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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件09 「言葉の還る場所」

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第48話 トヨちゃん


 宮下ハル本人からの電話は来なかった。


 連絡してきたのは、娘だった。


 昼を少し回ったころ、透は商店街の衣料品店で祭り提灯の配線を直していた。脚立を下りたところで携帯が鳴る。


 知らない番号だった。


 「はい、榊です」


 『宮下と申します。母のことで』


 透は工具箱へ伸ばした手を止めた。


 ハルは数日前から食事が取れなくなり、前日に入院したという。朝までは話せていたが、昼前から呼吸が弱くなった。


 その前に娘へ、榊便利堂へ電話してほしいと頼んだらしい。


 『約束してあるから、と言ってます』


 透は工具を片づけた。


 「今から行きます」


           ※


 ハルは窓際のベッドにいた。


 便利堂まで一人で歩いてきたときより、布団の中の身体が小さく見える。


 娘が耳元へ顔を寄せた。


 「お母さん。榊さん来てくれたよ」


 しばらくして瞼が開いた。


 透を見ると、ハルの口元がわずかに動いた。


 「……来たね」


 「来ました」


 声は細かったが、意識はある。


 透がベッド脇の椅子へ座ると、ハルは娘を見た。


 娘は何も訊かなかった。


 「外にいるね」


 ハルが「ごめんね」と言う。


 娘は布団の端を直してから病室を出た。


           ※


 戸が閉まるのを待って、透はハルへ向き直った。


 「届け先、聞いていいですか」


 ハルは一度目を閉じた。


 呼吸を整えてから、小さく答える。


 「トヨちゃん」


 初めて聞く名前だった。


 「名字は?」


 ハルは首を横へ動かした。


 「いらん」


 「それだと探すの大変ですよ」


 「榊さんなら……探すやろ」


 「探しますけど」


 ハルの口元が少し上がる。


 便利堂へ来た日と同じ顔だった。


 「この町の人ですか」


 「そう」


 「今も?」


 返事はなかった。


 透は質問を止めた。


 「言葉を預かります」


 ハルが窓のほうを見る。


 夏の日がカーテン越しに差していた。


 遠くで太鼓が鳴っている。


 ハルは少し時間をかけて息を吸った。


 「トヨちゃん。あれは……うちが持っていったんよ」


 最後まで声が出ると、透の胸の内側へ重みが入った。


 意味はわからない。


 何を指す「あれ」なのかも知らない。


 透はそのまま受け取った。


 「預かりました」


 ハルが小さく頷く。


 「七日以内に届けます」


 目を閉じたハルの唇が、もう一度動いた。


 透が少し近づく。


 「何です?」


 「よかった」


 今度の言葉は、透の中には入ってこなかった。


           ※


 娘を呼び、透は病室を出た。


 廊下を歩いているあいだも、ハルから預かった一言は胸の奥に残っていた。


 便利堂へ戻ると、受け取った日と宮下ハルの名を控え、宛先には「トヨ」とだけ記した。


 千鶴が向かいから見る。


 「名字は?」


 「聞いたけど言わなかった」


 「住所は?」


 「知らない」


 「この町にはいるんですか」


 「ハルさんはそう言ってた」


 千鶴は机の紙を見た。


 「ノブさんなら知ってません?」


 「俺もそう思った」


 透は浦上家へ電話をかけた。


           ※


 ノブはトヨという名前を聞くと、すぐには返事をしなかった。


 『どこで聞いた』


 「ハルさんからです」


 『……そうか』


 「知ってます?」


 また少し間が空く。


 『名前だけな』


 「名字は?」


 『知らん』


 「どんな人です?」


 『そこまでは聞いとらんよ』


 透は受話器を持ち直した。


 「何を知ってるんです?」


 『ハルが昔、ときどき言うとったんや』


 「何て?」


 『トヨちゃんに返さんといかん、って』


 透は何も言わなかった。


 「何を返すのかは?」


 『訊いても、まだええって言うてな。結局聞かんかった』


 ハルらしい返事だった。


 それ以上、ノブからわかることはなかった。


           ※


 翌朝、宮下家から電話が入った。


 ハルは明け方に亡くなったという。


 透は娘へ短く礼を言って電話を切った。


 机には、前日に書いた控えがある。


 トヨという名前だけでは、まだ届け先へ辿り着けない。


 透は楓へ連絡した。


           ※


 午後、二人は図書館で古い住宅地図と町の公開資料を広げた。


 楓にはハルから預かった内容は話していない。


 「探すのはトヨという人。昔から町にいたらしい」


 「名字はなし?」


 「なし」


 「かなり広いですね」


 「だから困ってる」


 楓は古い電話帳の索引を確認した。


 透も別の冊子をめくる。


 読みがトヨになる名前をいくつか当たったが、ハルと結びつく人物は見つからなかった。


 「宮下さんの昔の知り合いから聞くほうが早いかもしれませんね」


 「ノブさんは名前しか知らなかった」


 「ほかの人は?」


 「これから」


 楓が住宅地図を閉じかけ、ふと手を止めた。


 「宮下」


 透が顔を上げる。


 楓は十五年前の古い地図を開き直した。


 「四世帯の中にありましたよね」


 義信が名簿から外した四世帯。


 その名前は、透も控えてある。


 確認すると、そのうち一軒の世帯主が宮下姓だった。


 透は地図を引き寄せた。


 「場所は?」


 楓が頁を追う。


 指が止まった。


 「二十七番です」


           ※


 数日前、黒瀬と草を刈った空き地だった。


 家はなく、柿の木だけが残っている。


 透と楓は夕方、もう一度二十七番へ向かった。


 南京錠の掛かった門の外で、楓が古い住宅地図を開く。


 十五年前には確かに家が描かれている。


 その横にある名字は、宮下だった。


 「トヨさんがこの家にいたとは、まだ言えませんね」


 楓が言う。


 「ああ」


 世帯主は別の名前だ。


 家族まで載った資料ではない。


 同じ姓というだけで決めることはできなかった。


 透は金網越しに空き地を見た。


 ハルの言葉は動かない。


 ここが昔の家だったとしても、今そこにトヨ本人はいない。


 透は地図へ目を戻した。


 十五年前の二十七番には、宮下と記されていた。


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