも泣き出しそうな声で、その女性は俺に謝罪してきた。
胸を揉まれた女子が、揉んだ俺に謝ってくるのだ。
「えっ?」
なぜ? と声を発しようとした瞬間、周囲から非難の声がとんだ。
「ちょっと、なに、男子に触ってるの!」
キーキーとした声だ。そちらを振り向く間もなく、似たような声がこだましだした。
「そうよ。男子に接触するなんてサイテーよ!」
「せっかく入学してくれたのに、なんでそんなことをするの?」
あれ? どういうこと?
状況が理解できず、俺は呆けてしまった。




