第19話:ポンコツ先生とダメ両親、あるいは落ちこぼれの真実
「どうして王都では『魔力ゼロの落ちこぼれ』なんて呼ばれて、あんな薄給の水理局でこき使われていたんですの?」
リリアの純粋な問いかけに、俺は手元の羊皮紙にペンを走らせたまま、ふっと息を吐いた。
王都の魔法学校時代。思い返せば、酷いレッテルを貼られた学生生活だった。
「単純な話だ。王都の『魔力測定器』が、致命的なポンコツ仕様だったからだよ」
「ポンコツ、ですの?」
「ああ。あの測定器は、神への祈りや感情の爆発といった『無秩序な魔力放出量』しか計測できないガラクタだ。対して俺の魔法は、極限まで無駄を削ぎ落とした論理演算のコードだ。熱量を測るただの温度計に、星の運行を計算するような緻密な術式を流し込んだって、計器が処理しきれずに『ゼロ』としか表示されないだろ?」
俺が肩をすくめると、リリアは「ああっ……!」と納得したように手を叩いた。
この世界の魔術師たちは、効率度外視で魔力を垂れ流すことしか知らない。緻密な演算とパラメータ設定で魔法を構築する俺のやり方は、彼らの旧式システムでは検知すらできなかったのだ。
「でも、それならそうと説明すればよかったじゃありませんか! アレン様の実力を実技で見せつければ――」
「見せようとはしたさ。だが、周囲は『神を冒涜する異端の術式だ』と聞く耳を持たなかった。……ただ一人を除いてな」
俺の脳裏に、分厚い眼鏡をかけた、いつも書類をひっくり返しては慌てふためいていた小柄な新米教師の姿が浮かんだ。
「エルナ先生という、座学担当のポンコツな新米女教師がいてね。魔法の実技はからきしで、生徒の前でよく転ぶようなドジな人だったが……彼女だけは、俺がノートに書き殴っていた土木演算の数式を見て、『これは神の奇跡よりも美しい、新しい真理の言葉かもしれない』と気づいてくれたんだ」
「その先生が、アレン様の味方に……?」
「ああ。彼女は俺を退学の危機から救うため、夜を徹して俺の数式の論文をまとめ、学院長に直談判してくれた。……だが、結果は惨敗だ。元々評価の低かったポンコツ教師の戯言だと一蹴され、エルナ先生は辺境の資料室へ左遷された。彼女の熱意はすべて空回りし、俺の『落ちこぼれ』のレッテルは完全に固定された」
リリアは胸元をギュッと握りしめ、悲しそうに目を伏せた。
「そんな……アレン様を信じた唯一の人が、報われないなんて……」
「気にするな。彼女の左遷先は、俺がいずれこの村に呼び寄せる手はずになっているからな。あの人の解析能力は、バルツァーのインフラ管理室長にぴったりだ」
俺がニヤリと笑うと、リリアはポカンと口を開けた。
助けられなかったのではない。俺は自分の能力をどう活用し、どのタイミングで世界をひっくり返すのが最適か、最初からすべて理解(計算)していただけだ。
「だが、まだ謎が残りますわ。退学を免れたとはいえ、なぜ宮廷水理局の下働きなんかに? アレン様の頭脳があれば、民間でいくらでも成功できたはずですのに」
「それは……俺の今世の両親が、絵に描いたような人間のクズだったからだよ」
俺が吐き捨てるように言うと、リリアはビクッと肩を揺らした。
「酒とギャンブルに溺れ、借金取りに追われる毎日。あいつらは、落ちこぼれだろうが何だろうが、俺が『王都の役人』という肩書きさえ手に入れれば、そこから給料をかすめ取れると考えた。だから裏のブローカーを使って、一番不人気の『水理局の平技官』のポストに借金のカタとして俺を無理やり押し込んだんだ」
「ひどい……っ! 自分の子供を、借金の返済マシーンにするために……っ!」
リリアの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。彼女はバドリックの脅迫状で親や家との板挟みを味わったばかりだ。親に搾取され、未来を奪われた(ように見える)俺の境遇が、痛いほど共感できたのだろう。
「泣く必要はない、リリア。俺は無理やり押し込まれたんじゃない。――自ら進んで、押し込まれてやったんだからな」
「……え?」
「親の借金を肩代わりし、水理局の給料を全額差し出す契約書にサインすることで、俺は法的にあいつらとの『親子の縁』を完全に切った。戸籍上、俺はもうあいつらの息子じゃない。……それに、俺が本当に欲しかったのは、金や名誉なんかじゃないんだ」
俺は立ち上がり、壁に貼られた東部一帯の巨大な地形図を指差した。
「水理局の地下書庫には、王国全土の地質、水脈、過去数百年分の災害データが眠っている。俺は下働きをしながら、そのすべてのデータを頭の中の基底ネットワークに完全に『写し取って(記憶して)』いたのさ。俺の描く巨大なインフラ計画を実行するには、王都のようなしがらみだらけの土地じゃダメだ。資源が豊富で、貴族の目が行き届かず、かつ物流の要衝になり得る『辺境の未開拓地』が喉から手が出るほど欲しかった」
俺は振り返り、呆然とするリリアに向かって不敵に笑いかけた。
「バドリックは俺を罰したつもりで、このバルツァー氾濫原に左遷した。だが俺からすれば、待ちに待った『最高の実験場』へのチケットを貰ったようなものだったんだよ」
すべては計算通り。
落ちこぼれのレッテルも、親の借金も、左遷の辞令も。俺は自分が持つ「確率演算と土木チート」を最も爆発的に活かせる舞台へたどり着くため、すべての不遇を逆手に取って利用していただけだ。
「アレン様は……本当に、恐ろしいお方ですわね……」
リリアは涙を拭い、身震いするように自らの腕を抱きしめた。だが、その瞳に宿っているのは恐怖ではなく、底知れない器の大きさを持つ技術者への、絶対的な信頼と熱狂だった。
「これなら……バドリック様だろうと王都の貴族だろうと、あなたには絶対に勝てませんわ。さあ、仕上げましょう。この村の未来を!」
リリアは勢いよくペンを執り、羊皮紙に向かって猛然と文字を書き連ね始めた。
彼女が起草しているのは、バドリックの数々の不正行為(暗殺者の派遣、公的魔力兵器の横流し)の決定的な告発状。
そして、バルツァー村を王都の管轄から切り離し、莫大な富を独自に管理する『バルツァー特別自治区』の設立宣言書である。
ポンコツと呼ばれた教師の無念も、落ちこぼれのレッテルも、泥にまみれた過去も、すべてはこの瞬間のための布石だった。
俺とリリアは、王都の喉元に突きつける反逆の刃に、迷いなく最後の署名をした。




