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第20話:特別自治区バルツァー、あるいは傲慢の代償

「遅い……。ドロウの奴、まだあの寒村を吹き飛ばせんのか」

王都・宮廷水理局の局長室。

バドリック卿は苛立ちを隠せない様子で、分厚い絨毯の敷かれた室内をウロウロと歩き回っていた。親指の爪を苛立たしげに噛みながら、壁掛けの時計を何度も睨みつける。

闇ギルドの凄腕工作員を放ってから、すでに数日が経過している。計画通りに行けば、今頃はバルツァーの地下インフラが爆発し、アレンが絶望の泥沼に這いつくばっている報せが届くはずなのだ。

「……まさか、あの魔力ゼロの小僧に遅れを取るなどあり得ん。何か不測の事態が――」

その時だった。

分厚いオーク材の執務室の扉が、ドゴォォンッ! という凄まじい轟音とともに物理的に蹴り破られた。

「な、何事だ貴様ら! ここを神聖な水理局長室だと――」

怒鳴りかけたバドリックの言葉は、踏み込んできた者たちの姿を見て喉の奥で凍りついた。

銀色の重装甲に身を包み、鋭い剣を構えた屈強な騎士たち。ただの近衛兵ではない。王族に仇なす大罪人を極秘裏に狩り立てる、王室直属の『異端審問騎士団』だった。

「宮廷水理局長、バドリック卿。国家反逆罪、大規模テロ教唆、および公的魔力兵器横領の容疑で拘束する。直ちに同行願おう」

騎士団長が、氷のように冷酷な声で宣告する。

「ば、馬鹿な! わしがテロだと!? 証拠はどこにある! 誰の陰謀だ!」

「証拠はここにある」

騎士団長が突きつけたのは、見覚えのあるグランツ家の紋章――主席監査官リリア・フォン・グランツの公印が押された、分厚い告発状だった。

「バルツァー村より、厳重な封印処置を施された闇の工作員が護送されてきた。彼が所持していた『魔力崩壊の黒水晶』の残留魔力紋(サイン)を照合した結果、貴殿の生体魔力波形と完全に一致したのだ。もはや、言い逃れはできんぞ」

「なっ……! 魔力紋だと……!? あの黒水晶の暗号位相解析など、王都のトップクラスの魔術師でも不可能なはずだぞ! なぜ、あんな辺境の村で……!」

絶望に顔を歪めるバドリックに対し、騎士団長は蔑むような視線を向けた。

「それは貴殿自身が一番よく知っているのではないか? かの地には、貴殿が左遷した『天才的なインフラ技術者』がいるそうだからな」

「ア、アレン……ッ!? あの魔力ゼロの落ちこぼれが、わしの術式を完全に打ち破ったというのか……!?」

ガシャンッ! と冷たく重い手錠が、バドリックの両手首に乱暴に嵌められる。

「離せ! わしは水理局長だぞ! あのお飾りの小娘と、落ちこぼれの小僧の言葉など信じるな! 離せぇぇっ!!」

王宮の廊下に、すべてを失った権力者の醜い絶叫が響き渡る。

だが、その声に耳を貸す者は、もはや一人としていなかった。

* * *

「――というわけで、バドリックの奴は無事に王都の地下牢へご案内されたそうだ」

数日後。

バルツァー村の集会所(兼・代官執務室)で、俺は王都から届いた急ぎの公文書を机に放り投げた。

「やりましたわーっ!!」

リリアが両手を突き上げて歓喜の声を上げ、隣で話を聞いていたダガンも「っしゃああっ!」と太い腕でガッツポーズを作った。

「ざまあみやがれってんだ! これで、俺たちの村を邪魔するクソッタレな役人は完全にいなくなったってことだな!」

「ああ。バドリックの逮捕に伴い、彼が過去に行っていた水理局の予算横領や、不当な人事(俺やエルナ先生の左遷も含む)もすべて芋づる式に明るみに出た。王都の連中は今頃、火消しと後処理でてんてこ舞いだろうさ」

俺は椅子に深く腰掛け、窓の外を眺めた。

新しく整備された高規格道路には、今日も東部諸国からの行商人の馬車が列をなしている。彼らが落とす通行税と交易の利益は、すでに王都の直轄地一つ分を優に超える莫大な税収を生み出していた。

「さらに、この公文書にはもう一つ重要な決定が記されている」

俺が指差した先を、リリアが身を乗り出して覗き込む。

「『バルツァー一帯の治水およびインフラ整備の驚異的な成果を鑑み、当地域を王都からの干渉を受けない《特別自治区》として正式に承認する。代官アレンを初代・自治領主に、リリア・フォン・グランツを特別補佐官に任命する』――」

読み上げ終えたリリアが、感極まったように口元を手で覆った。

「自治区……! これで本当に、この村は誰の顔色も伺わずに、私たちの好きなように発展させることができるんですのね……っ!」

「そういうことだ。神頼みで奇跡を待つ時代は終わった。ここから先は、論理(アルゴリズム)と土木で世界を設計する時代だ」

俺は立ち上がり、壁に貼られた巨大な白紙の地図を広げた。

そこにはすでに、俺の頭の中にある次なるインフラ計画の青写真が書き込まれている。

東部一帯を網の目のように結ぶ『広域輸送鉄道網』、大河をまたぐ『超大型吊り橋』、そして天候を完全に予測し制御する『気象観測タワー』。

「バドリックの件は、ただの準備運動にすぎない。資金も人材も、そして独立した権限も手に入れた。ここからが本当の『国造り』だ」

俺の言葉に、ダガンが獰猛な笑みを浮かべて拳を打ち合わせた。

「へっ、どこまでもついていくぜ、領主様! 俺たち職人の腕が鳴りっぱなしだ!」

リリアも、お気に入りの日傘を杖のように掲げて得意げに胸を張る。

「わたくしだって、王都の貴族なんかに戻りませんわ! このバルツァー特別自治区のナンバーツーとして、アレン様をビシバシこき使ってやりますのよ!」

活気に満ちた仲間たちの声を聞きながら、俺は不敵に笑い返した。

俺が書き換えたインフラという名の『ソースコード』は、こうして世界に確かな現実(レンダリング)として出力された。

かつて絶望の泥沼と呼ばれ、誰からも見捨てられていた寒村から始まった、落ちこぼれ技術者の反逆。

すべてを計算で支配し、世界をアップデートする俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。

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