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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件02「宛先が二人いる」

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第7話 もう一人

翌日も、立花トキは起きていた。


 「先生は二日と言うたそうですね」


 トキはそう言って、少し愉快そうな顔をした。


 「三日目です、今日は」


 「そうですね」


 「医者いうのは、当てにならんもんです」


 透は丸椅子に座って、水差しの水を替えた。頼まれたわけではない。手が空いていると、こういうことをしてしまう。


 「立花さん」


 「はい」


 「あの子、というのは」


 「言いません」


 早かった。


 「言うたら、あんた、先に会いに行くでしょう」


 「行きません」


 「行きます。あんたのお爺さんも行った」


 透は水差しを置いた。


 「祖父が、ですか」


 「二十二年前です。うちの人が死んだとき」


 トキは窓のほうを向いた。診療所の裏の畑に、誰かが水をやっている。


 「うちの人の言葉を、わたしが受け取りました。あのときお爺さんは、宛先がわたしやと先に知っとった。知っとって、うちに何度も足を運びました。世間話をしに来る顔をして」


 「……なんのためにですか」


 「受け取れる形にしとくためやと思います」


 トキの指が、掛け布団の端をなぞった。


 「言葉いうのは、届いたら終わりやない。届いたあとに、受け取った者が持って生きるんです。お爺さんはそれを知っとった。やさしい人でした」


 「じゃあ、先に知っていたほうがいいんじゃないですか」


 「わたしは、いやなんです」


 トキははっきり言った。


 「準備をされたくない。ふいに来てほしいんです。うちの人のときみたいに、構える時間があると、こっちが言葉を選んでしまうから」


           ※


 廊下に出ると、千鶴が待合の椅子で貧乏ゆすりをしていた。


 「あの、透さん」


 小声だった。


 「さっき、女の人が来ました。六〇一に入っていって、五分くらいで出てきて」


 「家族?」


 「たぶん違います。受付で名前書くとき、続柄のところで手が止まってたので」


 千鶴は自分のスマホを見た。何かを検索していたらしい。


 「園田さんって人でした。園田佐知子(そのだ さちこ)さん。町の南のほうで美容室やってる人です」


 「なんで名前まで見えたんだ」


 「あたし、受付の前で靴紐結んでました」


 「結び直してたな」


 「三回結びました」


 「褒めてないぞ」


           ※


 その日の夕方、透は町の南へ軽トラを走らせた。


 美容室「そのだ」は、旧道沿いの小さな店だった。ガラス戸に色褪せたポスターが貼ってある。カットの料金が二千八百円と書いてあった。


 透は車を降りて、しばらく立っていた。


 入って何を訊くのか。訊けば手札を晒す。だが訊かなければ何もわからない。祖父の掟は、いつもこの手前で透を立ち止まらせる。


 結局、髪を切ることにした。


 「あら、榊さんとこの」


 園田佐知子は五十代半ばだった。落ち着いた声の人で、鏡越しに透を見た。


 「便利屋さんが、どういう風の吹き回し?」


 「伸びたので」


 「ずいぶん伸びてるわね。半年は切ってないでしょう」


 「たぶん」


 「たぶんじゃないの」


 佐知子は笑って、鋏を入れ始めた。


 世間話が続いた。天気、商店街のシャッター、去年の台風。佐知子はよく喋る人ではなかったが、間の取り方がうまかった。


 三十分ほど経ったころ、佐知子のほうから言った。


 「立花さんとこ、大変みたいね」


 透は鏡の中の佐知子を見た。


 「お見舞いに行かれてるって聞きました」


 「誰から?」


 「うちのバイトが、診療所で見たと」


 佐知子の鋏が、一度だけ止まった。


 「昔、お世話になったのよ」


 それだけだった。どういうお世話なのかも、いつのことなのかも言わなかった。


 透も訊かなかった。


           ※


 便利堂に戻ると、千鶴の祖父が来ていた。


 乾物屋の藤木さんは八十二歳で、月に一度、店の在庫を軽トラで運ぶのを透に頼んでいる。千鶴が入れた麦茶を飲みながら、事務所の上がり框に座っていた。


 「園田の佐知子さんな」


 千鶴が先に話していたらしい。この子の口の軽さは、たまに役に立つ。


 「あの人、立花さんとこにおったんや」


 「おった、というのは」


 「住んどったんよ。子どものころ」


 藤木さんは湯呑みを両手で包んだ。


 「昔はな、そういうんがあったんや。親が食えんようになったり、死んだりしたら、余裕のある家が子を預かる。学校まで行かせて、そのまま働きに出す」


 「養女ですか」


 「戸籍は入れとらんはずや。入れる家もあったけど、立花さんとこは入れんかった。あそこは町議の家やったから、いろいろあったんやろ」


 透は事務所の畳を見ていた。


 預かる。


 この町では、その言葉が別の意味でも使われていたということだ。


 「佐知子さんは、何歳から何歳まで」


 「小学校の途中から、高校出るまでやったかな。十年はおったで」


           ※


 夜、梶が来た。


 いつもどおり戸を叩かず入ってきて、いつもどおり透の家の湯呑みを持っている。


 「あんた、髪切ったんか」


 「切りました」


 「園田で切ったやろ」


 「なんでわかるんですか」


 「その切り方はあそこや」


 梶は透の後頭部のあたりを指した。


 「で、宛先は二人か」


 透は黙った。


 「次男さんと、佐知子さんですね。トキさんが『あの子』と呼ぶなら、どっちでもおかしくない」


 「そうか」


 梶は麦茶をひと口飲んで、湯呑みを畳に置いた。音がした。


 「あんた、誤配のことは知っとるな」


 「宛先の前でしか出ないのに、間違えようがあるんですか」


 「あるんや」


 梶は湯呑みを持ち上げて、また置いた。


 「宛先やのうても、近い人間の前に立つと、喉が動くことがあるやろ」


 透はうなずいた。祖父が「手が届く」と呼んでいたやつだ。


 「あれがな、たまに漏れる。全部は出んけど、切れ端が出てまう。息の一つ分くらいの、意味にならん切れ端が」


 「それが」


 「漏れたぶんは、その人に居着く。届いたわけやないから、あんたの中の言葉も減らん。期限だけは進む」


 梶の声が低くなった。


 「居着かれた人はな、一生、意味のわからん切れ端を頭ん中で繰り返すことになる。誰の言葉かもわからんまま」


 梶の指が、湯呑みの縁をなぞった。


 「わしはな、それを一遍見た。爺さんやない。よその土地の話や」


 「どうなったんですか」


 「知らんほうがええ」


 千鶴が麦茶のグラスを持ったまま、動かなくなっていた。


 「梶さん、それ、脅かしてます?」


 千鶴の声が少し尖っていた。


 「脅かしとる」


 梶は千鶴を見た。


 「脅かしとかんと、こいつは平気で当てずっぽうで届けよるからな」


 「しません」


 「しよる。爺さんもそうやった」


           ※


 梶が帰ったあと、透は控え帳を開いた。


 二十二年前の一行を、もう一度見た。


  立花トキ → 立花源三


 祖父はこのとき、宛先を先に知っていた。知っていて、何度もトキの家に通った。世間話をしに来る顔をして。


 受け取れる形にしておくために。


 透は自分の膝を見た。同じことが、自分にできる気がしない。誰が宛先かもわからないまま、二人の候補の顔だけが頭にある。


 トキは、ふいに来てほしいと言った。


 だが届ける相手は、ふいに来られる側だ。


 電話が鳴った。診療所からだった。


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