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第23話:最悪の来訪者、あるいは歪んだ血の呪縛

「アレン君、北側の地下鉄延伸ルートにおける地盤密度のシミュレーション、完了しました! 随所に最適化コードを差し込んでおいたので、魔力消費は前回の試算よりさらに八パーセント削減できます!」 「素晴らしいな、エルナ室長。これなら工期を予定より三日も短縮できる」


領主執務室。エルナが提出した真新しい解析データに目を通しながら、俺は満足げに頷いた。 隣ではリリアが、東部の商業ギルドから届いた膨大な税収の帳簿をチェックし、キリッとした表情で報告をまとめている。 元・王都の落ちこぼれ教師と、元・おバカ令嬢。だが今や彼女たちは、このバルツァー特別自治区のインフラと経済を回す最強の右腕だった。


「ふふっ、この調子なら今月の黒字幅は過去最高になりますわね! 王都の貴族たちがどんなに悔しがることか……!」 「油断するなよ、リリア。都市が大きくなれば、それだけ管理すべきパラメータも増える」


笑い合う三人の和やかな空気を切り裂くように、執務室の扉がドンドンと乱暴に叩かれた。 ノックすらしない、いや、しようとも思わない下品な叩き方。 直後、ガチャンと音を立てて扉が荒々しく押し開かれた。


「おい! どこだ、アレンの野郎は……っ!」 「ちょっと、勝手に入って来ないでちょうだい!」


ダガンの制止を振り切り、土足のまま部屋に踏み込んできたのは、無精髭を生やした男――ガルンと、安っぽい派手なドレスを纏った女――ミランの二人だった。 数日前まで王都の貧民街で借金取りに追われていたはずの彼らは、新しく整備された道を通ってきたおかげか、妙に威張り散らした態度で部屋の中を見回している。


「……何の用だ」


俺は冷めた視線を向け、ペンを置いた。 予測はしていたが、あまりにも早すぎるご到着だった。


「なんだとは何だ、アレン! 泥棒息子め、親の顔を見て真っ先にその態度はなんだよ!」 ミランが嫌らしいヒステリックな声を上げ、フンと鼻を鳴らした。 「お前がこの村の領主になって、大金持ちで大豪遊してやがるって噂を聞きつけてやってやったんだ。なのに何だこのボロい……いや、やけに豪華な執務室じゃねえか。俺たちを待たせるなんていい身分だな!」 「驚いたわよ! あんたが水理局の給料を差し出す契約書を置いて家を出てから、どれだけ私たちが苦労したと思っていのよ! 親のすねをかじり倒して育ったくせに、自分だけいい思いしやがって!」


ガルンとミランは、自分たちがかつて借金のカタとしてアレンをブローカーに売り飛ばしたことなど綺麗さっぱり忘れているかのように、全開の被害者面でまくし立てた。 自分たちは悪くない。すべては育ててやった(実際は搾取した)息子が悪いのだという、歪んだ選民・被害者意識がその言動の隅々にまで染み付いている。


「……あなたたちは」 ピクリ、とリリアの眉が動いた。 彼女は手元の帳簿をバタンと閉じ、冷ややかな怒気を孕んだ瞳でその中年の男女を睨み据えた。 「王都から届いた噂話を聞きつけ、親の顔をして財産を脅取りにきただけの『ただの寄生虫』ではありませんこと?」 「なんだこの小娘は! 親に向かって口の利き方がなってねえな! アレン、お前、こんな生意気な女をそばに置いていいご身分だな!」 ガルンが唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。


だが、その醜態を目の当たりにしたエルナは、分厚い眼鏡の奥の目を痛ましいものに向けるように細め、小声で呟いた。 「……あの人たちが、アレン君を昔、道具のように扱って……」


「お前たちの言う『親の権利』とやらがどこから来るのか知らないが、残念ながら法律上も契約上も、俺とあなたたちの間に血縁以外の繋がりは一切ない」 俺は椅子から立ち上がり、冷徹なトーンで言い放った。 「法的に縁を切るための代償として、かつてお前たちの借金はすべて俺が肩代わりして清算したはずだ。これ以上この村に居座るなら、『不法侵入および恐喝未遂』として排除する」


「はっ、何を法的なことばかりほざいてやがる!」 ガルンは顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。 「血の繋がりってやつはな、どんなに紙切れで破ろうが一生消えねえんだよ! 育ててやった恩を忘れやがって、この恩知らずが……! 親の顔が見たけりゃ、今すぐこの村の権利書と、全財産の半分をここに寄越しなっ!」


論理も、契約も、倫理観すらない。 あるのはただ、底なしの強欲と「自分たちは被害者だ」という歪んだエリート意識だけ。 王都の黒幕たちがどれだけ巧妙な罠を仕掛けてこようとも怖くはなかったが、この「最悪の生体エラー(クズ両親)」という不条理の塊を前に、執務室の空気は一瞬で険しい緊張感に包まれた――。

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