第17話:インフラの牙、あるいは侵入者の末路
「――侵入者アラート(異常検知)、か。せいぜい歓迎してやるとしよう」
バルツァー村の代官執務室。
深夜の静寂の中、俺は机の上に広げた魔力モニターのリアルタイム波形データを見つめながら、冷たく口角を上げた。
地下パイプラインや魔力網を敷設した際、俺はただのライフラインとしてではなく、「村の全域をカバーする自律防御型セキュリティ・システム」として設計・構築してあった。不審者が不正な魔力や悪意を持ってインフラに触れた瞬間、その位置を特定し、自動で物理的・魔力的に無力化する仕組みだ。
[System Alert: Unauthorized Access Detected in Sector_North_Pipe]
[Intruder Profile: Unregistered biological signature & malicious mana detected]
[Action: Automatic Containment Protocol Requesting...]
「アレン様、こんな夜更けに何かありましたの?」
寝間着の上にショールを羽織り、目をこすりながらリリアが執務室に顔を出した。
すっかり村の住民としての自覚が芽生えた彼女は、村の異変には誰よりも敏感になっていた。あの泥だらけで泣きじゃくっていたおバカ令嬢の面影は、もはや微塵もない。
「ああ。王都のバドリックが送り込んだネズミが、北の地下水路に勝手に這いずり込んできた。……どうやら、俺たちがピカピカに整備したインフラをご丁寧に爆破して回るつもりらしい」
「なっ……!? 爆破ですって……!? そんなことをされたら、やっと手に入れた村の安全な水と光が――!」
「心配するな。俺の設計したシステムを舐めてもらっては困る。――これから、その愚か者に『インフラの現実』をたっぷり教育してやる」
俺は頭の中のコンソールに意識を深く沈め、新たな迎撃プロンプトの構築を開始した。
相手は闇の工作員だ。生半可な魔法の警告や物理的な威嚇など意味がない。必要なのは、二度と牙を剥く気すら起きなくなるほどの「完全なシステム制圧」だ。
(思考プロセス開始。敵の侵入経路と破壊工作のシミュレーション)
(相手が持ち込んだのは、高濃度の魔力崩壊を引き起こす呪詛系のアーティファクトか。物理的な爆発ではなく、魔力回路そのものをショートさせる気だな。ならば、爆破される前に相手の魔力位相を完全にハックして逆に吸い尽くす)
PROMPT: "Sector_North_Pipeの対象侵入者に対し、局所的高周波パルスおよび物理拘束フィールドを展開せよ。"
SUB-PROMPT 1: "侵入者の持つ魔力晶石の位相を逆転させ、無力化および全エネルギーをネットワークの予備バッテリーへ吸収。"
SUB-PROMPT 2: "パイプラインの壁面から高密度弾性ポリマー(ゴム質)の拘束アームを射出。対象の四肢および魔力回路を完全にロック。"
CONSTRAINT: "パイプライン構造体への構造ダメージを絶対的ゼロ(許容誤差±0.0mm)に抑えること。対象を殺害せず、尋問用に生け捕りにせよ。"
俺の脳内で組み上げられた複雑な制約条件に対し、基底ネットワークのAIが恐るべき速度で演算を回し、最適解を弾き出す。
[Simulating Defense Network...]
[Success Probability: 99.8%]
[Status: Optimized. Ready to Execute.]
成功率は九十九パーセント強。抜かる隙は一ミリもない。
俺は静かに、思考のエンターキーを叩き込んだ。
[Executing Countermeasure...]
その直後、地下水路の深部で絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああああっ……!? な、なんだこれは……ッ! 俺の……俺の魔力が吸い取られやがる……っ! 黒水晶のエネルギーが、壁の中に溶けていく……っ!?」
工作員ドロウは絶望の叫びを上げた。
彼が切り札として懐に隠していた「魔力崩壊の黒水晶」は、発動する間もなく青白い光に包まれ、ただの石ころへと変わってしまった。さらに、周囲のセラミックの壁面が突如として波打ち、そこから無数の黒いゴム質のアームが蛇のように飛び出してきた。
「ひぃっ!? 離せ、離せぇっ! 壁から手が生えて――動け……動けないぞぉっ!!」
ドロウは全身をガッチリと拘束され、硬質な床に文字通り叩きつけられた。自分の魔力も、隠し持っていた破壊兵器も、すべて地下水路のシステムに「不正トラフィック」として処理され、綺麗に無効化されてしまったのだ。
暗闇の中で蓑虫のように吊るし上げられ、彼はただガタガタと震えることしかできなかった。
[Target Suppressed Successfully. 0 Errors Found.]
「……よし、綺麗に捕獲完了だ」
俺はコンソールのモニター表示を閉じ、椅子から立ち上がった。
暴れ川をいなし、道路で敵を滑らせ、地下水路で不法侵入者を自動捕縛する。
俺たちが作っているのは、単なる村の施設ではない。王都の権力者が束になってかかっても指一本触れられない、鉄壁の防衛インフラ要塞そのものだった。
「リリア、ダガンを起こして地下水路の北セクターへ行くぞ。王都の『お客様』に、この村のゴミ拾いを手伝ってもらわなきゃならんからな」
「ふふっ……! 王都の連中に、この村のインフラの恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやりますわ!」
リリアは得意げに胸を張り、お気に入りの日傘を肩に担ぐようにして、俺の後ろを嬉々としてついてきた。
王都からの卑劣な刺客は、俺の築いた巨大な計算基盤の網のなかで、文字通り「虫けらのように」一網打尽にされたのだった。




