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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件05「マリア」

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第24話 入らない理由

朝、事務所の流しに鍋が置いてあった。


 蓋を開けると、けんちん汁だった。里芋の切り方が大きい。梶は面取りをしない。


 鍵はかけていなかった。この町の家はだいたいそうだ。透が寝ているあいだに置いていったのだろう。


 千鶴が九時に来て、鍋を見て言った。


 「梶さん来たんですか」


 「らしいな」


 「会ってないのに、わかるんですね」


 「里芋がでかい」


 千鶴は蓋を閉めて、火にかけた。


           ※


 梶が顔を出したのは十時前だった。


 「食うたか」


 「これから食う」


 「朝に食え。昼まで置いといたら味が変わる」


 梶は上がり框に座って、勝手に湯呑みを出した。千鶴が麦茶を注ぐ。十一月に麦茶を出すのはどうかと透は思ったが、二人とも気にしていない。


 「軽トラ、車検いつや」


 「二月」


 「戸倉に早う言うとけ。あそこ、年明けは混む」


 「言っとく」


 「言うとけよ。去年は切れる寸前やったやろ」


 千鶴が横で吹き出した。


 「透さん、車検切らしかけたんですか」


 「切らしてない」


 「切らしかけたんは切らしかけたんや」


 梶はそう言って、麦茶をひと口飲んだ。



 桑島の話をすると、梶の手が止まった。


 「桑島さんな。ブラジルに行っとったんは、ほんまや」


 「知ってたんですか」


 「わしより七つ上や。子どものころは知らんけど、帰ってきてからは造船所で一緒やった」


 梶は湯呑みを畳に置いた。


 「あの人、向こうの話はせんかった。誰が訊いてもせん。それだけは覚えとる」


 「マリアという名前は」


 「聞いたことないな」


 梶は少し考える顔をした。


 「けど、あの人が黙っとった理由が、それやったかもしれん」


           ※


 午後、透は役場へ行った。


 楓は昼休みを潰して、この前と同じ小部屋に透を入れてくれた。


 「桑島さんの件ですね」


 「戸籍から、家族関係を辿れませんか」


 楓はボールペンをノックした。それからノックし返した。


 「無理です」


 早かった。


 「戸籍も除籍も、取れるのは本人と配偶者と直系の親族だけです。第三者は取れません。榊さんは、桑島さんの何にもあたりません」


 「はい」


 「わたしは職務で見られます。でも見た内容を榊さんに伝えたら、それは漏らしたことになります」


 楓はボールペンを置いた。


 「この前は言えました。今回は言えません」


 「違いは」


 「この前は、榊さんが寺と町内会の窓口として関わっていました。今回はそれもありません」


 透は膝の上で手を組んだ。


 筋の通った話だった。通っているから、動かしようがない。


 「家に入るのも駄目ですよね」


 「駄目です」


 楓は即答した。


 「相続人がいるかどうかもまだわかりません。持ち家ですから、勝手に入れば住居侵入です。宇野さんが立ち会ったのは、あのときは人命の話だったからで」


 「わかりました」


 「わかってもらえると助かります」


 楓はそこで少しだけ言い方を変えた。


 「わたし、榊さんの邪魔をしてます」


 「してません」


 「してます。自分で言ってるんだから間違いないです」


 透は少し笑った。この人は自分の立場を自分で罰する癖がある。


 「氷見さんがやらなくても、誰かがやります。それが規則ですよね」


 「規則です」


 「じゃあ、氷見さんのせいじゃない」


 楓はしばらく黙ってから、小さく息を吐いた。


           ※


 役場を出て、透は港へ回った。


 桑島の家の前を通る。雨戸は開いたままだった。宇野が開けて、そのままになっている。玄関に鍵はかかっているはずだ。透は門の外から中を見た。


 入れば早い。台所にも仏間にも、たぶん手がかりがある。


 入らない理由は規則だけではなかった。祖父の控え帳に、そういう入り方をして得た情報の記録は一件もない。四十年ぶんの記録が全部、正面から入って手に入れたものだ。


 透は門から離れた。


 ヤマイチに寄ると、真弓がレジの奥にいた。


 「透やん、また来た」


 「訊きたいことがある」


 「桑島さんやろ」


 真弓は透が言う前に言った。


 「町でその話しか出とらんもん。あの人、身寄りおらんかったからね」


 「ブラジルの話、もう少し知ってる人はいるか」


 真弓はレジ台に肘をついた。


 「うちのじいちゃんの兄さんが行っとるって言うたやろ。あの人はもう死んどるけど、県外に集まりがあるんよ」


 「集まり」


 「移民で行った人らの、県人会みたいなやつ。年に一回、慰霊祭やっとる」


 真弓は指でレジ台を叩いた。


 「桑島さんな、毎年それに行っとったんちゃうかな」


           ※


 常光寺に寄ったのは、日が傾いてからだった。


 白木は本堂の掃除をしていた。十一月の本堂は、朝より夕方のほうが冷える。


 「桑島さん、うちの檀家です」


 白木は箒を止めずに言った。


 「けど、盆に来はったことは一度もありません」


 「一度も」


 「先代のころからそうやと聞いとります。うちは何も言いません。そういう家もあります」


 白木は箒を壁に立てかけた。


 「代わりにね、毎年八月になると、県外へ行っとられました」


 「どこか、わかりますか」


 「聞いたことはあります。バスで行くとおっしゃっとった。年寄りが集まって、慰霊碑の前で手を合わせる会やと」


 白木は本堂の柱に寄りかかった。


 「あの人、こう言うてはりました。うちの寺には来られんけど、あっちには行かんとあかんのですと」


           ※


 便利堂に帰る道で、透は考えていた。


 行かなければならない場所が、この町の外にある人だった。盆に寺へ来ず、八月に県外へ行く。誰も訊かないから、誰も知らない。


 マリアという名前を、桑島は五十年黙っていたことになる。


 黙っていた人の言葉を、いま自分が持っている。届けろと言われている。


 喉の奥のものが、まだ熱を持っていた。飲み込んだときから温度が下がらない。これまでのどれとも違う。


 なぜ違うのかは、わからなかった。


 わからないまま五日が過ぎれば、この熱は腐る。透はその手前で、まだ何ひとつ掴んでいない。

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