106 動画の準備
真琴たちに動画の説明をした翌日。
登校したが、クラスの雰囲気はいつもと変わらない。動画のことはまだ、知られていないようだ。
二、三日で話題になるとは思っていないので、これは想定通り。
ただ、これがいつまで続くか分からない。
「橋上さん、今日も頼むね」
「分かりました。まだスマートフォンで撮影する予定ですので、いつでもどこでも問題ありませんわ」
「それじゃ、放課後……そうだな、今日は町を歩くのはどうだろう」
「町歩きですか。いいですね。きっと評判になりますわ」
「そういえば、『追って恋』ってゲームを知っている?」
「……もちろんでございますが。興味がおありですか?」
「そうだね。リエ……中学の班員に言われたんだ。それで実況動画を上げてみてほしいと」
「なるほど、ゲーム実況ですか。しかも『追って恋』とは通ですね。なるほどなるほど……」
橋上さんに変なスイッチが入ったようだ。
俺は淳のところへ行く。
「彼女、どうしたの? なんだか、動きが変だけど」
「ちょっとゲームの話をしたら、自分の世界に入ったみたいなんだ。それでさ、淳。おまえ、スマホのゲームとかやるか?」
「僕はあまりやらないかな。結構やっている男子はいるみたいだけど、女性向けが多いしね」
「あー……そうだよな」
商売として成立しなければならないのだから、女性向けが多くなるのは仕方がない。
ストアに表示されるのは売上の上位がほとんど。もちろん、女性が遊ぶことが前提になっている。
「じゃあ普段、どんなので遊んでるんだ?」
「家族とカードゲームをすることはあるかな。本格的なものじゃなく、すぐ決着がつくようなものとかが遊びやすいね」
それで教えてもらったのが、『恋の配達人』というカードゲームだ。
2人か3人くらいで遊ぶゲームで、1プレイ数分で終わるらしい。早ければ、開始早々終わるとか。
「なんだそりゃ」
「互いに手札を1枚ずつ持って、相手を脱落させるゲームだからね」
カードの枚数もそれほど多くなく、山から1枚引いて2枚の手札にして場に1枚出す。
場に出したカードの効果で相手を脱落させるゲームらしい。
「『恋人』というカードを場に捨てたら負けなんだけど、その他にも負ける要素がいっぱいあってね」
相手の手札を当てたら脱落させられる『配達人』がいたり、相手の手札を覗き見るできる『情報屋』がいたりと、なかなかに攻撃的なカードが揃っているらしい。
カードの種類と場に出た枚数を数えながら毎回プレイするというのだから、それなりに頭を使うのだろう。
「おもしろそうだな。俺もひとつ買ってみるかな」
「ほんと? じゃ今度対戦しようよ」
ベーシックなものから、拡張カードのあるもの、カードの絵柄と名前が違うものなど、『恋の配達人』にはいろんなバージョンがあるらしい。
スマートフォンで検索して、シンプルなものを購入した。
今夜には届いていることだろう。
母の構築した流通システムは、優秀なのだ。
放課後、動画撮影のため、班員たちと一緒に町に出た。
小さな商店街に向かい、適当にぶらつく。
この辺の人や店の店員は男性に慣れているので、別段挙動不審な行動をする人はいない。
どうせ音声はカットするので、とくに気にすることなく、道行く人に手を振ったり、店先の品物を見たりする。
小銭を入れてつまみを回すと、カプセルのおもちゃが出てくる販売機があった。
小動物のフィギュアがランダムに入っているらしく、挑戦してみる。
ゴマフアザラシがほしかったのだが、1回目はコアラだった。
悔しいので、もう1回やる。すると、リスが出てきた。
説明書きを見ると、14種にシークレットが2種とある。
もう1回やっても、ゴマフアザラシが出るとは限らない。
さあ、どうしようかと悩んでいると、ツツッと女子高生が寄ってきて、フィギュアがいっぱい乗った両手を見せてくる。
「あ、あの……」
「交換してくれるの?」
女子高生は、真っ赤になって頷く。
どうやら同好の士らしい。
少女の手の中にはゴマフアザラシもあった。俺は自分のリスとそれを交換してもらう。
握手して別れたが、相手はぴょんぴょん飛び跳ねていた。
ゴマフアザラシゲットだぜ! と橋上さんに向かって親指を立てた。
「いいシーンが撮れましたけど、先ほどの女性については、顔をモザイクで隠しておきますね」
「あー、そうだね。お願いするよ」
途中から、撮影されているのを忘れていた。
こうやって、学校帰りに買い物をするのはいいものだ。
もとの世界では、ほぼ毎日武道の稽古があったので、そういったことをする余裕がなかった。
こういうのが青春なんだなと、あとになって思い返すのだろう。
途中、学校帰りとおぼしき小学生の女子がいた。
目が合ったので、おいでおいですると寄ってきた。
実はこれ、事案などではないのだ。
もとの世界ならば、不審者情報として地元の警察から関係各所に情報が回されるだろうが、この世界は違う。
「これ、いる?」
さきほどのコアラを見せると、女の子はコクコクと目の色を変えている。そんなにコアラが欲しいのだろうか。
「どうぞ」
「~~~~!! ありがとうございまっす!」
巨大なアメを飲み込んだように喉を鳴らしたあとで、女の子からお礼を言われた。
あまりに可愛いので、コアラをあげつつ頭を撫でると、拳をぎゅ~と口元に持ってきて、何かを我慢する仕草をはじめた。
菊家さんが前に回り込んで、口パクで「危険です」と教えてくれた。
さすがに触るのは事案かと思い、「じゃあね」と別れた。
その後も、つらつらと商店街を歩き、屋台で買い食いをしたところで撮影終了。
なぜか、橋上さんたちが、「ふぅ~~」とへばっていた。そこまで連れ回したつもりはないのだけど。
「この動画もアップするよね。今日の段階で、クラスにはまだ知られていなかったけど、今後どうなると思う?」
「近いうちには気づく人も出るかと思います。今日明日で、気づく人が出ても不思議ではありません」
「そうだよね。というわけで、気にせずどんどん行こうよ」
「どうせなら、大々的にですか?」
「分かってるじゃないか」
「なんとなく、そう言うのではないかと予想しておりました。ですが……怖くはないのですか?」
「反応が楽しみかな。もちろん面倒なこともあるだろうけど、それ以上にワクワクしてる」
もとの世界では一生かけても……いや、どれだけお金を積んだって、できなかったことだ。
俺はDoTube界のアイドルになる。




