第10話:監査官、村を歩く(あるいはただの迷子)
「ふんっ! いくら街道や遊水池が綺麗に見えたところで、裏ではきっと住民から重税を巻き上げているか、怪しい密輸でもしているはずですわ!」
翌朝、気合十分といった様子でフリルの日傘をさしたリリアは、鼻息荒く集会所の扉を蹴破った。
監査官としての職務を全うするべく、アレンを引きずり回して村の隅々まで粗探しをするという算段らしい。
「密輸ねぇ……。あいにくこの村には、売るようなものも買うような金もないって、最初から言ったはずだが」
「口ではなんとでも言えますのよ! さあ、不正の隠し場所へ案内しなさい!」
しぶしぶ先頭を歩く俺の後ろを、リリアはトコトコとついてくる。
だが、監査官の初仕事は、開始からわずか五分で思わぬアクシデントに見舞われた。
「きゃっ!?」
新しく舗装された側溝の脇を歩いていたはずのリリアが、なぜか何もない平らな場所で派手に足をもつれさせた。
バランスを崩し、そのまま道端の草むらへ見事な前転ダイブをかます。
「いてて……! な、なんですのこの石ころは……! わたくしの気高い足を引っ掛けるなんて、この道の設計者に文句を言ってやりますわ!」
「それ、ただの測量用の杭だ。足元をちゃんと見て歩けよ」
俺が呆れながら手を差し伸けると、リリアは頬を膨らませてパッとその手を払いのけ、自分で勝手に立ち上がった。
おまけに、お気に入りの日傘の骨組みを草むらに引っ掛け、盛大にバキッとへし折ってしまった。
「あ……あぅ……わ、わたくしの日傘が……新調したお気に入りなのに……っ!」
さっきまでの威勢はどこへやら、へし折れた日傘を抱えて、大粒の涙をポロポロとこぼし始めるリリア。
――精神構造が完全に子供である。
「はいはい、泣くな。骨くらい後で直してやるから」
「うぅ……嘘つきですわ……。どうせこの村の人たちと同じで、わたくしをいじめるんですのよ……」
ぐずぐずと泣きじゃくるリリアを連れて、俺たちは村の中心的エリアである遊水池のほとりへとやってきた。
ちょうどそこでは、数日前に水害から救われた村人たちが、遊水池から回収した「黄金の土(上質な腐葉土)」を荷車に積み込み、新しい畑へと運ぶ作業を行っていた。
「おや、アレン様! お疲れ様です!」
「おや、そちらの可愛らしいお嬢さんは、王都からいらした監査官様かい?」
村人たちが汗を拭いながら、満面の笑みで声をかけてくる。
「あ、あの……! わたくしは王都から派遣された主席監査官のリリア・フォン・グランツですのよ! あなたたち、この怠け者の代官に騙されていませんこと!? 不正な税を取られていたり、不当労働させられていたりするなら、このわたくしに言いなさい!」
リリアは涙を拭うと、監査官の威厳を取り戻そうと胸を張って村人たちに詰め寄った。
だが、村人たちはそれを聞いて、キョトンとした顔のあと、ドッと温かい笑い声を上げた。
「はっはっは! 不正の税だってさ!」
「お嬢さん、とんでもねえ。俺たちはこの方のおかげで、昨年の大水でも家を流されずに済んだんだ。泥しかなかったこの土地で、今年は最高の作物が作って売れるってんで、みんな生き返ったような気持ちで働いてるのさ」
「そ、そんな……! だって、この代官はきっと裏で……」
「アレン様が来てから、この村の誰も飢えてねえよ。嘘だと思うなら、そこの倉庫を見てきなせえ。王都から支給されたわけでもないのに、みんな分の食料と備蓄がしっかり整ってんだから」
村人たちは親しみを込めてそう言うと、それぞれ再び笑顔で作業へと戻っていった。
残されたリリアは、パチパチと目を瞬かせ、ポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。
「……うそ……ですわ……。誰も、困っていませんの……? みんな、あの代官様に心から感謝していますの……?」
彼女が思い描いていた「悪徳代官と、それに苦しむ村人」という構図は、音を立てて崩れ去っていた。
不正の証拠どころか、そこにあったのは絶対的な信頼と、復興の熱気だけだった。
「……どうだ? 監査の続きをするか、それとも帰るか?」
俺が尋ねると、リリアは自分の泥だらけのワンピースの裾をギュッと握りしめ、顔を真っ赤に染めながらぷいっとそっぽを向いた。
「ふ、ふんっ! まだですわ! 今日はたまたま運が良かっただけです! 明日こそ、あなたのボロを出して差し上げますから覚悟していなさい!」
強がりを言いながらも、その声はどこか上ずり、瞳の奥にはさっきまでの敵意とは違う、妙な動揺と好奇心の光が宿っていたのだった。
集会所に戻る道すがら、リリアはしおらしく、へし折れたお気に入りの日傘の骨組みをトボトボと眺めていた。
「うぅ……やっぱり新しい骨組みなんて手に入りませんわよね……。私のバカ……」
「貸せ」
俺は歩きながら手を差し出し、リリアから壊れた日傘を受け取った。
(構造解析:洋傘骨格・軽量アルミ合金。破損部位:中央関節部。――ふん、簡単なものだ)
脳内で簡単な結合プロンプトを組み、指先から微弱な熱線を流し込む。
PROMPT: "金属破断面の分子拡散結合(スポット溶着)。歪み補正および表面コートの再成形。"
チリッ……と青白い光が走った瞬間、折れていた骨組みは一瞬で元の滑らかな曲線へと復元された。
「ほら、直ったぞ」
「え……?」
俺が新品同様になった日傘をひょいと差し出すと、リリアは目を白黒させ、パチパチとまばたきをした。
「うそ……あんなにポッキリ折れていたのに、傷一つありませんわ……!一体どうやったのですの……!?」
「魔導具の修理なんて基本だろ。壊れたからってすぐ捨てるなよ」
「なっ……! そんな簡単に直せるならもっと早く言ってくださいまし! ……べ、別に、直してもらって嬉しいわけではありませんけれど……その、ありがと、う、ございます……っ!」
リリアは真っ赤な顔で日傘をギュッと抱きしめ、プイッと小走りで先に行ってしまった。
――素直になれないおバカ令嬢の扱いに、俺は小さく苦笑しながらその後を追ったのだった。




