↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
56/57

第56話:白紙への還元、あるいは見えない死神

第3居住区の中央広場。

つい先ほどまで賑やかな生活音が響いていたはずのその場所は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

屋台のオーブンでは焼きたてのパンが湯気を立て、石畳には子供が落とした木のおもちゃが転がっている。だが、そこに「人」だけがいなかった。血痕一つ、争った形跡すら一つもない。

ただ、世界から突然『消去(デリート)』されたかのように、数十人の領民が跡形もなく消え失せていた。

「……あり得ませんわ。防衛結界のログにも、空間転移の痕跡(ノイズ)すら一切残っていません」

クロエが片眼鏡(モノクル)のデータを再確認しながら、青ざめた顔で呟く。

「俺の広域探知(ソナー)にも、残留魔力は全く引っかからない。……まるで、最初から誰も存在していなかったように、世界のデータベースが『書き換えられて』いる」

アレンは包帯に覆われた目を広場に向け、ギリッと奥歯を噛み締めた。

魔力が残らない攻撃など、この世界(システム)の理(ロジック)では絶対にあり得ない。

王都の精鋭すら足元にひれ伏し、すべてを把握できる無敵の暴君となったアレンにとって、これほど不気味で恐ろしい事象はなかった。

「アレン様……気温が、急激に低下しています」

クロエが身震いし、自らの肩を抱いた。

アレンの皮膚も、急激な冷気を感じ取っていた。しかし、ソナーには氷魔法の兆候すら一切映っていない。

「……前方、距離十メートル。路地裏から『何か』が来ますわ」

クロエの声が、かつてないほど震えていた。

「魔力を持たない……真っ白な、影……? 人の形をしていますが、顔も、服の境目もありません。ただの……『白い余白』のようなものが、滑るようにこちらへ……!」

「クロエ、座標を指定しろ!」

「正面、距離八! まっすぐ向かってきます!」

アレンは杖を突き出し、即座に最大火力の魔力弾を形成した。

ソナーには何も映らない。だが、クロエの「目(カメラ)」という外部データを信じ、一切の迷いなく黄金の閃光を放つ。

轟音。

路地裏の石畳を深々と抉り、周囲の建物の壁を吹き飛ばすほどの完璧な一撃。

だが。

「アレン様、駄目ですわ! 魔法が……あの白い影に触れた瞬間、何事もなかったかのように『消滅』しました!」

「消滅だと!? 魔力の相殺(カウンター)すら起きていないのか!」

「無です! 魔法というデータが、あの影に触れた瞬間に『白紙』に戻されていますわ! 距離五……三! アレン様、逃げて――」

クロエの絶望的な悲鳴。

アレンのソナーには、相変わらず何も映っていない。足音すらしない。

だが、クロエの心拍数が限界を突破し、死の恐怖に強張るのが痛いほど伝わってきた。

完璧なロジックが、音を立てて崩れ去る。

魔力が通じない。ソナーにも映らない。

それはつまり、今のアレンはただの「目の見えない無力な青年」に過ぎないということだ。

(……くそっ!)

計算も、効率も、すべてが意味をなさない。

アレンは考えるよりも早く、杖を放り捨て、音のする方へ向かって泥臭く地を蹴った。

「アレン様ッ!?」

ドンッ!!

アレンはクロエの細い体を力任せに突き飛ばし、彼女に覆い被さるようにして石畳の冷たい地面へと転がった。

直後、アレンのすぐ頭上を『極寒の無』が通り過ぎるのを感じた。

彼が先ほどまで着ていた外套の裾が、音もなく、焦げ跡すら残さずに『消失』する。

「はぁ……はぁっ……!」

「ア、アレン様……! どうして、体を張って……あなたに魔法以外の物理的な防衛力などないのに!」

腕の中で震えるクロエを強く抱きしめたまま、アレンは包帯越しの暗闇を睨みつけた。

「ロジック(魔法)が通じないバグ相手に、計算などしている暇はない……!」

アレンの背中に、冷たい汗が伝う。

無敵の絶対領域は、たった一つの「観測不能の影」によってあっけなく蹂躙された。

魔力という概念すら存在しない、正体不明の『白紙化バグ』。

視力を失った領主と、彼を支える補佐官は、この理不尽な死神を前に、かつてない絶望的な逃走劇を強いられることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。