105 提案
「……話はだいたい分かったわ。動画を見たときから、武人くんが何か考えているだろうから、私たちはそれに協力するつもりだったの」
理由を聞いたのはあくまで、俺の考えを知りたいだけだったようだ。
さすが、1年間付き合っただけのことはある。無条件で信頼してくれるところが嬉しい。
「動画の件はさ、まだ始まったばかりだから。このあと頼むことも多いと思うんだ。そのときは手伝ってくれると助かる」
「いいわ。けど、このまま動画を続けて公開するなら、極力女性と一緒にいるところを映さない方がいいと思うわ」
「それは……動画を見た人が嫉妬するから?」
たしか、推しのアイドルや声優に彼氏がいただけで、ファンがアンチに変わってしまうと聞いたことがある。
「そうね。それもあるけど、女性に対する憎しみかしら。男性と違って、女性はいろいろと守られていないから、危害を加えようとする人が出ても不思議ではないから」
男性が動画を上げたとき、裏に女性がいるのは明白。
だけど、それを表に出したとき、ヘイトが一気にその女性に向く可能性があるというのだ。
「……そうだな、そういう可能性もあるのか」
どうせそのうち、俺の素性はバレる。
面白おかしく書く人もいれば、一目見ようと特区にやってくる人もいると思う。
だけど、俺に手を出すことは、ほとんどないと言える。
不可抗力ではなく、本当に狙って接触してきたら、この男女比が狂った世界では、マジに懲役とかもありえるのだ。
そして男性に手を出して捕まったとなれば、もとの世界の覗きや下着泥棒以上にひどい扱いを受ける。
リスクが大きすぎる。
「それで、今後はどうするつもりなの?」
真琴が興味津々に聞いてくる。
「いまはまだ謎の男子高校生って感じで、短いバストアップの映像ばかりなんだけど、そろそろ全身を映そうかって言ってる」
橋上さんは、段階的に解禁していく作戦らしい。
「そういう感じなのか。なかなか策士ね。私も何回再生したことか」
「真琴は、会おうと思えば、いつでも会えるだろう」
なぜ動画をそんなに再生する。
「だって、武人くんの貴重な映像よ。お母さんと、キャーキャー言いながら見てたわ」
「なにも母子で見なくて……って、待って!」
「どうしたの?」
「真琴のお母さんも、動画のこと知ってるの?」
「ええ、私が教えたし」
「……マジか」
つまり、『ママ会』経由で母にも伝わるということだ。当然、姉にも伝わる。
「うちの母も、いまのうちにサインを貰っておこうかしらって言ってたわ」
「裕子んちもか!」
もう駄目じゃん。
「それで、武人くん。全身を映したあとは、どうするの?」
「あー……なんだっけ。……あっ、そうか。えと、声? 音声付きの動画を流そうってことになってる」
流れは橋上さんに任せてあるので、実はまだよく知らない。
「声かぁ。視聴者の反応はどうなるのかしら」
「さあ。そのあとは私服で町を散策しようとか言ってたかな」
「特区の紹介かしら。たまに中年の男性実況者が、町中を歩いて、そういうことをしているわ」
まだそれなりに若い……つまり未婚でも通用するような年齢の男性は、動画投稿したとしても、室内撮りばかり。
しかも、サングラスとマスクで顔を隠したりと、かなり神経質な感じで投稿している。
顔を出して外を散策する男性は、中年以降に多く、おそらく子育てが終わって、自由になれたからこそ、そういう活動を続けられるのかもしれない。
だが、未成年でそういうことをしているのは、俺は見つけられなかった。
「俺に続いてくれるといいんだけど」
「顔出ししてそういうことする人は……」
「いないでしょうね」
「いないかー」
まあ、そうだと思ったけど。
「ねえ、ねえ、武人くん」
「なんだい、リエ」
「もし、よかったらだけど、『追って恋』のゲーム配信とかしてくれないかな」
「えーっと……ゲーム配信?」
もとの世界では、友達の家でよくゲームをした。レースとかアクションとか、いろいろだ。
あまりうまくはないが、ダチと一緒にやるゲームは面白かった。
「あのね、逃げる男子とそれを追いかける女子の鬼ごっこゲームなんだ。いろんなゲーム機で出ていて、ちょっとした人気になっているんだよ」
「へー……」と、裕子をみる。
「非対称鬼ごっこね。私もよくは知らないけど、ときどきSNSのトレンドに上がっているわ」
「そういうのがあるのか。どれどれ……」
スマートフォンで調べてみると、複数の男性が画面を飾っていた。
――オレを落としたければ、捕まえてみな!
なんというベタな煽り文句だろうか。ちょっと笑ってしまった。
ゲームは、一人の男性キャラがランダムフィールドの中を逃げて、それを四人の女性キャラが追いかけるというシンプルなもの。
基本、逃げる男性の足の方が速く、女性は追いつけないのだが、パークという特殊技能を使って男性を追い詰めることができる。
四人いる女性キャラは、協力や妨害をしつつ男性キャラを追うため、女性キャラ同士の駆け引きが重要になってくる。
反対に男性キャラは、捕まえられたらその女性と添い遂げる運命になるのだが、フィールドを脱出して、新たな女性を探しに出かけるために、逃げ回る設定らしい。
男性がフィールドを脱出するには、各所にある宝箱をあさって、脱出アイテムをすべて揃える必要がある。
ただし、宝箱をあさるのには時間がかかるし、宝箱を開けた瞬間、四人の女性キャラに通知がいく仕様になっている。
宝箱の中には脱出アイテムの他に、フィールドに持ち込んだアイテムがランダムに入っている。
たとえば『恋の爆弾』というアイテム。女性に掴まれる前に発動させれば、しばらく足止めができる。
『偽のラブレター』で、別の場所で通知がいくようにもできたりする。
ようは男女の心理戦と女性同士のかけひき、そして純粋にプレイヤースキルが試される対戦ゲームらしい。
「これ、リエが好きなの?」
「うん。友だちと一緒にやるととても盛り上がるんだ。だけど、男性キャラを扱う人もみんな女性だし、こういうのに男性が入ると面白いと思ったんだ」
男性キャラを見ると、イケメンから渋い中年男性、筋肉質の男など、多種多様なキャラがいる。
これを女性が操作するのか。
「そうだな。少し練習して、大丈夫なようなら、ゲーム配信もしてみようかな」
「ほんと!? 絶対に、流行ると思うよ!」
ゲームの動画を再生する。
『オレはスピードスター。オレを落としたければ、なるはやで頼むぜ!』
そんな言葉とともに、ゲームが始まっていた。
男性キャラは、フィールドを脱出するために宝箱を開けなければならない。
だが宝箱を開けると、四人全員に通知がいく。
どうやら時間が経てば経つほど、追いかける四人のパークが強力となり、男性キャラが追い詰められていく。
動画では、部屋の入り口に張られた『クモの糸』に引っかかり、それを張った一人に通知がいき、逃げている間に『警報装置』を作動させてしまい、新たな女性に見つかった。
ほどなくして一部屋に追い詰められて、出入り口を塞がれたまま、男性キャラはあえなく捕まってしまった。
『オレの心を捕まえたキミと一緒に永久へと旅立とう』
クサいセリフを吐きつつ、動画が終わっていた。
永久へと旅立っちゃだめだろ。




