101 方針転換
現在、DoTubeに1分少々の動画を10本以上アップロードしてある。
どれも似たような内容だ。
遊歩道を歩いたり、ベンチに腰掛けたり、ちょっとした運動をしたりしているものばかり。
その中の1本でも見てくれれば、芋づる式に他の動画を視聴してくれるだろうということで、多くの動画を作成した。
いまはまだ呼び水の段階。
このあと、尺の長い動画をアップロードしつつ、内容にメリハリをつけていく……予定だった。
だが早くも数日で、人気動画となってしまった。あれ?
「いまは特区外の一部に広まっただけですが、いずれ特区の中でも流行りはじめると思います」
「そうだろうね」
この流れは止められないだろう。
「撮影場所が特定されると思います」
「ああ、そうか。全部、この学校の近くで撮ったんだよな」
「はい。おそらく来週には特定されるのではないでしょうか」
「意外に早いね」
「落ち着いていらっしゃるようですが……その……学校の予想がつくかと」
「ああ、うん。大丈夫だよ。もとから想定済みだから。ただし、それだったら計画を前倒ししてもいいかもしれないね」
本格的な動画を1本撮るなら、短くてもいいから、10本の動画を撮ろうということになっていた。
目に触れる機会を増やす作戦だったが、その必要がなくなってきた。
「分かりましたわ。少し、計画を見直しておきます」
「動画は足りている?」
「もちろんです。あっ、でも今度、私服を撮らせてくださいまし。そういった変化はほしいと思いますので」
「分かった。次の休みとかどうかな。またどこかで撮影しようか」
……というような呑気なことを言っていたら、放課後、裕子から電話があった。
メッセージではなく電話というのが珍しい。
「もしもし、俺だけど」
『武人くん……動画見たわよ』
「あっ、見てくれた?」
『見てくれたって……あれは、どういうこと?』
「うん。話せば長くなるんだけど」
『長くなるでしょうね。だから電話したのよ』
電話越しでも分かる。苦悩している声だ。
「だったら、会わない? 電話だと話しづらいし」
『……分かったわ。じゃ、学校まで迎えに行く』
「えっ?」
迎えに行くとは……どういうことだろう。
『もうバス停前にいるから。そうね、あと十分で着くわ』
「じゅ、十分ね。……分かった。待ってるよ」
さすゆうだ。俺が会って話すところまで想定していたらしい。
俺はカバンを持って、教室をあとにした。
裕子と合流してすぐ、いつもと違うバスに乗った。なぜ?
「どこに行くんだ?」
「以前、紅家と揉めたときに家をもらったでしょ。ようやく中に入れるようになったから、知らせておこうと思って」
「この前、署名捺印したアレか」
舞踊会館で紅家のご令嬢と揉めた。
俺を力尽くで連れ出そうとして、反対に護衛がのされてしまったあの事件。
示談の交渉をはじめるにあたって、俺は委任状を裕子に渡した。
裕子は、俺よりよっぽどうまく決着をつけてくれると確信していたからだ。
裕子が先方に赴いた結果、その役目を見事果たしてくれた。
詫びに家をぶんどってくる裕子にドン引きだったが、先方はそれで済んで万々歳だろうというので、俺は示談書に署名捺印した。
「次の停留所で降りるわよ」
外の風景を確認して、裕子は降車ボタンを押した。
バス停から歩いて数分のところにある一軒家の前で、裕子が止まった。
どうやら、ここが目的地らしい。
「どうかしら? それなりにいい物件だと思うのだけど」
つまり、紅家からぶんどった家がこれなのだろう。
「うん、俺にはよく分からない」
門が立派だ。庭が広い。建物は……日本家屋?
「数寄屋造りというらしいわ。これしか持っていないっていうから、しかたないわよね」
「へえ……平屋なんだ」
そんな感想しかでてこない。そういえば庭も日本庭園っぽい。
「紅家が必要なものは運び出したから、残っているものは自由に使っていいみたい。私たちがどうにか住めるようになるまで掃除はしたのだけど、まだ完全じゃないの」
「……ありがとう。がんばったんだな」
予想外すぎて、感情が追いつかない。
「………………って、何この家!? ヤバすぎじゃない!?」
ようやく感情が追いついてきた。
「どうしたの、武人くん。急に大声出して」
「いや、だっておかしいでしょ! 鎌倉の御前とか呼ばれる黒幕が住んでそうな家じゃん!」
「でも二階はないし、見た目ほど広くないのよ」
「広くなくても!」
「紅家の本家なんて、寝殿造だったんだから。ここなんて、ただの別荘よ。慌てることはないわ」
あとで裕子に聞いたら、数寄屋造りというのは、母屋から離れた所に造る小さな別邸のことらしい。
延べ床面積なら、俺の家の方があるだろうが。でも、そういう話ではない。
「とにかく玄関で話していても仕方ないわ。中に入りましょう」
ここは俺の家らしいが、玄関から上がるとき「おじゃまします」と言ったのは、仕方ないと思う。
ちなみになぜか家の中にいた真琴とリエから「おかえりなさい」と言われたので、おもわず「ただいま」と言ってしまった。
初めて上がる家だが、「ただいま」でも間違ってはいない……はずだ。
俺がもらったこの家だが、所有権移転は今年の年末。12月31日に登記するらしい。
税金の計算が面倒くさくないからと裕子が言っていた。よく分からないが、裕子が言うなら、そうなんだろう。
家をもらうと、税金がいろいろかかるらしく、来年早々に二年分のお金が振り込まれるそうな。
二年分ってなに? と思ったが、難しいことは考えなくていいと言われた。
そこまでもらっていいのか謎だが、向こうが合意しているので、いいようだ。
「家具も高級品だな」
「そうね。しばらく使っていなかったし、運び出した荷物もあったみたいで、掃除が大変だったわ」
「ありがとうな」
「いいのよ。武人くんのためだし」
二年後、俺は高校を卒業する。
大学には行かない。母親にはそう告げてある。
男性の大学進学率は三割程度。
もとの世界より大分少ない。
これは「いい会社に入るには、いい大学に入る必要がある」という概念がないからだ。
将来就きたい職業で、大卒以上を条件としている場合のみ、大学進学を考えているからだと思う。
逆に、大学を卒業して一般の会社に就職するメリットはあまりない。
大学はすべて共学で、奉活が義務だったりするため、デメリットばかり目につくからである。
それでも医者や教師、弁護士など、ある一定以上、男子がいないと成り立たない職業があるため、男子大学生がいなくなることはないだろう。
俺は別に勉強が好きなわけでも、そういう職に就きたいわけでもないので、大学へは進学しないつもりだ。
そうすると就職することになるのだが、この世界はとにかく人口をしっかりと増やす意味を込めて、働きはじめたら親元から離れて独立するのが一般的になっている。
動物だって、自分で狩りができるようになれば親元から離れるのだから、その考え方で正しいのだと思う。
もとの世界で話題になった「こどおじ」のような男性は、かなり少ない。
もっとも男性としては、結婚までのわずかな間だけでも、一人静かに暮らしたいというのがあるようだ。
中には通い婚を絶対条件として、一人暮らしを貫く男性もいたりするわけで、高校卒業後、俺が家を出るのはほぼ決まったものと周囲は考えている。
ここはそのために用意された家なのだ。
「それじゃ、あの動画のこと。じっくり聞きましょうか」
そう言えばそうだったと、俺の心は、現実に戻された。




