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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件09 「言葉の還る場所」

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第46話 元気なうちに


 梅雨が明けると、町の音が変わった。


 朝から蝉が鳴き、商店街には祭りの提灯が少しずつ増えている。便利堂の前を通る子どもたちは帽子を深くかぶり、日陰のある側を選んで歩いていた。


 春に氷見家で見た四世帯については、楓と義信が調べている。


 透も名前は控えてあるが、新しくわかったことはまだなかった。


 その日の午前中は、便利堂の裏で古い扇風機を分解していた。


 首を振るたびに金属が擦れる音がする。千鶴は外した羽根を雑巾で拭いていた。


 「これ、買い替えたほうが早くないですか」


 「持ち主にも言った」


 「じゃあ、なんで直してるんです?」


 「三十年使ってるから捨てたくないって」


 千鶴が羽根を光へ向けた。


 「三十年なら、家電というより家族ですね」


 「それ本人に言って」


 透が軸へ油を差していると、表の戸が開いた。


 「ごめんください」


 女性の声だった。


 千鶴が先に立ち上がる。


           ※


 店へ入ってきたのは、小柄な老女だった。


 薄手のカーディガンを羽織り、小さな布鞄を両手で持っている。


 透が工具を置くと、老女は古い看板を見上げた。


 「ここ、榊便利堂で合っとるね」


 「はい」


 「榊さんは?」


 「俺です」


 老女は透の顔をしばらく見た。


 「ほんまに孫やね」


 「爺さんを知ってるんですか」


 「顔はよう知っとるよ」


 老女は布鞄を持ち直した。


 「宮下(みやした)ハルです」


 透は名前を覚えていた。


 浦上ノブから聞いた、昔からの友人だ。


 「ノブさんの」


 「友達」


 ハルが先に言った。


 「ノブから聞いたんよ。今は孫が店やっとるって」


 透は来客用の椅子を出した。


 千鶴が茶を淹れるあいだ、ハルは店内を見回した。棚や古い柱を眺め、最後に壁際の工具箱へ目をやる。


 「昔とそんな変わらんね」


 「来たことあるんですか」


 「ずっと前にな」


 それ以上は話さなかった。


           ※


 千鶴が茶を置くと、ハルは礼を言って湯呑みに手を添えた。


 「今日は何のご依頼です?」


 透が訊く。


 「便利屋のほうやないんよ」


 透はハルを見る。


 「預かり屋ですか」


 「そう」


 千鶴は空になった盆を持って奥へ下がった。


 「誰か亡くなったんですか」


 「まだ死んどらんよ」


 ハルは茶を一口飲んだ。


 「わたしの話」


 透は椅子へ座り直した。


 「死ぬとき、来てもらいたいんですか」


 「来られるならね」


 生きているうちに頼みに来る人は、これまでもいた。


 「病気です?」


 「歳は取っとる」


 「余命を言われたとか」


 「なんもない」


 ハルは手を振った。


 「今日も歩いてここまで来たんよ」


 「じゃあ、どうして今?」


 「歩いて来られるうちに頼んどこうと思って」


 透は頷いた。


 「呼ばれたとき、俺が動ける状態なら行きます」


 「それでええ」


 ハルはあっさり答えた。


           ※


 「届け先は決まってます?」


 透が訊くと、ハルの指が湯呑みの縁で止まった。


 「決まっとる」


 「今、聞いておけますか」


 「それはまだ言わん」


 「探すのに時間がかかる人だと困ります」


 「たぶん、探してもらうことになる」


 透はハルを見る。


 「なら、余計に先に聞きたいんですけど」


 「せやけど、今は言わん」


 声は変わらなかった。


 透はしばらく待ったが、ハルから続きを話す様子はない。


 「期限は七日です。それは知ってます?」


 「知っとる」


 「預かれるのは一つだけです」


 「それも知っとるよ」


 「誰から?」


 ハルは茶を飲んだ。


 「昔から、この町におるからね」


 答えはそこまでだった。


 透も追わなかった。


           ※


 ハルは布鞄から紙を一枚取り出した。


 住所と電話番号が書かれている。


 「娘と住んどる。何かあったら、この番号から電話が来ると思う」


 透は受け取った。


 「言葉も、そのときですか」


 「そのとき」


 「宛先も?」


 「そう」


 「忘れてませんよね」


 「まだ大丈夫」


 ハルが笑った。


 立ち上がってから、もう一度店の中を見た。


 「榊さん」


 「はい」


 「ノブは元気やった?」


 「元気でしたよ」


 「そう」


 ハルはそれだけ聞くと、布鞄を持って戸へ向かった。


 透は店先まで見送った。


 真昼の日差しの中を、ハルは急がず商店街のほうへ歩いていった。


           ※


 店へ戻ると、千鶴が扇風機の前に座っていた。


 「予約でした?」


 「ああ」


 「元気そうでしたね」


 「本人もそう言ってた」


 透はハルから受け取った紙を机の引き出しへ入れた。


 まだ預かった言葉はない。


 千鶴が扇風機の羽根を取り付ける。


 「相手は聞いたんですか」


 「言わないって」


 「またですか」


 「今回は探すことになるらしい」


 「七日なのに?」


 「だから先に聞きたかったんだけどな」


 透が前面のカバーを留め、電源を入れる。


 羽根が回り始めた。


 しばらく首振りをさせても、金属音はしなかった。


 「直りましたね」


 「たぶん」


 「そこは言い切ってくださいよ。お客さんに返すんですから」


 透はもう少し動かしてから電源を切った。


           ※


 夕方、梶が茄子を持ってきた。


 スーパーの袋いっぱいに入っている。


 「多くないですか」


 「もろた」


 「全部?」


 「いらん言うたら、持ってけ言われた」


 「減らす交渉に失敗してますよ」


 梶は聞こえないふりをして、茄子を台所へ運んだ。


 透は修理した扇風機のコードをまとめながら言った。


 「今日、宮下ハルさんが来ました」


 梶が冷蔵庫を開けたまま止まる。


 「ハルさん?」


 「知ってます?」


 「顔くらいはな」


 「預かり屋の予約でした」


 「そうか」


 梶は茄子を冷蔵庫へ入れた。


 それだけで話を終わらせようとする。


 透は工具箱を閉じた。


 「梶さん」


 「なんや」


 「前に爺さんが言ってたこと、覚えてます?」


 「何をや」


 「届かなかった言葉のこと」


 梶は冷蔵庫の扉を閉めた。


 「急になんや」


 透自身にも、ハルの来訪からなぜそこへ考えが移ったのか、うまく説明できなかった。


 祖父を知る人がまた一人現れたからかもしれない。


 「俺が預かり屋になった理由って、聞いたことあります?」


 梶はしばらく透を見た。


 「ない」


 「血筋とか」


 「知らん」


 返事は早かった。


 透が黙っていると、梶は椅子へ座った。


 「ただ、一遍だけ、あの人が言うたことはある」


 「爺さんが?」


 「ああ」


 梶は空の湯呑みを引き寄せた。


 「届かんかった言葉が、次を作ることがある、ってな」


 透は何も言わなかった。


           ※


 「それ、どういう意味ですか」


 「知らん」


 「梶さん」


 「ほんまに知らんのや」


 梶は湯呑みへ自分で麦茶を注いだ。


 「一回聞いただけや。わしも意味訊いたけど、あの人はそれ以上言わんかった」


 「誰かが言葉を届けられなかったら、その人が預かり屋になるってこと?」


 「せやから、知らん言うてるやろ」


 透は椅子へ座った。


 桑島の言葉を腐らせたのは、ずっと後だ。


 その前から透は言葉を預かっていた。


 「俺には合わないですよね」


 梶は麦茶を飲んだ。


 「わしに聞くな」


 「爺さんから、俺について何か聞いてません?」


 「聞いてへん」


 今度も返事は早かった。


 梶は湯呑みを置き、台所を指した。


 「それより茄子、明日には使えよ」


 「多すぎます」


 「千鶴に持たせろ」


 話はそこで終わった。


           ※


 店を閉める前、透は机の引き出しを開けた。


 宮下ハルの連絡先が入っている。


 まだ何も預かっていない。


 期限も始まっていなかった。


 透は紙を確認して、引き出しを閉めた。


 表では祭りの練習が始まったらしく、遠くから太鼓の音が聞こえていた。


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