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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件05「マリア」

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第26話 読めない手紙

駐在所は商店街の東の端にある。

 自転車が二台停めてあって、片方は宇野の私物だ。窓ガラスに交通安全の古いポスターが貼ってある。日に焼けて、赤が全部抜けていた。

 宇野は書類を書いていた。透が入っていくと、顔を上げて眼鏡を外した。

 「桑島さんの件ですか」

 「わかりますか」

 「あんた以外に来る人がおらんので」

 宇野は椅子を回して透のほうを向いた。

           

 透は言えることだけを言った。

 桑島がブラジルにいたこと。慰霊祭に毎年通っていたこと。向こうから来た手紙を持っていて、読める人を探していたこと。

 宇野は最後まで聞いてから、指で机を二度叩いた。

 「それ、誰から聞かはったんですか」

 「県人会の世話人です。電話で」

 「よう辿りましたね」

 宇野は感心した口ぶりだったが、目は感心していなかった。値踏みする目だ。透はそれに慣れている。この町の人間は正面から見ないが、この人は正面から見る。

 「なんで、そこまで調べるんです」

           

 答えを探した。

 この人は六年前に来た。榊の家が何をしているかを知らない。町の年寄りなら「そういう家やから」で済むところが、この人には通じない。

 「頼まれたので」

 「誰にです」

 「桑島さんに」

 宇野は眉を上げた。

 「亡くなってますよね」

 「はい」

 沈黙が長くなった。宇野は机の上の書類を揃えて、それから言った。

 「まあ、ええです」

 「いいんですか」

 「あんたの家のことは、少しは聞いとります。この町、噂が早いんで」

 宇野は眼鏡をかけ直した。

 「信じとるわけやないですけどね」

           

 「その手紙、こっちで探さんとあかんかもしれません」

 宇野はそう言った。

 「桑島さんの親族を探しとるんです。身寄りなしいうても、法律の上での相続人がおるかどうかは別の話でしてね」

 「兄弟とか」

 「そう。兄弟が死んどっても、その子がおれば相続人になります。うちの管轄で捜索する義務がある」

 宇野は立ち上がった。

 「連絡先の手がかりが家の中にあるかもしれん。手紙なら、なおさらです」

           

 「一緒に来てもらえますか」

 「俺がですか」

 「鍵を開けたんはあんたやから。同じように開けてもらえると早い」

 宇野は制帽を取って言った。

 「言うときますけど、あんたが自分で入るんは駄目ですよ。今回はうちの仕事に付いてくるだけです」

 「わかってます」

 「わかっとる人が、門の前に二回立っとったと聞きましたけど」

 透は返事をしなかった。この町は噂が早い。

           ※

 桑島の家は、三日前と同じ匂いがした。

 ストーブは消してある。誰かが消した。たぶん救急か、宇野だ。冷えた家の空気に、灯油の匂いだけが残っていた。

 宇野は手袋をして、居間から始めた。

 透は入口に立っていた。そこにおってくださいと宇野に言われている。

 仏壇の引き出しが開けられ、茶箪笥が開けられ、押し入れの上の段が下ろされた。宇野の手つきは丁寧だった。物を戻す位置を覚えている手つきだ。

 三十分ほどして、宇野が振り返った。

 「ありました」

           

 仏壇の下の引き出しから出てきた。

 封筒だった。ずいぶん古い。角が擦れて丸くなっていて、表面が手垢で黒ずんでいる。何度も出し入れされたものだとわかった。

 宇野が透明な袋に入れて、透のほうへ持ってきた。

 「見えますか。触らんといてくださいよ」

 封筒の表に、外国の切手が貼ってある。消印は読めない。宛名は日本語だった。桑島与一様、と丁寧な字で書いてある。

 裏返した。

 差出人の名前が、ローマ字で書いてあった。

           

 透はその字を読もうとした。

 Marli。

 あるいはMarlie。字が崩れていて判然としない。だがマリアではなかった。

 「マリアやないですね」

 宇野も同じことを言った。

 「マルリ、と読むんですかね」

 「わかりません」

 その下に住所らしいものが続いている。長い綴りだった。州の名前らしい語が最後に見えたが、透にはそれが地名かどうかも判断できない。

 「中身は」

 「入っとります。便箋が三枚」

 宇野は袋を明かりにかざした。

 「全部、向こうの言葉です」

           

 「これ、どうなりますか」

 「署に持って帰ります。親族の手がかりになるかもしれんので」

 「読めるんですか」

 「翻訳は頼めます。時間はかかりますけど」

 透は袋の中の封筒を見た。

 時間はかかる。その言葉が、いまの透には一番遠い。

 「宇野さん」

 「なんです」

 「差出人の名前と、住所だけ、写させてもらえませんか」

 宇野は透を見た。眼鏡の奥の目が、また値踏みの色になった。

           

 「あかんです」

 早かった。

 「これは捜査に使うもんです。中身も、差出人も、部外者に渡せません」

 「わかりました」

 「わかってくれますか」

 「はい」

 透は本当にわかっていた。宇野の言っていることは正しいし、正しいことを言う人に食い下がるのは筋が違う。

 ただ、正しさが自分の期限を縮めているのも事実だった。それを恨む相手がどこにもいないことも、わかっていた。

           ※

 家を出るとき、宇野が言った。

 「榊さん」

 「はい」

 「ひとつだけ言うときます。捜査に関係ないことです」

 宇野は封筒の袋を胸ポケットに入れた。

 「この封筒、開けた跡が何回もあります。糊が剥がれて、また留めて、また剥がれて。読めん手紙を、あの人は何遍も開けとったんですわ」

 透は玄関の三和土に立ったまま、それを聞いていた。

 「読めんのに、なんで開けるんでしょうね」

 宇野はそう言って、先に外へ出た。

           ※

 便利堂に戻ると、千鶴が待っていた。

 「どうでした」

 「手紙はあった。警察が持っていった」

 「読めたんですか」

 「読めてない。ポルトガル語だ」

 千鶴はしばらく黙って、それからノートパソコンを開いた。

 「差出人の名前、覚えてます?」

 「マルリ、と読めた。マリアじゃない」

 千鶴の指が止まった。

 「じゃあ、マリアって誰ですか」

 透は答えられなかった。

 喉の奥のものは、まだ熱を持っている。桑島の声で、うちは怒っとらんと言い続けている。誰に向かって言っているのかが、四日目にしてまだわからない。

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