010 もう一人の男子
俺が通う伊月高校は、東京特区にたった二つしかない共学校だったりする。
各学年は六クラスで固定。クラスに二人、必ず男子が振り分けられる。
つまり学校全体で、男子はたった36人しかいない。
学校の中に、男子はたった36人だ。これは少ない。
クラス分けの結果はすでに教えてもらっている。俺は一年一組だ。
教室に入ると、女子生徒の雰囲気が一気に変わった。
こちらを向いていないが、全身で聞き耳を立てている。そんな気配がする。
そしてなぜか、みんな立っている。なぜ、座らないのだろう。
だれも目を合わせてくれないので、空いている席に座る。
すると女子が、俺の机ひとつ分を開けて座り出した。避けられている?
気まずい雰囲気のまま、五分ほどそうしていただろうか。小柄な男子が教室に入ってきた。
鞄を胸に抱いて、腰をかがめながらだ。
俺を見つけると、心底ほっとした表情を浮かべて、俺の右隣に座った。
なるほど、隣が空いていたのはそのせいかと、理解した。
「はじめましてだね。僕は斉木中学出身の久能淳。よろしく」
「おう。俺は宗谷武人だ。よろしくな。淳って呼んでいいか?」
小顔のアイドル的な雰囲気が特徴の、気の弱そうな男の子といった印象。
イメージは、ハムスターなどの小動物。蛇がシャーッとやったら、ビクッとしそうなタイプだ。
俺はこれまで、冗談で水平チョップの張り合いをするような連中とばかり付き合ってきたので、こういう可愛い系の友達はいなかった。
仲良くなれるだろうか。
「うん。僕は宗谷くんと呼んでいい? あまり名前で呼び合う習慣がなくて」
「そうなのか。まあ、好きでいいけど、たった二人だけの男子だ。仲良くいこうぜ」
「ありがとう……けど、急に女子の割合が増えたでしょ? 嫌じゃない?」
淳は、あたりを憚る声で、そう聞いてきた。
中学のときは男子1人に対して、女子が3人の割合だった。
休み時間などは、男子だけで集まって話すこともできた。
そしてこのクラスだが、男子2人に対して、女子が38人と多い。
倍増どころの話ではなくなっている。
「別にいいんじゃないか? それだけ可能性も増えるし」
「可能性って?」
「そりゃ、もちろんモテ……も、もてなされる可能性……だな、増えていいんじゃないか?」
「そうかな。あまり女子にもてなされても、僕は嬉しくないんだけど」
周囲に聞こえない音量で、淳はそう吐き捨てた。
「女子はそうすることによって、満足感を得るんだ。よほどのことがない限り、受け入れた方がいいぞ。そのための共学校だしな」
「宗谷くんは、オトナだね」
感心されているが、危うくモテる可能性と、俺の願望を言うところだった。
昨日から今日までの間に、記憶の整理はほぼ終わった。
この身体の持ち主が、なぜああも女子から逃げたがっていたのかも理解した。
男子が女子から逃げようとするのは、生存本能の現れなのだ。
これは社会性や理性、そして常識では克服できないこと。
感情では理解できても、本能が拒否するのだ。
なにしろ、女性が男性を求めるのは自然。
だが男性は、すべての女性の求めに応えられない。
人数比が圧倒的なのだから、それは仕方ないことだ。
女性は、男性に選ばれようとあらゆる進化を遂げる。
そう、進化だ。ありとあらゆる進化。
より女性らしくなり、男性の好みに合致した容姿にもなる。
だがそれでも、選ばれる可能性は少ない。
それだけこの世界の男性の数は少ない。
絶望的な数字の差によって、女性の生存戦略はより過激になる。
孔雀の羽、タンチョウのダンス、カエルの合唱など、繁殖期の求愛行動は、動物にも見受けられる。
人間の女性が求愛行動をして、何が悪いだろうか。種を残すためだ。まったく悪くない。
雄鹿が角をぶつけ合う決闘もまた、雌を得るために強さを見せつけるものだ。
人間の女性が、男性を得るために闘争本能を開花させたって、なんらおかしい話ではない。
つまり人類が誕生してからこれまで、女性は、男性を獲得するための技を磨き続けてきた。
それに勝ち得た女性だけが、まるでトロフィーのように男性を手にしてきた歴史がある。
一方、男性はどうだろうか。
右を向いても左を向いても女性ばかり。
男性は、より目立たず生きることで、できるだけ女性の目に留まらないようにしてきた。
そうしなければ、自分を取り合って多くの女性が激突することになる。つまり、自分が望まずトロフィーとなるのだ。
そもそもこの世界の男性は、子孫を残すために積極的に行動する必要がまったくない。
自分が望む女性を容易に手に入れられる環境にある。
言い換えれば、自分が望まない相手は、いらない。いなくていいのだ。
つまり男性の場合、必要としない女性と『いかに関わらないか』が重要になってくる。
結果、男性は世代を重ねるごとに、より消極的――草食化への道を辿っていった。
自身がトロフィーとなり、壮絶な殴り合いの果てに、勝者の女子が自分を迎えにくる未来よりも、自分で伴侶を選ぶ未来を望むようになったのだ。
だがもし、社会の中で男性が目立ってしまえば、そんな未来はやってこなくなる。
目の前で殴り合いが発生するのだから。
自分が「この人と一緒になりたい」と思う女性を見つけても、その女性が殴り合いの最終勝者になるとは限らない。
それゆえ男性は、目立たぬよう女性を避けて生きる術を身につけるようになっていった。
結果、男性を追い求める女性と、女性から逃げる男性の構図ができあがった。
時代が移り変わり、より成熟した社会が形成されたいまとなっても、それは変わらない。
人工授精によって望めば子孫を残すことが可能となっても、女性は男性を求めてやまず、男性はなるべく女性の目に留まらない生き方を貫いているのである。
「そういえば、このまえのニュースでやってたけど、太陽の黒点が徐々に大きくなっているんだって。この前まで終息するかもなんて言ってたのにね」
「……ん? 黒点? それなんかマズいの?」
宇宙物理学的な何かかな?




