第18話:尋問と証拠、あるいは商人の熱狂
「ひっ……! 許してくれ、俺はただ雇われただけなんだ……ッ!」
深夜の地下水路。魔力発光石の青白い光に照らされた空間で、闇の工作員ドロウは情けない悲鳴を上げていた。
彼の全身は、パイプラインの壁面から突き出した高密度弾性ポリマー(ゴム質)の拘束アームによって、蓑虫のように天井から吊るし上げられている。魔力は完全にシステムに吸い尽くされ、指先一つ動かすことはできない。
俺は腕を組み、冷徹な視線でその男を見上げていた。隣ではリリアが、ふんす!と鼻息を荒くして日傘の先端をドロウの鼻先に突きつけている。
「雇われただけ、ですって? この村の美しい水道と光を破壊しようとした罪は重いですわよ! さあ、誰の差し金か吐きなさいな!」
「い、言わなくても分かってるだろ!? お前らも知ってるはずだ、水理局長のバドリック卿だよ! あの人が『村の心臓部を内部から爆発させて、アレンを這いつくばらせろ』って……!」
「口頭の命令だけじゃないはずだ。王都の闇ギルドが、口約束だけで宮廷の役人からこんなハイリスクな仕事を受けるわけがないからな」
俺が淡々と指摘すると、ドロウはビクッと体を震わせた。
「お前がさっきインフラに押し込もうとして無効化された『魔力崩壊の黒水晶』……あんな一級品の呪詛兵器、裏市でもそう簡単には手に入らない。間違いなく水理局の横流し品だ。しかも、あれを起動させるための魔力認証プロトコルには、持ち主の『魔力紋』が刻まれているはずだ」
俺は思考のコンソールを開き、システムに吸収した黒水晶の残留データを解析した。
空間にホログラムのように浮かび上がったのは、見覚えのある歪んだ魔力波形――間違いなく、バドリック卿個人の生体魔力紋だった。
「……ビンゴだ。国家のインフラ施設を、私怨で、しかも公的な魔力兵器を横流しして破壊しようとした。これはもう単なる嫌がらせじゃない。『国家反逆罪および大規模な破壊工作の教唆』だ」
「そ、そんな証拠まで抜き取れるのかよ……!? お前、本当にただの落ちこぼれ技官なのか……っ!?」
ドロウが信じられないものを見るような目で俺を凝視する。
だが、リリアは勝ち誇ったようにフフンと胸を張った。
「落ちこぼれですって? アレン様は、この世界の誰よりも偉大で正確なインフラ技術者ですのよ! これでバドリック様の悪事も完全にチェックメイトですわね!」
リリアの言う通りだ。
王都から送られてきた主席監査官である彼女の証言と、この決定的な魔力紋の証拠があれば、バドリックを法的に完全に社会の底へ叩き落とすことができる。
俺はドロウを拘束したまま、ダガンに見張りを任せて地下水路を後にした。
反撃の準備は、完璧に整った。
* * *
翌朝。
バルツァー村の入り口は、かつてないほどの異様な熱気に包まれていた。
「おいおい、本当にあの『呪われたバルツァー泥街道』が、こんな真っ白な石の道になってるぞ!」
「揺れない! 荷馬車が全く揺れない! これなら東部のガラス細工も割れずに運べるぞ!」
ドドドド……!と、地鳴りのような蹄の音を立ててやってきたのは、東部諸国から王都へ向かう行商人たちの巨大なキャラバンだった。
その先頭で馬車を引いていたのは、数日前にこの道を恐る恐る通っていった、あの長靴の商人だ。
「ダガンさん、アレン代官様! 約束通り、東部の仲間を連れてきたぞ! いやぁ、俺が『王都までの日数が三分の一になる魔法の道ができた』って触れ回ったら、みんな半信半疑でついてきたんだが……腰を抜かしてやがる!」
「へへっ、よく来たな! だが驚くのは道だけじゃねえぞ!」
ダガンがニヤリと笑い、村の奥へと商人たちを案内する。
そこには、かつての荒涼とした泥沼の面影はどこにもなかった。
見渡す限り黄金色に輝き始めた広大な麦畑。遊水池から回収した『黄金の土(極上腐葉土)』によって、通常の三倍の速度と大きさで実った異常なほどの豊作である。
さらに、村の中央には透明な水が豊富に湧き出す美しい貯水槽があり、夜になれば街道を魔力発光石が明るく照らす。
「な、なんだこの麦の束は……! 一粒一粒が王都の貴族向け特上品クラスじゃないか!」
「おい、この土も売ってくれ! 俺の故郷の痩せた畑に混ぜれば、いくらでも作物が育つぞ!」
「この村に中継の倉庫を建てさせてくれないか!? 土地代ならいくらでも払う!」
商人たちの目が、完全に『金脈』を見つけた猛禽類のものになっていた。
物流の要衝とは、単に道が通り過ぎるだけの場所ではない。人、モノ、金が集積し、新たな経済圏を生み出す心臓部だ。
俺が構築した高規格道路、治水システム、そして農業パイプラインのシナジー効果は、わずか数週間でこの寒村に莫大な富の奔流を引き起こしていた。
「……すごい、ですわ」
集会所の窓からその光景を見下ろしながら、リリアが感嘆のため息を漏らした。
「王都の貧民街よりも寂れていたこの村に、今や金貨が雨のように降り注いでいますわ。王都の貴族たちが一生かかっても生み出せないほどの富が、たった一人の技術の力で……」
「これがインフラの力だよ」
俺は窓辺に寄りかかり、眼下の熱狂を静かに見つめた。
魔法で服の泥を落とすような小手先の奇跡では、人は救えないし腹も膨れない。世界そのものの土台を書き換えるからこそ、人は勝手に集まり、勝手に豊かになっていくのだ。
「さて、リリア。資金(経済力)は十分に集まった。バドリックを追い落とす証拠(法的根拠)も手に入れた。……そろそろ、王都の連中と完全に縁を切るタイミングだ」
「縁を切る……? それはつまり」
「このバルツァー村を、王都の管轄から完全に切り離す。独立した『特別自治区』として国家に認めさせるんだ」
俺の言葉に、リリアは一瞬目を丸くしたが、すぐにその大きな瞳にゾクゾクするような好戦的な光を宿した。
「……最高ですわ。バドリック様が読んだら、泡を吹いて気絶するような独立宣言書と告発状、この主席監査官であるわたくしが、完璧な法務知識で書き上げて差し上げますのよ!」
お気に入りの日傘をクルクルと回し、リリアは悪戯っぽく笑った。
机の上には、真新しい羊皮紙とインクが用意されている。
だが、ペンを執ろうとしたリリアが、ふと不思議そうな顔をして俺を見た。
「そういえば……ずっと疑問でしたの。アレン様はこれほど神がかった能力と頭脳をお持ちなのに、どうして王都では『魔力ゼロの落ちこぼれ』なんて呼ばれて、あんな薄給の水理局でこき使われていたんですの?」
その純粋な問いに、俺は少しだけ目を伏せた。
それは、今世での俺の――『アレン』という青年の、泥にまみれた厄介な過去の話だった。




