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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件05「マリア」

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第25話 八月に行く場所

千鶴は朝から事務所のノートパソコンを開いていた。


 便利堂の備品ではない。この子が自分で持ってきたものだ。画面に検索結果が並んでいる。


 「移民の慰霊祭、いくつも出てきます」


 「多いのか」


 「多いです。全国にあります。県人会が主催してるのと、協会がやってるのと、あと霊園そのものが窓口になってるのと」


 千鶴は画面を透に向けた。透には文字が小さすぎた。


 「白木さんが言うてた、バスで行く集まりって、たぶん県人会のやつです。年寄りが多いから、まとめてバスで運ぶんですよ」


 「連絡先は」


 「電話番号は載ってます。でも」


 千鶴は少し口ごもった。


 「平日の昼だけ受付って書いてあります。今日、もう三時です」



 透は受話器を取った。呼び出し音が長く続いた。誰も出なかった。


 もう一度かけて、同じ結果だった。


 「明日、朝からかけます」


 千鶴が言った。


 「明日で四日目だ」


 言ってから、透は自分の口調が硬いことに気づいた。千鶴のせいではない。


 「すみません」


 「謝るとこじゃない」


 「透さんが謝らないから、あたしが謝っときます」


 千鶴はノートパソコンを閉じて、それから思い出したように顔を上げた。


 「都会の人、いませんでした?」


           ※


 南条陽介(なんじょう ようすけ)は三コール目で出た。


 『はい、南条』


 「榊だ」


 『え、透? どうした、金でも借りるの?』


 都会の広告会社にいる同級生だった。年に二回、盆と正月に帰ってくる。帰ってくるたびに服が町から浮いている。本人は気にしていない。


 「調べてほしいことがある」


 『いいけど、僕いま社内だよ』


 「切っていい」


 『切らないよ。用件だけ言って』


 透は説明した。県人会と慰霊祭のこと。平日の昼しか電話が繋がらないこと。


 陽介は途中で一度も口を挟まなかった。それから言った。


 『それ、電話じゃなくて世話人に直接あたったほうが早いよ』


 『そういう会って、たいてい実務を一人か二人で回してるから。事務局の番号にかけても、その人が居ないと何もわからない』


 「どうやって探す」


 『会報とか名簿がPDFで上がってることがある。あと霊園側が把握してることもある』


 電話の向こうでキーボードの音がした。


 『三十分くれる? 折り返す』


 「悪いな」


 『いいよ。それより透、飯食ってる?』


 「なんでみんなそれを訊くんだ」


 『みんな訊いてるの?』


 陽介が笑って、通話が切れた。


 折り返しは二十分で来た。


 『世話人の名前がわかった。八十二歳の人。電話番号も出てる』


 「早いな」


 『会報の巻末に載ってた。個人情報の感覚が昭和のままなんだよ、ああいうの』


 陽介の声が少し低くなった。


 『透。これ、仕事なの?』


 「仕事だ」


 『依頼人は』


 透は答えなかった。


 『……まあいいや。番号送るね』



 世話人は、二度目のコールで出た。


 名乗ると、相手はしばらく黙っていた。それから、ゆっくり喋り始めた。声の出し方が、この町の年寄りに似ていた。


 『クワジマさんね。ずっと来とられましたよ』


 「毎年ですか」


 『毎年です。バスに乗って。わたしが世話をするようになってから、休まれたのは一度きりです』


 「その一度は」


 『去年です。体を悪くされたと聞きました』


 透は帳面を開いた。



 『あの人はね、探しとられたんです』


 世話人はそう言った。


 「探していた」


 『向こうに残った人を。名前は言われませんでしたけど、女の人やということはわかりました』


 受話器を持つ手に、力が入った。


 「マリア、という名前ではありませんでしたか」


 電話の向こうが静かになった。


 『……あんた、なんでその名前を』


 透は説明を選んだ。


 「桑島さんが亡くなりました。一昨日です」


 『そうですか』


 「その方の言葉を、預かっています」


 『言葉』


 「うまく説明できません。ただ、マリアという人に届けなければならないんです」


 世話人はまた黙った。長い沈黙だった。透は途中で切れたのかと思って、受話器を耳に押しつけた。


 『榊さん、と言われましたね』


 「はい」


 『あんた、あの人から何を聞かはったんですか』



 透は迷った。


 言えば、この人はたぶん動いてくれる。だが預かった言葉を人に喋るのは、届ける前にやることではない。竹岡さんのときは、宛先の家族に決めてもらうために話した。今回は違う。この人は宛先でも家族でもない。


 「言えません」


 『そうですか』


 「すみません」


 『いや、ええです』


 世話人の声が、少しやわらかくなった。


 『言わん人のほうが、信用できますわ』


 『マリアさんのことはね、わたしも詳しくは知らんのです』


 世話人は言った。


 『ただ、一度だけ、クワジマさんが会で手紙を見せはったことがあります』


 「手紙」


 『向こうから来た手紙です。何年前やったかな。十年は経っとらんと思います』


 「読めたんですか」


 『わたしは読めません。ポルトガル語やから。クワジマさんも読めんかったはずです』


 透は帳面に書く手を止めた。


 「読めない手紙を、見せたんですか」


 『そうです。誰か読める人はおらんかと、あの人は訊いて回っとられました』


           ※


 通話を終えて、透はしばらく受話器を置かなかった。


 千鶴が横で待っている。


 「透さん」


 「手紙がある」


 「どこに」


 「わからん。たぶん、あの家だ」


 入れない家だった。


 鍵がかかっていて、相続人もわからなくて、勝手に開ければ罪になる。透にできるのは門の外に立つことだけで、それは昨日やった。


 千鶴がノートパソコンを開き直した。


 「氷見さんに、もう一回訊いてみましょうよ」


 「無理だと言われた」


 「無理って言われたのは、戸籍と、家に入ることですよね」


 千鶴は画面を見ながら言った。


 「手紙を探すのが無理とは、まだ言われてないです」


 透は千鶴を見た。


 この子はときどき、規則の隙間ではなく、質問の隙間を見つける。


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