第24話:法と契約の鉄槌、あるいは断ち切れぬ悪縁
「ふんっ! 法律だの契約だの、そんな小難しい理屈が通ると思ってのかよ!」
ガルンは唾を飛ばしながら一歩踏み出し、執務室の高級なデスクを力任せに叩いた。
ミランもそれに同調するように、腕組みをして鼻を鳴らす。
「そうよ! 私たちが苦労して産んで育ててやった恩を、こんな冷たい言葉で踏みにじる気かい? 世間の人間に言いふらしてやるんだからね。『バルツァーの冷酷な領主様は、実の両親を追い払った親不孝者だ』ってな!」
――「世間の目」と「血縁という呪い」を盾にした、脅しと搾取の常とう手段。
かつての王国であれば、アレンもその悪質なノイズに足を取られていたかもしれない。だが、ここは王都から完全に独立した「特別自治区」だ。ルールを定めるのは、他でもないこの俺だった。
「言いふらしたいなら勝手にすればいい。だが、その前に確認しておこうか」
俺は椅子から立ち上がり、冷徹な目を両親に向けながら引き出しから一通の古い羊皮紙を取り出した。
それをカシャンと音を立てて机の上に放り投げる。
「な、なんだよそれ……」
「お前たちが数年前、俺を王都の水理局の平技官のポストに押し込む代わり、裏のブローカーを介して交わした『身売りおよび親子関係の法的破棄に関する誓約書』の原本だ」
ガルンの顔色が一瞬で青ざめた。
「こ、こんな古い紙切れが……!」
「古い紙切れじゃない。王都の法務院と水理局の公印が正式に押された、絶対的な法文書だ」
俺は淡々と、しかし容赦のないトーンで事実を突きつけた。
「この契約によって、俺はあなたたちの借金を全額肩代わりして完済した。その代償として、あなたたちは俺に対する親権、扶養義務の要求権、および将来的な財産請求権のすべてを永久に放棄している。つまり、法律上――あなたたちと俺は、赤の他人どころか、互いに一切の干渉が許されない完全な『絶縁関係』にある」
「ひっ……!」
ミランが息を呑み、一歩後ろへ下がった。
「そ、そんなの認めないよ! 血が繋がってるんだから、そんな紙切れ一枚で――」
「血の繋がり? よく言うな」
冷たい声で遮ったのは、リリアだった。
彼女はツカツカと机の前に歩み寄り、お気に入りの日傘の柄を地面に突き立てながら、怒気に満ちた瞳でその中年の男女を睨みつけた。
「あなたたちは、自分の息子の人生を借金のカタに売り飛ばしたくせに、いざ息子が自分の才覚で大成したら『親の顔』をしてしゃしゃり出てきた……。そんな醜くて卑劣な寄生虫を、世間では『親』とは呼びませんわ。『ただの詐欺師』ですのよ!」
「なっ、なんだとこの小娘……!」
「リリア様の言う通りですっ!」
続いて、エルナ室長が分厚い眼鏡をキリッと光らせながら、山のような解析資料を抱えて一歩前に出た。
その顔には、普段のポンコツなドジっ振りは微塵もなく、インフラ管理室長としての確かな威厳が宿っていた。
「法的な手続きも、この自治区の治安維持もすべて完璧にコード化されています! これ以上この村の平穏を乱し、不法侵入と恐喝を続けるというなら、我がインフラ防衛システムによって、あなたたちを文字通り『一歩も歩けない状態』で牢屋へ直行させますっ!」
「お、おいガルン……なんかこの村、ヤバいぞ……」
ミランがガタガタと震え始め、ガルンの袖を引っ張った。
圧倒的な論理と法、そしてアレンを心から支える仲間たちの強固な絆(良い縁)の前に、彼らのゲスな脅しは完全に無効化されていた。
「くっ……! 覚えてろ、恩知らずのバカ息子め……! こんな冷たい村、すぐに破滅してやるからな……っ!」
自分たちの要求が通らないと悟ったガルンは、捨て台詞を吐き捨てるのがやっとだった。
二人は恐怖に顔を歪めながら、転ぶように慌てて執務室から逃げ出していった。
バタンッ! と扉が荒々しく閉まり、静けさが戻った部屋で、俺は小さく息を吐いた。
「……すまないな、くだらないものを見せた」
俺が振り返ると、リリアもエルナも、そして扉の外で様子を伺っていたダガンも、心配そうな顔から優しい笑顔へと変えていた。
「なにを言ってますの、アレン様。あんな最低な両親なんて、私たちが法律とインフラで完全にブロックしてやりますわ!」
「そうですっ! アレン君には、私たちという最高の仲間(家族)がついてますからね!」
胸の奥で、長年引っかかっていた小さなノイズが、完全にクリアリングされていくのが分かった。
血縁という最悪のバグは、こうして完全に断ち切られた。
――だが、彼らをそそのかした「裏の黒幕(王都の影)」がこれで大人しく引き下がるはずがない。
バルツァー特別自治区を揺るがす、さらなる巨大な嵐が水面下で確実にうねりを上げていた。




