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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件04「こたつ」

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第21話 出しとかんとね


 七日目の朝、透は竹岡家へ向かった。


 荷台には脚立と剪定鋏を積んである。庭仕事の続きも残っていたが、今日ばかりはそれを先に始めるつもりはなかった。


 出る前に千鶴から「決まったんですか」と訊かれた。


 「会えば届く」


 「それは知ってます。佳代さんが決めたのかってことです」


 「昨日の電話では、来てほしいって言われた」


 千鶴は納得した様子ではなかったが、それ以上は訊かなかった。


 竹岡家の門の前には、佳代が立っていた。


 透が軽トラを降りると、佳代は挨拶より先に言った。


 「母、気づいてました」


 「実さんのことですか」


 「今朝、いきなり訊かれました。実、死んだんやろって」


 佳代は門柱へ手を置いた。


 「昨日、千鶴さんが帰ったあとも何も言えなくて。朝ご飯のとき、母のほうから言われました」


 「それで?」


 「言いました。兄は亡くなったって」


 庭の奥から掃き箒の音が聞こえた。やがて音が止まり、今度は引き戸が閉まる。


 「母、知ってたんです。たぶん、昨日より前から」


 「何か言ってました?」


 「日曜の電話がないって。兄、二十年ずっと日曜の夜に電話してたんです。入院したって言ったら、電話もできんのかねって何度か訊かれてました」


 それは昨日、千鶴から聞いた言葉でもあった。


 「わたしが、病院では忙しいんやろってごまかしてました」


 佳代は家のほうを見た。


 「母が、榊さんを呼んでます。兄が最後に何か残したことも話しました」


 透も門の中を見る。


 「俺と顔を合わせれば、もう止められません」


 「わかってます」


 「本当にいいんですか」


 佳代はすぐには答えなかった。


 「よくはないです。でも、聞きたいって言われました」


 透は荷台から道具を下ろさず、佳代のあとについて門を入った。


           ※


 ハツは縁側に座っていた。


 膝にはいつもの毛布が掛かっている。途中まで刈った山茶花の生垣には、昨日千鶴が片づけた跡が残っていた。


 足音に気づき、ハツが顔を上げる。


 透と目が合った。


 その瞬間、胸の奥にあった実の声が持ち上がった。


 「かあちゃん」


 透が何かを選ぶ暇はなかった。


 庭で倒れた実から受け取った声が、そのまま口を通る。


 「かあちゃん、こたつ、出しといて」


 言葉が途切れると、喉に残っていた引っかかりも消えた。


 ハツは縁側から透を見ていた。


 佳代はその少し後ろで立ち止まっている。誰もすぐには口を開かなかった。


 やがてハツが、膝の毛布を撫でた。


 「実やね」


 「はい」


 今度に出たのは、透自身の声だった。


 ハツは一度だけ頷く。


 「最後まで、こたつの心配か」


 佳代が縁側へ上がり、母の隣に座った。


 ハツは庭へ目を戻した。


 「毎年あの子が出しとったんよ。わたしがやる言うても、腰痛めるから触るなって」


 「うん」


 「今年も来るつもりやったんやね」


 佳代は返事をしなかった。


 ハツも、それ以上は求めなかった。


           ※


 風が出て、山茶花の葉が重なって鳴った。


 ハツが佳代へ訊く。


 「葬式、終わったん?」


 佳代の指が毛布の端をつまんだ。


 「終わった」


 「いつ」


 「この前。母さんには言わんと」


 「そうか」


 「ごめん」


 ハツは庭を見たまま首を横へ振った。


 「わたしも言わんかったから、おあいこや」


 佳代が母を見る。


 「何を?」


 「気づいとったこと」


 ハツは膝の上で両手を重ねた。


 「実が電話せんかったからね」


 「入院してるって言ったやん」


 「入院したくらいで電話忘れる子やないよ。日曜の夜は、二十年ずっと掛けてきたんやから」


 佳代は俯いた。


 「わたし、先週もかかってきたって言った」


 「言うとったね」


 「信じてるみたいに返事したやん」


 「佳代がそう言いたかったんやと思ったから」


 佳代は何も言わなくなった。


 ハツの手が、隣に座る娘の膝へ移った。


 「ようやったね」


 佳代は顔を上げず、母の手の上へ自分の手を重ねた。


 少ししてから、佳代が鼻をすすった。


 「母さん、わたしが黙ってたの、怒らんの」


 「怒ったら実が帰ってくるんか」


 「帰ってこん」


 「ほな今はええわ」


 ハツはそう言い、庭に置いた脚立へ目を向けた。


 「それより榊さん。松、途中やろ」


 急に話を振られ、透も脚立を見た。


 「今日はこれで帰ろうかと思ってました」


 「なんで。仕事残っとるやん」


 「そうですけど」


 「うち、ちゃんとお金払うよ」


 「そこは心配してません」


 「ほなやって」


 透は佳代を見る。


 佳代は目元を指で拭いてから、「お願いします」と言った。


           ※


 透は荷台から脚立を下ろし、松の横へ立てた。


 剪定鋏を持って上がると、縁側からすぐに声が飛んでくる。


 「上、切りすぎんといてね」


 「去年も切ってません」


 「切ったよ」


 「切ってません」


 ハツが笑った。


 枝を二本落としたところで、家の中から押し入れを開ける音がした。


 「母さん、ほんまに今日出すん?」


 佳代の声だった。


 「出すよ」


 「まだ十月やで」


 「朝、寒いやろ」


 「早いて」


 「ええの」


 何か大きな物を動かす音がして、佳代が廊下を行ったり来たりしている。


 ハツが縁側から振り返った。


 「佳代、腰やらんようにね」


 「一人で持たせといてそれ言う?」


 「榊さんに頼んだらええやん」


 透は脚立の上から玄関を見る。


 「俺、庭木やってるんですけど」


 「便利屋さんやろ」


 家の中から、佳代が笑う声がした。


 少しして、縁側の戸からこたつの天板が見えた。


 ハツはそれを確かめると、膝に掛けていた毛布を畳んだ。


 「出しとかんとね」


 透は伸びた松の枝へ鋏を入れた。


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