11話 「覚醒の兆し」
洞窟型ダンジョンのフロアにあった一つの部屋、
そこは初心者用ダンジョンとは思えないような死の香りが渦巻いていた。
「あーあ、もしかして今ので死んじゃったかな?」
銀髪のローブを着た男はドミノのように倒れた本棚の周りをゆっくりと歩く、
炎の玉で攻撃したはずが本棚や本は殆ど無傷である。
「まぁ、死体くらいは残るはずだからゆっくりと探そうか」
その時、ゼノは崩れて重なった本棚の陰に身を潜めていた。
(やれやれ、あのスキルが発動していなかったらどうなっていたことか…)
ゼノの押し潰されていた本棚に対して炎の玉が放たれる直前、ゼノはスキルを発動していた。
そのスキルによってほんの一瞬だけ加速したゼノは本棚の下で少しだけ身をよじらせることによって脱出できたのだ、炎の玉の爆風によって吹き飛ばされた本棚とともにゼノも他の本棚の元へと吹き飛ばされることに成功していた。
「さて、ここからどう打開するか」
相手の銀髪は俺のことを「客」と呼んでいた、
行動も幼げだし遊んでいるつもりなのだろうか。
だが最も注目すべきは…
「くっそいてぇ…」
ゼノは自分の肩を手の平で強く抑えていた、
そこから見えるのは装備の焦げ跡とその隙間から漏れ出す血だ。
(なぜか痛みが伝わってくる…!!)
相手のの男が放った炎の玉、それが直撃した肩がダメージを受けるのは当然だが身体的ダメージは受けない。
あくまでもゲームであるこの世界では痛覚を与えることはゲームマスターであるリンクの能力意外には不可能、のハズだった。
「うーん、次撃ってしまいましょうか」
男がネックレスをもう一度構えたその時、
先ほど閉じられた扉から音が鳴る。
「おいっ!!ゼノっ!!大丈夫か!!」
(あの声は…カイザか)
必死にドアに対して攻撃をしているような音が聞こえる、
つまり外からでも開かないということか。
「へへ…これ以上は戦えるかどうかわかんねぇな…」
洞窟の天井からは一筋の光が差し込んでいる、
少しの割れ目からだが洞窟内を幻想的に彩るには十分な明るさだ。
「これで俺も終わり…ん?」
天井を眺めているときにふと気がつく、
自分のHPゲージへと目が行った。
1/3は削られたであろうHPが回復しているのだ。
「これってまさか…」
俺は自らの装備していたマントを見た、
マントの間からは杖のようなものが顔を覗かせている。
「しーっ、静かにしていてください」
そこから出てきたのはシロだった、だがなぜここにシロが?
「洞窟に入る前に、私の買い替える前に使っていた杖をあなたのマントに忍ばせていたんです」
マント?
そういえばこの小汚いマント、気休め程度の守備力は上がるかと思って装備していたんだっけか。
「そのマントの効果を勝手ながら見させていただきまして…もしかしたら、と思い」
なるほど、この「スケルトン マント」とかいうアイテム。
人間一人を入れることも可能なのか、これはすごい。
「私の魔法スキルの中には自分のアイテムと場所を入れ替えることのできるスキル『アイテレポーテーション』があります、それでマントの中に…」
転移したってわけだ、
これはありがたい。
「それと私の仕事はもう一つ、あの扉に一撃でもダメージを内側からダメージを与えられれば…」
シロの説明してくれた作戦は単純なもので、
ここの入り口となっていた扉に一撃でも俺たち側からダメージを与えればいいということ。
「じゃあ俺が時間稼ぎをする、その間に頼んだぞ」
「はい、信じていますよ」
信じていますよ、か…
これを言われたのはどのくらい前だろうか、もはや俺に信用なんて無いものだと思っていた。
「いくぞっ!!」
俺は身体を斜めにし、からだ半身を本棚の表面に擦りつけるようにして陰から飛び出した。
相手は「待っていました」と言わんばかりの笑みをこぼし、即座に躊躇なく宝石を構える。
「いや、こっちでいいか」
懐から細身の剣を鞘走らせる、そして切っ先はすぐさま俺の目前へと届いた。
「危ねぇっ!」
反射神経だけは昔プレイしていたゲームのお蔭で身についている、剣も同じ要領ではじき返す。
「やるねぇ…っ!!」
男の武器の形はレイピアに近い形をしており、
ほんの少しでも気を抜けば俺も突かれてお釈迦だ。
「くっ!!」
横に幅広い剣に対してレイピアのように細い隙間を突ける剣、
これはかなり分が悪い。
(よし、シロは扉へと向かっているな)
相手の刃先を目で追いかける際、後ろに目を向ける程度の隙はそれなりにある。
何度か後ろを確認した時、シロが扉の目前へと迫っているのが見えた。
「あとは私の魔法で…」
シロは杖を構え、詠唱を始める。
足元には魔法陣が浮かび上がり、スキル発動の光があふれ出す。
「ん!?そこの女!何をしている!!」
(チッ!やっぱり気づかれたか…!!)
剣を持つ手に更に力が入る、
相手の剣を押しやるように前へ前へと剣を振るう!
「シロの元に行かせるかぁぁあああっ!!」
「くっ!」
男の足が一歩、二歩と後ろへと下がっていく。
このまま押し切ってやろうと思ったその時!
「クク…君たちが何をしようとしているのかは知らないが、あの扉を開けられるのは僕だけだ」
(それでもシロの説明していた作戦なら…!)
「だが、念のためにあの女は消しておくべきだと判断しました」
男は剣を握っている右手とは逆の手に宝石を持ち替える、
そして構えた。
「…!!まさか!!」
咄嗟に俺はシロのほうへと振り返る、
その行動にシロも気がつく。
「ゼノ!!」
俺へと宝石が向けられていることに。
「何ッ!!?」
「フフ…君は戦いの最中にもあの女の子を気にしていたみたいだからね、よっぽど大切な何かがあるんだろう…ってね」
男は俺の胸へと宝石を押し付けた。
「つまり、あの女の子を危険に晒せば君はそっちに注目してしまい隙ができる」
「このヤロ…」
瞬間、あたりが光に包まれる。
シロは耐えきれずに目をつむる、無論すぐに開ける。
が、
そこに立っていたのは…
「やっほ~少女ちゃん♪」
男のほうだった。
「フム、中々に可愛い顔をしているね。殺すには勿体ないんだけどなぁ…ゴメンネ?」
男はもう一度宝石を構える、
がシロは怯えていない。
むしろ…
笑っている。
「…!?」
男はその不審な笑みに気が付き、
ほんの数秒。たったの数秒だけだが躊躇してしまった。
「ヘッ、かかりやがったなぁ!!」
一秒、いやもっと早いかもしれない。
一瞬にして男の手首が地面へと落ちる。
「う…うあぁぁあああっ!?」
叫び声を上げながらバランスを崩し、後ろへと倒れる男。
それを見下しながら安堵と喜びの笑みをこぼすゼノ。
「私のスキル『フロート・ブースト』よ、どんな場所にでもピンポイントに空気爆発を起こして何かを吹き飛ばすことができるの。」
「そ、そうか…!それでこの男を飛ばして僕の攻撃を回避させたって言うんだな…!」
男は怒りと恐怖の入り混じったような表情でこちらを見つめる、
がそれは一瞬だけだ。
「さぁて、とどめといこ…ん?」
男の右手は落ちている、
が宝石がない。
「阿呆ですか?僕は別に宝石を直接持っていたわけじゃないんですよ?あれはできる限り照準を動き回っている獲物から外さない為にやっていただけ…」
ゼノは「ハッ」と男の胸元を見る、
風でローブがめくれてそこから顔を出したのは…
「終わりだよ」
宝石だった。
「しまった、ネックレス状になっていたのを忘れていた!」
だがもう遅い、
男は宝石の能力を発動する。
「『デリート・フレイム』ァア!!」
宝石は確実にシロの方向を向いていた、
そして直撃する。
「シロォォオオオ!!」
「あの子がそんなに心配かい?」
胸に違和感を感じる、
何かが触れているような…
「バイバイ」
俺の胸に直接触れていた宝石が赤く光りだす、
間もなくして俺は吹き飛ばされた。
「ハァハァ…楽しかったけど、これでおしまいだねぇ?」
男からは悪意のある笑みがこぼれる、
扉の前にはシロが倒れ、本棚の前にはゼノの死体が…
「…?ないだと…!?」
男の腹部に激痛が走る、
本棚が遠のく。
「なにが…何が起こって…!?」
一瞬だけ、
本当の意味で瞬きをする瞬間だが…
ゼノが見えた。
「う!うぐっ!!ぐあっ!!」
男の胴体が見る見るうちにへし折れていく、
そこにゼノの姿は無いというのに。
「くそっ!なにが、何が起こって…!!!」
そしてまた蹴り飛ばされる。
「うぐぅ…」
背中から本棚の山へと着地した男は目を見開き、
そして恐怖する。
「ば、馬鹿な…!僕の攻撃は直撃して…!!」
「あぁ…したよ、ただし"肩"にな」
ゼノの左肩を見ると確かに消し飛んでいる、
それなのにゼノは平然と歩いてくる。
「なぜ…かわせたんだ…?」
「それはお前自身がよくわかっているんじゃないのか?」
ゼノは歩みを止めない、
一歩ずつ、確実に男へと歩み寄る。
「う、うわぁぁあああっ!!」
男は気でも狂ったのか、
炎の玉をゼノに向けて乱射する。
がそれを一つ一つ、まるで見えているかのように…いや"見えている"から確実にかわす。
「くそ!くそくそっ!!」
「無駄だって言ってんだろ」
そして、
男の目の前に。
「シロの"仇"というのは個人的に好まないが、"痛み"は味わってもらうぞ」
俺が攻撃したところで相手が痛みを感じないことくらいわかっている、
でも気が済まない。
「へ、へへ…」
「!!」
男に斬りつけようとしたその時、
身体に短剣が刺さっていることに気がつく。
「ぐっ…」
HPが見る見るうちに吸い取られていく、
男の腕も再生した。
「畜生…」
もう足が言うことを聞かない、
その場に倒れる。
「ふぅ、やれやれ。かなり焦ったよ…君は油断しすぎだなぁ。えっとゼノ…だっけか、あのシロって娘をよく見ておきなよ」
男は完全回復している、
俺にとどめを刺さないのはきっとシロの最期を見せるためだ。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど、僕の名前は「ミロク」っていうんだ。よろしく、そしてサヨナラ」
そうか、
敵が何かを打ち明けたときはこっちが負けるときだって…どこかの漫画でも言ってたっけ。
「『デリート・フレイム』」
シロに向かって炎が真っすぐに飛んでいく、
これで終わりだ。
…と思ったそのとき!
「『フロート・ブースト』…」
炎の玉は軌道をそらされ、シロの後ろへと飛んでいく。
「えへへ…MP全部、無くなっちゃった…でも…これで…」
シロは何かを成し遂げた、
そんな達成感と喜びに満ちた顔で瞼を下ろした。
「ンッン~最後の最後まであきらめないその姿、感動しちゃったなぁ~」
ミロクは涙を拭う真似をして感動を表す、
がその顔は喜び以外の何物でもない。
「でもねぇ、こっちのMPはまだまだ残っているんだよ~!!」
宝石を構え、
『デリート・フレイム』を発動しようと声を出した…その時。
「うむ、確かに感服したなぁ。シロの勇姿とゼノの覚悟には」
先ほどシロの弾いた炎の玉が扉に直撃して燃え上っている、
そんな炎の塊と化した扉を切り開くように一本の剣先が顔を出した。
「まぁ、お前のそのドブネズミにも値しない様な戦い方。それがまた引き立てたんだがな」
剣先はドアの形に添うように上から下へと移動する、
そして切り倒された。
「なっ…!!馬鹿な!?」
炎の中から姿を現したのは…
「ハハ…出来れば、シロが…傷つく前に、来てほしかった…ぜ…」
デリトだった。
「待たせたな…というか、待たされたな」
デリトの持っている剣、
その刃が怪しく光る…!!
「底辺プレイヤーのお遊びもここまでだ」
ミロクに剣の先を向けて言い放つ、
デリトは「ニヤリ」と笑っていた。




