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第9話:おバカ令嬢の勘違いと、プロンプトの安全係数

村の集会所を借りて急ごしらえで作った応接室。

井戸水とお湯、そして硬いブラシで泥を洗い落とし、ダガンが借りてきた村娘の少し丈の短いワンピースに着替えたリリアは、不満タラタラといった様子で木の椅子にふんぞりかえっていた。

「ふんっ! たまたま運良く泥道がマシだったからって、調子に乗らないでくださる!? だいたい、納得がいきませんわ!」

金髪の巻き毛をぷりぷりと揺らしながら、リリアはテーブル越しに俺をビシッと指差した。

「あなた、街道を直すような凄腕の魔術師なんですのよね!? だったら、わたくしのドレスについた泥くらい、パパッと魔法で消し去ってくださればよろしいんじゃありませんこと!? おかげでこんな安っぽい村娘の服を着る羽目になりましたわ!」

傍らで温かいお茶を飲んでいたダガンが、呆れたように額に手を当てた。

「おいおいお嬢さん。タダで服を貸してもらった恩も忘れちまったのかい。旦那は神様じゃねえんだぞ」

「神様じゃなくても、宮廷の魔術師なら『清めの光』とかでパパッとやってくれますわ!」

「やらないよ。危なすぎる」

俺はため息混じりに、冷めたハーブティーのカップを置いた。

「は……? あ、危ない……? 泥を落とすだけで、何が危ないんですのよ!」

「お前が着ていたのは、王都仕立ての極薄の絹ドレスだ。そして泥はお前の皮膚にもビッシリこびりついていた」

俺は指を一本立て、淡々と現実のパラメータを突きつける。

「『人体と衣服の表面から、付着した泥粒子のみを安全に剥離せよ』――そんなミクロで精密な指示を魔法盤(基底ネットワーク)に投げ込んでみろ。わずかコンマ一パーセントでも出力誤差(ハルシネーション)が起きた瞬間、泥と一緒にドレスの繊維が分解して丸裸になるか、お前の柔肌の角質ごと削り取られて大火傷だぞ」

「ひ、皮膚ごと削れますの……!? ま、丸裸……!?」

リリアは真っ青になって自分の肩を抱きしめ、椅子の上でガタガタと震え出した。

「おまけに、そんな繊細な安全制約を組み込んだら、堤防を一段築くのと同じだけの魔力(計算リソース)を食う。お湯と石鹸とブラシで擦れば百パーセント安全に落ちるものに、わざわざハイリスクで無駄な魔法を使う奴は二流の技術屋だ。適材適所を弁えろ」

「う、うぅ……っ。野蛮ですわ……! 理屈っぽくて冷酷ですわ……!」

涙目で睨みつけてくるリリアだが、アレンの正論に言い返せる語彙はないらしい。

「で、だ」

俺は姿勢を正し、本題へと視線を戻した。

「そんな命知らずの監査官様が、王都の水理局からわざわざこんな最果ての開拓地まで何の用でいらっしゃったんでしょうね? バドリック長官の手紙には『有能な補佐を派遣した』とだけあったが」

その問いに、リリアは待ってましたとばかりにパッと表情を輝かせた。

先ほどまでの怯えはどこへやら、ふんぞり返って誇らしげに胸を張る。

「よくぞ聞いてくださいましたわ! わたくしはですね、王都の宮廷水理局長であるバドリック様に直接任命されたのです!『君の類まれなる優秀さと魔法の才能こそが、東部の重要拠点バルツァーの監査にふさわしい!』って、それはもう熱烈に、涙を流しながらお願いされましてよ!」

「…………」

「…………」

俺とダガンは、無言で見つめ合った。

(……バドリックめ、やっぱり完全に厄介払いの押し付けだな……)

あいつのことだ。

貴族院あたりから押し付けられた扱いに困るポンコツ令嬢を、「どうせあんな寒村じゃ、馬鹿な令嬢一人で大混乱だ。アレンの邪魔をしてこい」と体よく放り投げたに違いなかった。

本人は「見込まれて抜擢された」と本気で信じ切っているあたり、救いようのないおバカである。

「……で、その優秀な監査官様として、まずは何を調査されるんです?」

「決まっていますわ! この村の財政状況、魔導具の備蓄、そしてあなたが行ったという怪しげな工事の不正の証拠をすべて洗い出し、バドリック様に報告してギャフンと言わせて差し上げますのよ!」

拳を握りしめて鼻息を荒くするリリア。

俺は思わず吹き出しそうになるのを堪え、小さく肩をすくめた。

「不正の証拠ねぇ……。あいにく、この村には隠し事なんて何一つないよ。見たけりゃ、どこでも案内するが?」

「ほ、本当ですの……? 怪しい魔術を使っている現場をごまかそうっていう算段ですわね! いいですわ、今すぐ案内しなさい!」

リリアは椅子から跳ね起き、フンスと気合を入れて俺の腕を引っ張った。

悪意もなければ嘘もない。

ただただピュアで、圧倒的におバカなトラブルメーカー。

俺は天井を見上げ、これから始まるであろう更なる頭痛の予感に、苦笑いを浮かべるしかなかった。

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