第54話:永久機関のロジック、あるいは王都への生放送
圧倒的な質量を持った沈黙が、荒野を支配していた。
王都最強と謳われた五百の第一魔導騎士団。彼らは今、盲目の領主が放つ黄金の魔力圧に当てられ、指先一つ動かすことすらできずに立ち尽くしている。
「がはっ……殺せ……」
地面にめり込み、全身の骨を砕かれた団長ガレスが、血泡を吹きながら呻いた。
「俺は、誇り高き王都の騎士だ……。辺境のネズミに情けをかけられるくらいなら、いっそ首を落とせ……!」
その言葉に、アレンは杖をつきながら冷たく鼻で笑った。
「殺す? なぜそんな非効率な真似をしなければならない。お前たちは、無駄に大飯を食らって肥え太っただけの、極めて優秀な『魔力タンク(資源)』だぞ」
「な、なに……?」
アレンの背後で、クロエが優雅な手つきで空中に巨大な魔力制御盤を展開した。
「アレン様。すでに王都の全魔導掲示板に対する、ハッキングと強制接続を完了いたしましたわ。いつでもいけます」
「よし。……王都の貴族共に見せてやろう。俺のシステムに刃を向けたバグの、最も論理的で無惨な末路を」
ピィィィンッ!!
クロエの指が踊ると同時に、遥か遠く離れた王都の街中のビジョンが強制的に切り替わった。
映し出されたのは、無敵を誇ったガレス団長が血まみれで地に這いつくばり、五百の騎士たちが恐怖に震える無惨な姿だった。王都の広場や貴族の館から、信じられないという悲鳴が上がる。
『王都の愚民どもに告ぐ』
アレンの低く冷徹な声が、王都中のスピーカーから響き渡った。
『お前たちの誇る最高戦力は、たった今、俺の足元で完全な機能停止を迎えた。だが安心していい。俺は彼らの命までは奪わない。……バルツァー自治区のインフラを支える「永久電池」として、有効活用してやるからな』
「き、きさまぁぁッ! 騎士を、人間を電池扱いする気か!?」
ガレスが絶叫するが、アレンは無慈悲に杖を振り下ろした。
地面から黄金の魔力線が茨のように這い出し、五百の騎士たちの首や四肢に絡みつき、彼らの魔力回路を直接自治区の地下インフラへと強制接続していく。
「あ、あああぁぁぁぁっ!?」
「ま、魔力が……吸い取られるっ……!」
騎士たちが次々と悲鳴を上げて地に膝をつく。彼らが王都で贅沢に蓄えてきた膨大な魔力が、容赦なく自治区の暖房、照明、そして防衛結界のエネルギーへと変換されていく。
「お前たちが『ドブネズミ』と見下したこの街の領民たちが、冬を暖かく過ごせるように……その命が尽きるまで、地下の魔力炉で魔力を絞り出し続けろ。それが、お前たちの犯した罪に対する最も合理的な計算式だ」
王都のビジョン越しにその地獄絵図を見せつけられた貴族たちは、あまりの恐怖に腰を抜かし、ある者は失禁してその場に崩れ落ちた。
辺境の盲目の領主は、もはや手を出してはならない「本物の化け物」へと変貌していたのだ。
強制接続が完了し、魔力を吸われ続けてピクピクと痙攣するだけの五百の騎士たちを見下ろし、クロエがふうっと息を吐いた。
「……素晴らしい投資対効果ですわ。これで向こう十年間は、自治区の魔力エネルギーが無料で賄えます」
「彼らのプライドというノイズを削ぎ落とせば、実に優秀なバッテリーだからな」
アレンは王都への通信を切り、包帯で覆われた目をクロエの方へと向けた。
「クロエ。これで王都の戦力は完全に沈黙した。システムのエラーは、すべて排除されたはずだ」
「ええ。アレン様の完璧なロジックのおかげで、私たちの街は真の平和(最適化)を迎えましたわ」
クロエはそっとアレンの腕に自分の腕を絡ませ、その冷たい頬に自らの温かい頬を寄せた。
アレンの研ぎ澄まされたソナーに、彼女の穏やかで、しかし確かな愛情に満ちた心音が伝わってくる。
「……リリア。お前が遺してくれたこの街は、もう誰にも壊させない。俺とクロエが、永遠に守り抜く」
暗闇の世界の中で、アレンは確かな光を抱き寄せた。
かつて感情を切り捨てた氷の補佐官と、光を捨てた盲目の暴君。二人の狂おしくも純粋なロジックが、世界で最も残酷で、最も平和な絶対領域を完成させたのだった。




