015 女神の話(1)
高校の班も中学のときと同じで、一年間は変わらない。
それゆえ、班員選びは大変重要な行事となる。
「俺は、特区外の女子と班を組みたいと思います。ただ、だれがそうなのか分からないし、明日になってからじゃ遅いと思いまして」
「遅いというのは?」
「せっかく特区外の人とクラスメイトになったのですから、よく知っておきたいと思うんです。だから、よくある自己紹介文みたいなのを書いてもらえたら嬉しいなと思いました。明日、俺がそれを読んで、班のメンバーを選ぼうかなって」
班決めと聞いてからずっと考えていたことだ。
小学校と中学校のときは、特区の外から通ってきている生徒はいなかった。義務教育なのだから、当たり前だ。
つまり今回はじめて、特区外の生徒と一緒に勉強することになる。
彼女たちのことをよく知っておきたいと思った。
そのためにどうすればいいか考えた。直接聞いても、なかなか答えてくれないだろう。
先ほどぶつかった女子は、そのまま気絶してしまったくらいだ。
でも手紙なら問題ないはずだ。
一晩かければ、レポート用紙の一枚や二枚分くらい書けるはずだ。何しろ自分のことなのだから。
「……分かりました。それでは特区外の人は、宗谷くんのために、自己紹介文を書いてきてください。強制ではありませんが、みなさんも特区内に勉強しに来るのですから、そのことの意味をよく考えてください」
強制ではないといいながら、強制しているような気がするが、たしかに自己紹介の文面ひとつ書けないような人はいないだろう。
なにしろこの学校は、都内でも最難関のひとつなのだから。
ちなみに淳に話を振ったところ、「僕は特区内からしか選ばないから、そんなのいらない」と言われてしまった。
まあ、淳はそうだろう。
放課後、俺はまっすぐ家に帰らず、女神がいる祠に向かった。
一日経って、この身体の記憶もほぼ整理できた。
身体能力こそもとの身体に及ばないが、頭のデキは比べ物にならないくらいよくなっている。
俺と入れ替わったせいで評判が下がらないか、かなり不安だ。
「女神いる?」
『なんですか、そのぞんざいな呼びかけはっ! わたしが「いらない」っていったらどうするんですか?』
「いや別に、いるか、いらないか聞いたわけじゃ……あっ、そうそう、これ。お供えのぼたもち。コンビニで売っていたから、買ってきた」
『ありがとうございます。こういうのを待っていたのですよ。お茶も一緒にあるとよかったですね。あっ、これは催促しているんですからね』
「催促かよ……分かった。次からはお茶も一緒に持ってくるよ」
女神はぼたもちをヒョイとつまんで、口の中に入れた。
『それで(モグモグ)……この世界は(モグモグ)……どうですか?』
口の端にあんこをつけたまま、女神が聞いてきた。
「社会どころか、学校の中も……かなりいびつかな」
ちょっと驚くくらい、女子の行動が制限されている。
『ふむふむ(もぐもぐ)……学校の中もいびつ(もぐもぐ)ですか』
「女子の忍耐力が試されているというか、我慢が当たり前になっている感じがした」
『あー、なるほど。子孫繁栄に不可欠な男性がまったく足りないのですから、もとの世界とそのへんが大きく違うのは、ある程度、仕方ないですね』
男性が足りないから、早いもの勝ちで……なんてことを許していたら、社会は大混乱だ。
秩序を保つには、ルールが必要だ。
女性に我慢させることで社会に秩序をもたらそうとしているから、いびつになっているのだろう。
「それって、仕方がないのかな……」
俺とぶつかった女子生徒たちの顔が思い浮かぶ。
相手が俺じゃなかったら、彼女たちは本当に退学処分を受けていただろう。
それが許されるのがこの世界だ。
『なにかありました?』
「……ちょっとね。それで聞きたいことがあるんだけど、特区外ってどんなところ?」
『記憶の継承に失敗しましたか?』
「いや、それはないと思う。ただ、知識として知っているのと感情は別っていうか……記憶だと、ここよりも発展した都会に見えるんだよね。狭くてゴミゴミしてたりするけど、発展はしている。でもクラスのカースト的には、特区外生は最下層。彼女たちも、自分たちは下であることを自覚している感じ? そのあたりがどうにも理解しがたくて……」
もとの世界だと、新宿御苑を思い浮かべると分かりやすい。
都会の中にぽっかりと空いた緑の一帯。特区を真上からみたら、そんな風に見えるはずだ。
『そうですか。特区ができたのはおよそ五十年前ですが、それよりもずっと……それこそ何百年も前から男性の住む場所は、だいたい決められていたのですよ』
「あー、それはなんか記憶にある。川で住むところが分けられていて、橋が関所になっていたんだっけか」
もとの世界の江戸もそんな感じだ。
謀反を警戒して、『入り鉄砲に出女』なんて言葉が生まれていた。
『そういった隔離居住区があったおかげで、昔から多くの女性が男性と縁遠かったわけです。そして時代が進み、人工授精が成功して、女性が望めば子を宿せるようになったあと、男性の価値がますます高まりました』
「えっ? 逆じゃない?」
男がいなくても子供が持てるなら、男の価値は下がる気がするが。
『それが、そうでもないのです。父親がいるというのは最高のステータスになります。人口が爆発的に増えたことによって、男性を求める女性の数は増えるわけですから、男性の価値は相対的に上がりました』
よく分からないが、こういうことだろうか。
たとえば世の中に外国産のうなぎが増えれば増えるほど、国産うなぎの価値が上がる。
人工授精によって子供が増えるほど、父親がいるだけで価値が高まる。
人口爆発の方はなんとなく分かる。
マイナーな競技でインターハイに出場するよりも、甲子園出場の方が騒がれる。
それは知名度や競技人口の差からくるのだろうが、「母数が大きい」というのは、それだけ重要なのだ。
人工授精によってより多くの女性が誕生し、彼女たちが男性を求めるようになったのだろう。
「そうやって男の価値が上がったあとで、特区ができたわけか」
『そうですね。もともと男性は昔から集まって暮らすところがありました。明文化されていないだけで、この辺りは男性が多く住んでいるから居住許可がおりないなんて感じでやっていたようですよ。アメリカの男性優遇政策は、そういった長年の慣習に楔を打ち込んだ形ですね。あえて法として残すことによって、男性に絶対的な安心感を提供したわけです。日本からも多くの男性がアメリカに渡って、一時期はかなり険悪な関係になったようです』
そしていまだ、あの女性教諭のように、アメリカを敵視する人もいるようだ。
とくに高齢者に多いらしい。




