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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件09 「言葉の還る場所」

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第49話 宮下トヨ


 ハルから言葉を預かって三日目の朝、透は便利堂の机に古い住宅地図を広げていた。


 十五年前の港東二十七番には、宮下という名字がある。


 ハルが最後に呼んだ相手は、トヨ。


 二つが同じ家を指している保証はない。それでも、町の名簿や電話帳を探しても見つからなかった名前が、消された四世帯の一軒と同じ姓を持っていた。


 透は地図を閉じ、黒瀬へ電話をかけた。


 「港東二十七番のことで、もう一つ訊きたいことがあります」


 『何でしょう』


 「トヨという人を知ってますか」


 電話の向こうから、すぐには返事がなかった。


 透は待った。


 『宮下トヨさんですか』


 初めて、名字がついた。


           ※


 黒瀬とは二十七番で会うことになった。


 昼を過ぎた空き地には、前に刈った草の跡がまだ残っている。柿の木には青い実が増えていた。


 黒瀬が門の南京錠を開ける。


 「入りますか」


 「今日はここでいいです」


 透は金網の前に立った。


 「宮下トヨさん、この家の人だったんですね」


 「ええ」


 黒瀬は鍵を持ったまま答えた。


 「世帯主として記録されていたのは、ご主人です。トヨさんは奥さんでした」


 透は十五年前の住宅地図を思い浮かべた。


 家族の名前までは載っていない。


 だから今まで見つからなかった。


 「ハルさんとは?」


 「知り合いでしたよ」


 「どんな?」


 黒瀬は少し考えた。


 「祭りの時期になると、よく一緒にいるのを見ました」


 ノブが覚えていた話とも合う。


 昔、ハルはトヨと祭りへ行っていたらしい。


 「今、トヨさんはどこにいます」


 黒瀬は空き地へ目を向けた。


 「わかりません」


 「亡くなったんですか」


 「それも確認されていません」


 透は黒瀬を見る。


 「十五年前から?」


 「私は、あの夜のあと一度も会っていません」


           ※


 夏の風が草を揺らした。


 家があった場所には、柿の木しか残っていない。


 「じゃあ、行方不明?」


 「そう呼ぶのが正しいと思います」


 「役場では避難したことになってた」


 「ええ」


 「でも、誰も確認してなかった」


 黒瀬は頷いた。


 春に義信から聞いた話だった。


 久保田が避難済みとして処理することを決め、義信が名簿から四世帯を外した。


 宮下家も、その中に入っている。


 「黒瀬さんは、避難したと思ってたんですか」


 「当時は」


 返事は短かった。


 透は続きを待った。


 「翌朝、避難済みと聞きました。混乱していましたから、私はそれ以上確認しませんでした」


 「いつ、おかしいと思ったんです?」


 黒瀬は柿の木を見た。


 「祭りが終わってからです」


 具体的な日付は言わなかった。


 「この家へ来た?」


 「ええ」


 「誰もいなかった」


 「はい」


 それでも、避難先にいる可能性はあった。


 親戚の家へ移ったのかもしれない。町を出たのかもしれない。


 黒瀬はしばらくそう考えていたという。


 「でも戻ってこなかった」


 透が言う。


 「戻りませんでした」


 「家族全員?」


 「私が知る限りは」


 黒瀬は断定しなかった。


           ※


 透は金網越しに柿の木を見る。


 「この土地を買ったの、それでですか」


 「それだけではありません」


 黒瀬は南京錠を手の中で回した。


 「ただ、手放されると聞いたとき、知らない人の家になるのは嫌でした」


 透は前にも似た話を聞いている。


 黒瀬はここへ来て草を刈り、柿の木を残した。


 その理由を、今日はそれ以上訊かなかった。


 「トヨさんを探したことは?」


 「あります」


 透が顔を上げる。


 「どこまで?」


 「親戚筋へは何度か訊きました。私にできたのはその程度です」


 「見つからなかった?」


 「ええ」


 黒瀬は門を閉めた。


 南京錠が小さな音を立てる。


 透はハルの言葉を胸の内側に感じていた。


 トヨちゃん。あれは、うちが持っていったんよ。


 本人を見つけなければ、何も出ない。


 空き地へ来ても言葉が動かないことは、すでに確かめている。


           ※


 「黒瀬さん」


 「はい」


 「十五年前、この家で何があったんですか」


 黒瀬はすぐには答えなかった。


 「トヨさんがいなくなった夜のことです」


 「それを知って、どうするんです?」


 「探します」


 透は答えた。


 「ハルさんから預かった以上、七日間は探す」


 黒瀬は透を見た。


 「そうでしたね」


 「そのために必要なら、十五年前のことも調べます」


 黒瀬は空き地から道路のほうへ目を戻した。


 「この家だけの話では済みません」


 「四世帯だから?」


 「それもあります」


 黒瀬はそこで言葉を止めた。


 透は待った。


 以前なら、黒瀬が話さないと決めたところで押しても進まなかった。


 今日は黒瀬のほうが先に口を開いた。


 「榊さん」


 「はい」


 「ここから先には、ご両親のことも出てきます」


 透は黒瀬を見る。


 蝉の声が近くで続いていた。


 「父さんと母さんが?」


 「ええ」


 「二十七番と関係あるんですか」


 黒瀬は頷いた。


 透は次の質問をすぐには出せなかった。


 十五年前の八月十五日。


 両親が亡くなった日。


 祭りを止めなかったのは黒瀬だった。


 そこまでは聞いている。


 その先は、まだ誰からも聞いていなかった。


 「話してください」


 黒瀬は時計を見た。


 「少し場所を変えてもよろしいですか」


 「どこへ」


 「港です」


           ※


 黒瀬の軽トラックへ乗る前に、透は便利堂へ電話を入れた。


 千鶴が出る。


 『はい、榊便利堂です』


 「俺。戻るの少し遅くなる」


 『わかりました。どこです?』


 「港」


 『仕事?』


 透は黒瀬の軽トラックを見る。


 「違う」


 少し間があった。


 『じゃあ、店閉める時間になったら先に閉めますね』


 「頼む」


 『鍵は持ってます』


 「知ってる」


 電話を切った。


 黒瀬は何も訊かず、運転席へ乗った。


 透も助手席の扉を開ける。


 軽トラックが二十七番を離れると、柿の木が金網の向こうへ小さくなっていった。


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