第21話 出しとかんとね
七日目の朝、透は竹岡家へ向かった。
荷台には脚立と剪定鋏を積んである。庭仕事の続きも残っていたが、今日ばかりはそれを先に始めるつもりはなかった。
出る前に千鶴から「決まったんですか」と訊かれた。
「会えば届く」
「それは知ってます。佳代さんが決めたのかってことです」
「昨日の電話では、来てほしいって言われた」
千鶴は納得した様子ではなかったが、それ以上は訊かなかった。
竹岡家の門の前には、佳代が立っていた。
透が軽トラを降りると、佳代は挨拶より先に言った。
「母、気づいてました」
「実さんのことですか」
「今朝、いきなり訊かれました。実、死んだんやろって」
佳代は門柱へ手を置いた。
「昨日、千鶴さんが帰ったあとも何も言えなくて。朝ご飯のとき、母のほうから言われました」
「それで?」
「言いました。兄は亡くなったって」
庭の奥から掃き箒の音が聞こえた。やがて音が止まり、今度は引き戸が閉まる。
「母、知ってたんです。たぶん、昨日より前から」
「何か言ってました?」
「日曜の電話がないって。兄、二十年ずっと日曜の夜に電話してたんです。入院したって言ったら、電話もできんのかねって何度か訊かれてました」
それは昨日、千鶴から聞いた言葉でもあった。
「わたしが、病院では忙しいんやろってごまかしてました」
佳代は家のほうを見た。
「母が、榊さんを呼んでます。兄が最後に何か残したことも話しました」
透も門の中を見る。
「俺と顔を合わせれば、もう止められません」
「わかってます」
「本当にいいんですか」
佳代はすぐには答えなかった。
「よくはないです。でも、聞きたいって言われました」
透は荷台から道具を下ろさず、佳代のあとについて門を入った。
※
ハツは縁側に座っていた。
膝にはいつもの毛布が掛かっている。途中まで刈った山茶花の生垣には、昨日千鶴が片づけた跡が残っていた。
足音に気づき、ハツが顔を上げる。
透と目が合った。
その瞬間、胸の奥にあった実の声が持ち上がった。
「かあちゃん」
透が何かを選ぶ暇はなかった。
庭で倒れた実から受け取った声が、そのまま口を通る。
「かあちゃん、こたつ、出しといて」
言葉が途切れると、喉に残っていた引っかかりも消えた。
ハツは縁側から透を見ていた。
佳代はその少し後ろで立ち止まっている。誰もすぐには口を開かなかった。
やがてハツが、膝の毛布を撫でた。
「実やね」
「はい」
今度に出たのは、透自身の声だった。
ハツは一度だけ頷く。
「最後まで、こたつの心配か」
佳代が縁側へ上がり、母の隣に座った。
ハツは庭へ目を戻した。
「毎年あの子が出しとったんよ。わたしがやる言うても、腰痛めるから触るなって」
「うん」
「今年も来るつもりやったんやね」
佳代は返事をしなかった。
ハツも、それ以上は求めなかった。
※
風が出て、山茶花の葉が重なって鳴った。
ハツが佳代へ訊く。
「葬式、終わったん?」
佳代の指が毛布の端をつまんだ。
「終わった」
「いつ」
「この前。母さんには言わんと」
「そうか」
「ごめん」
ハツは庭を見たまま首を横へ振った。
「わたしも言わんかったから、おあいこや」
佳代が母を見る。
「何を?」
「気づいとったこと」
ハツは膝の上で両手を重ねた。
「実が電話せんかったからね」
「入院してるって言ったやん」
「入院したくらいで電話忘れる子やないよ。日曜の夜は、二十年ずっと掛けてきたんやから」
佳代は俯いた。
「わたし、先週もかかってきたって言った」
「言うとったね」
「信じてるみたいに返事したやん」
「佳代がそう言いたかったんやと思ったから」
佳代は何も言わなくなった。
ハツの手が、隣に座る娘の膝へ移った。
「ようやったね」
佳代は顔を上げず、母の手の上へ自分の手を重ねた。
少ししてから、佳代が鼻をすすった。
「母さん、わたしが黙ってたの、怒らんの」
「怒ったら実が帰ってくるんか」
「帰ってこん」
「ほな今はええわ」
ハツはそう言い、庭に置いた脚立へ目を向けた。
「それより榊さん。松、途中やろ」
急に話を振られ、透も脚立を見た。
「今日はこれで帰ろうかと思ってました」
「なんで。仕事残っとるやん」
「そうですけど」
「うち、ちゃんとお金払うよ」
「そこは心配してません」
「ほなやって」
透は佳代を見る。
佳代は目元を指で拭いてから、「お願いします」と言った。
※
透は荷台から脚立を下ろし、松の横へ立てた。
剪定鋏を持って上がると、縁側からすぐに声が飛んでくる。
「上、切りすぎんといてね」
「去年も切ってません」
「切ったよ」
「切ってません」
ハツが笑った。
枝を二本落としたところで、家の中から押し入れを開ける音がした。
「母さん、ほんまに今日出すん?」
佳代の声だった。
「出すよ」
「まだ十月やで」
「朝、寒いやろ」
「早いて」
「ええの」
何か大きな物を動かす音がして、佳代が廊下を行ったり来たりしている。
ハツが縁側から振り返った。
「佳代、腰やらんようにね」
「一人で持たせといてそれ言う?」
「榊さんに頼んだらええやん」
透は脚立の上から玄関を見る。
「俺、庭木やってるんですけど」
「便利屋さんやろ」
家の中から、佳代が笑う声がした。
少しして、縁側の戸からこたつの天板が見えた。
ハツはそれを確かめると、膝に掛けていた毛布を畳んだ。
「出しとかんとね」
透は伸びた松の枝へ鋏を入れた。




