第22話:ポンコツ室長の合流、あるいは忍び寄る足音
「――失礼します! バルツァー特別自治区のインフラ管理室長に任命されました、エルナです! ええと、その……書類はどこに置けばいいでしょうかっ!?」
バタンッ! と盛大な音を立てて執務室の扉が開き、分厚い眼鏡をずり落とした小柄な女性が、山のような資料を抱えたまま見事に床へとダイブした。 バラバラと散らばる羊皮紙の束。それを慌てて拾おうとして、自分の足で自分の裾を踏み、再び「ひゃうっ」と可愛らしい悲鳴を上げてひっくり返る。
「……相変わらずだな、エルナ先生」
俺はため息を噛み殺しながら椅子から立ち上がり、散らばった資料を拾うのを手伝った。 王都の辺境資料室から、俺の送った招待状を見て本当に一週間で退職届を叩きつけてやってきたポンコツ元教師――エルナその人だった。 魔法の実技はからきしで、生徒の前ではいつも転んでばかりだった彼女だが、その頭脳と数式の解析能力は本物だ。
「あ、アレン君……! お久しぶりです! 王都を出るときは馬車が途中でパンクしたり、野宿のときに大雨に降られたり散々でしたけど、なんとか無事にたどり着きましたっ!」 「よく無事にここまで来られたな。感心するよ」 「で、でも! アレン君が手紙に書いてくれた『地下魔力網のトポロジー解析』の論文、あれを読んだとき、私……感動で夜も眠れなかったんです! 神への祈りなんて古いガラクタを捨てて、世界をロジカルな数式で再構築するなんて、こんなに美しい真理があるものかって!」
エルナは分厚い眼鏡を押し上げ、目をキラキラと輝かせながら熱っぽく語った。 王都では「異端のポンコツ教師」と嘲笑され、資料室へ左遷されていた彼女にとって、俺の築いたインフラ基盤は長年の夢がすべて詰まった理想郷そのものだったらしい。
「人手不足だったから助かるよ。今日からこの村のすべての魔力網ログと水道・交通データの解析は君の仕事だ。よろしく頼む、エルナ室長」 「は、はいっ! エルナ、この身を粉にして働きますっ!」
ビシッと敬礼しようとして、自分の肘を机にぶつけて悶絶するエルナ。 その微笑ましいドジっぷりに、執務室にいたリリアも思わずクスリと笑った。
「ふふっ、なんだか面白そうな方が仲間に入りましたわね。わたくし、主席補佐官のリリアですわ。よろしく頼みますわね、エルナ室長」 「わっ、リリア様! 王都のグランツ家のお嬢様がどうしてこんなところに……っ!?」 「細かい話は後よ。とにかく、この村をさらに巨大な都市にするために、あなたの頭脳が必要なの」
リリアが嬉しそうに微笑み、エルナの手を握りしめる。 かつて王都で「落ちこぼれ」や「厄介者」として居場所を失っていた者たちが、このバルツァーの地に集結し、それぞれの専門性(才能)を発揮して一つの巨大な組織を形作っていく。 ――これこそが、俺が望んだ「最高のチーム(良い縁)」だった。
* * *
エルナが加わったことで、バルツァー村のインフラ管理体制は爆発的に効率化した。 彼女は驚異的なスピードで基底ネットワークのログを読み解き、地下鉄網や広域水道の拡張計画に向けた正確な測量データムを次々と弾き出していく。その仕事ぶりは、先ほどまでのドジっ振りが嘘のように的確で鋭い。
「アレン君、北東部の山麓を切り開く地下トンネルの掘削ルートですが、このパラメータを使えば魔力消費量を十五パーセント削減できます!」 「合格だ。その数値でプロンプトを組み直してくれ」
執務室は活気に満ち溢れ、村は日々新しい都市へと変貌を遂げていく。 ――だが、その順風満帆な日常の裏で、着々と「最悪のノイズ」が村へと近づいていた。
村の入り口、新しく舗装された白く美しい高規格道路。 そこに一台の、ボロボロで油まみれの安馬車がガタガタと音を立ててやってきた。 御台の上で荒い息を吐き、下品な悪態をついているのは、無精髭を生やした男と、派手だが汚れたドレスを着た女――アレンの生みの親である、ガルンとミランの二人だった。
「げっ、なんだこの綺麗な道は……! 泥沼じゃなかったのかよ!」 「ふん、あの子が領主様になって大金持ちだからって、こんな見せかけだけの道を作りやがって!」
二人は馬車を降りると、物欲しそうな汚い目をぎらつかせながら、村の真ん中へと足を踏み入れた。 法律上はすでに縁を切っている。しかし、そんな法的論理や契約など、彼らの辞書には存在しない。 あるのは、「自分たちは親なのだから、息子が稼いだ莫大な財産はすべて自分たちの権利だ」という、底なしの強欲だけだった。
「さあ行くよミラン! 泣く子も黙る『親の恩』ってやつを、あの恩知らずの息子にたっぷりと思い知らせてやるのさ……っ!」
ゲスな笑みを浮かべ、バルツァーの平和な空気を切り裂くように、最悪の悪縁が執務室へと歩み寄っていく――。




