014 教室に戻って
1年1組の担任は、一瀬早苗先生という。
新任三年目にして、はじめてクラスを受け持ったらしい。25歳くらいだろうか。
緊張しているのか、俺たちを前にして、少し手が震えている。
「今日は諸注意のみで解散となります。みなさんもはやく自己紹介してクラスの顔と名前を覚えたいでしょうが、先に班決めをします。この辺はいいですね」
瞬間、クラス内の空気が張り詰めた。
班はこっちの世界独特なもので、小学校のときの班に近い。それを中学、高校でもやるのだ。
もちろん理由はある。
班で活動することによって、男子が話す相手を限定することができる。
一度班を決めると、一年間は変更しない。
中学のときのクラスは、男子一人に対して女子三人と厳密に決められていたため、男女四人でひとつの班を作ることができた。
男女の数も、それに合わせて調整されていた。
真琴、リエ、裕子の三人は、そのときの班員だ。
高校は違う。クラスの中に男子は二人しかいない。そう、たった二人だ。
「――明日、五人の班を八つ作ります」
クラスの緊張がさらに増した。
男子二人に対して、班は八つ。それが何を意味するのか、分からない彼女たちではない。
班は、男子が話しかける相手を限定的にするもの。おそらく俺と淳は別々の班になる。
つまり、男子が入る班が二つ、女子だけの班が六つできるのだ。
たかが班と言うなかれ。
中学のとき同じ班だった真琴、リエ、裕子とは、一年間でそれなりに親しくなれた。
逆をいえば、別の班の女子とは、ほとんど話すことがなかった。
俺に用事があるときでも、近くに同じ班の女子がいれば、そっちに話を通してもらうからだ。
それが暗黙の了解となっている。
高校でもそれは同じ。
つまり班決めは、この一年間の天国と地獄を分けることにもつながる。
「班が決まったら、班単位で自己紹介をしたあと、班長がクラスのみんなにメンバーを紹介する形にします」
これも中学と同じ。
自己紹介ではなく、他己紹介をするのだ。
理由は、男子をあまり前面に出させないため。
つまり班長は女子が引き受け、先生や他の女子との折衝は班長の役目となる。
班長は男子と話す機会が多くなる反面、恨まれやすいポジションにいるともいえる。
中学のとき、真琴が班長を務めていた。
「班が決まったら、席替えをします」
班が決まったあとは、その班でまとまって座ることになる。
俺の前後左右を挟む形で、班員が座ることになるだろう。
「僕は出入り口から一番遠い窓側を希望するよ」
「ああ……男子はそういう希望も通るんだっけな」
中学でもある程度、そういう自由はきいた。高校も同じだろう。
でも俺は、できれば女子に囲まれたい。
それも希望すれば通るだろう。
「でもなんかさ、教室がピリピリしだしたね。居心地悪いや」
だれもが俺や淳と同じ班になりたいはずだ。
だが積極的に動くと、『男子を不快にさせた』とクラス中から非難される。
今日、入学を迎えたばかりだし、みな距離を測りかねているのだろう。
抜け駆けしたいが、悪目立ちはしたくないと思っている。
それゆえ、周囲の出方を見ながら対策を練っているのかもしれない。
その張り詰めた空気が、淳を不快にさせている。
「先生!」
「宗谷くん、どうかしましたか?」
「班決めですけど、通常はどうやって選ぶんですか?」
「まず男子の希望を聞くことが多いですね。同じクラスに知り合いがいる場合もありますし、比較的大人しい女子を選ぶ男子もいます」
一瞬、クラス内がザワッとした。
大人しい女子を選ぶ。それはつまり、ここぞとばかりアピールするような女子は選ばれないということだ。
葛藤しているのか、頭を抱えている女子も出はじめた。
「それでも、なかなか決まらないですよね」
「そうですね。あとは、特区内に住んでいる人の中から選ばれることが多いです」
まあそうだろう。
特区内に住んでいる女子ならば、中学生のときに男子と同じクラスになっていることが多い。
男子との距離感も掴めているから、お互いにやりやすいはずだ。
「だったら俺、いまのうちに希望を出していいですか?」
「どうぞ、かまいませんよ。そういう積極性は、大歓迎です」
班決めは明日なので、いまのうちに希望を言っておいた方がいいと俺は考えた。
だから、誤解のないよう大きな声で、しっかりと希望を伝えた。
「俺は、特区外の女子を希望します」
――ざわっ!
やはり、意外だったようだ。
悲鳴を上げかけて、慌てて口を押さえた女子もいた。
「……珍しいですね。もちろん、それはいいですけど、どうして特区外の女子を希望するのです?」
「俺は中三のとき、班員にとてもよくしてもらいました。感謝していますし、その子たちとは、いまでも交流が続いています。特区内の女子と同じ班になったら、きっと同じような一年間を送ることができると思います」
「そうですね。やはり小さい頃からの積み重ねは、馬鹿にできないと思います」
「はい。ひるがえって特区外の女子は、もしかすると男子と話すのも初めての経験かもしれません。経験がなければ、どう接していいか分からないこともあると考えます」
「それが分かっていて、特区外の女子を希望するのですか?」
担任が首をかしげている。
「特区外の女子は、きっといまも緊張していると思うんです。同じ班になって少しでも親しくなれて、そして彼女たちを通して、他の特区外の女子とも親しくなれれば、そういった緊張も早くなくなるのかなと思いまして」
「…………」
担任は、まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったという顔をしている。
この学校の教師をしているのだ。
おそらく担任は、エリート中のエリートの人生を歩んできたと思う。
そんな担任の呆けた顔が見られた。
ちょっと得した気分だった。




