第41話:黄金のノイズ、あるいは計算外の林檎飴
ピィィィンッ!!
魔力制御盤から溢れ出した黄金色の光が、窓を抜け、夜闇に沈んでいたバルツァー特別自治区の空へと一気に広がっていく。
「なっ……アレン様!? なんですかこの非合理な魔力パスは! 全区画の街灯出力が規定値の300%に跳ね上がっています! 医療ポーションの生産ラインに回すべき魔力が、あんな無駄なイルミネーションに……っ!」
完璧な補佐官であるクロエが、かつてないほど狼狽えた声を上げてコンソールを叩く。
しかし、彼女がどれほど最適化のロジックを打ち込んでも、リリアが遺した『裏ファンドの強制コード(プロンプト)』はエラーを弾き返し、街中に温かな光を灯し続けていた。
「アレン様、直ちに承認を取り消してください! このままでは私の構築した完璧な都市モデルが崩壊してしまいますわ!」
「取り消さないさ。これは領主(俺)の決定であり……俺の、最高に有能でおっちょこちょいだった補佐官からの、最期の指示だからな」
アレンはコンソールから手を離すと、呆然とするクロエの手を強引に引き、執務室の窓を大きく開け放った。
「あ……」
クロエが息を呑む。
眼下に広がる大通りは、先ほどまでの冷たく静まり返った光景が嘘のように、色鮮やかな提灯と星屑のような魔法陣の光で満たされていた。
どこからともなく陽気な音楽が鳴り響き、中止の知らせに泣いていた子供たちが、満面の笑みで家から飛び出してくる。
屋台に火が入り、香ばしい肉の焼ける匂いと、甘い砂糖の香りが風に乗って執務室まで届いた。
「見ろ、クロエ。お前が『無駄』だと切り捨てたエラーの正体を」
「……こんなもの、ただの一時的な熱狂です。明日を生き抜くためのカロリーにも、防壁の強度にもなりませんわ」
クロエはぷいっと顔を背けようとしたが、アレンはその手を離さなかった。
「なら、その目で直接確かめに行こう。俺たちの完璧なシステムが、どれほど無機質で冷たかったかをな」
* * *
星灯りの収穫祭でごった返す大通り。
アレンは、戸惑うクロエを連れて人混みの中を歩いていた。
「あっ、アレン領主様だ! 領主様が祭りを復活させてくれたぞーっ!」
「領主様、これ食べてくだせえ! 焼きたての串焼きです!」
「アレン様、ありがとう! わたし、この提灯ずっと直して待ってたの!」
すれ違う領民たちが、次々とアレンに声をかけ、笑いかけ、感謝の言葉と食べ物を押し付けてくる。
それは、クロエが着任してからの「完璧な街」で見せていた、畏怖と計算に基づく冷たい称賛ではなかった。純粋で、泥臭くて、あまりにも温かい『人間の熱』だった。
「……信じられません。これほど非効率な人口密集と、無計画な物資の浪費……。私のロジックでは、彼らがこんなにも喜ぶ理由が定義できませんわ」
クロエは混乱したように目を瞬かせ、ブツブツと計算式を呟いている。
そんな彼女の口元に、アレンは不意に『赤い球体』を突きつけた。
「んむっ!?」
「いいから、騙されたと思って食べてみろ」
それは、先ほどアレンが屋台で買ってきた、真っ赤な『林檎飴』だった。
クロエは抗議しようと口を開いたが、反射的にその甘い飴の表面をかじってしまった。
パリッ、と心地よい音を立てて飴が割れ、中から瑞々しい林檎の果汁と強烈な甘さが口いっぱいに広がる。
「……っ〜〜〜!」
クロエの肩がビクッと跳ねた。
「い、異常な糖度です……っ。摂取カロリーに対する栄養価が極めて低く、虫歯のリスクを考慮すれば、これは明確に健康を害する毒――」
「毒の味はどうだ?」
意地悪く笑うアレンに、クロエは少しだけ潤んだ目を向け、ほんのりと頬を桜色に染めた。
氷のように完璧だった彼女の仮面に、初めて『人間らしい感情』というヒビが入った瞬間だった。
「……不本意ですが。脳の疲労回復という一点においては、有用性を……認めざるを得ませんわ」
クロエは恥ずかしそうにそっぽを向きながら、もう一口、小さく林檎飴をかじった。
その横顔は、あの日このお祭りで「甘すぎますわー!」とはしゃいでいたリリアとは、似て非なるものだった。
だが、アレンの胸の奥で凍りついていた空洞に、たしかな温もりが流れ込んでくる。
(リリア。お前の遺したバグは、最高に甘くて……温かいよ)
夜空を彩る魔法陣の光を見上げながら、アレンは一年ぶりに、心からの安堵の息を吐き出した。
完璧なロジックを崩された冷たい妹と、人間らしさを取り戻した領主。二人の本当の意味での「街づくり」は、この温かなノイズに満ちた夜から、静かに始まろうとしていた。




