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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件01「犬の名を呼んだ老人」

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第2話 宛先のない一言

常光寺(じょうこうじ)の本堂は、朝のうちだけ涼しい。


 透はパイプ椅子を七列並べ終えて、汗を拭った。沖田宗一郎の葬儀は明日の午後だが、身寄りがないぶん、町内会と寺で段取りをつけることになっている。


 「七十席も要りますかね」


 千鶴が最後の一脚を置きながら言った。


 「宗さん、ひとり暮らしだったんですよね」


 「町の人は来る」


 「来ます? 親戚いないのに」


 「来る。ここはそういう町だ」


 「うわ、田舎の圧」


 「そう言うな」


 本堂の奥から、笑い声が聞こえた。


 「圧やなくて、暇なんですよ」


 住職の白木隆源(しらきりゅうげん)が、袈裟の袖をまくって出てきた。四十五歳。この寺の三代目で、町の死をいちばん多く見ている人間だが、話し方は世間話しかしない。


 「みんな暇やから、人が死ぬと来る。悪いことやないでしょう」


 「身も蓋もないっすね」


 「そらまあ、仏さんも都合がありますから」


 白木は椅子の列を見て、二列目を少しだけ前に寄せた。長年の癖らしい。


           ※


 千鶴が水を汲みに行ってから、透は白木に訊いた。


 「和尚さん。犬の話なんですけど」


 「宗さんの?」


 白木は驚かなかった。透の稼業を知っている数少ない一人だ。祖父の代からの付き合いになる。


 「マルという犬に宛てた言葉です。犬はもう死んでます」


 「難儀ですね」


 「和尚さんの側だと、こういうのはどう扱うんですか」


 白木は本堂の畳に腰を下ろした。


 「うちは、届けません。うちがやるのは、こっちの人間の気持ちに形をつけることです。手を合わせる場所を作って、区切りをつける。届いたかどうかは、問いません」


 「問わないんですか」


 「問うたら宗教やなくて、業務になってまうでしょう」


 白木は笑った。


 「榊さんとこは、届けてしまう。だからしんどいんですよ、あんたの家は。昔からそうです」


 透は返す言葉を探して、見つけられなかった。


 「爺さんも、そう言われてましたか」


 「一度だけね。あんたのお爺さんが、酔うたときに」


 白木は言葉を選ぶような間を置いた。


 「届けられんかったもんは、どこに行くんやろうな、と」


           ※


 午後、透は町役場へ行った。


 沖田宗一郎の身寄りを、正式に確認しておきたかった。マルを譲り受けたのか、子犬から飼っていたのか。犬の来歴がわかれば、宛先の見方も変わる。


 住民課の窓口で用件を伝えると、四十くらいの男が困った顔をした。名札に田淵とある。


 「個人情報になりますんで、ご親族以外には」


 「親族がいないので、その確認に来たんですけど」


 「そう言われましても」


 田淵の手が止まった。困っているのではなく、面倒だと思っている手の止め方だった。


 「田淵さん」


 声は透の後ろからではなく、カウンターの内側から来た。背の高い女がファイルを抱えて立っている。役場の制服だ。口を引き結んだまま、田淵のほうを見ている。


 「沖田さんの件なら、わたしが担当です。無縁の手続き、うちで走ってますよね」


 「そら、そうやけど」


 「生活歴の照会はどのみち必要です。榊さんは寺と町内会側の窓口ですし、共有しても問題ないかと」


 田淵は肩をすくめて、奥へ引っ込んだ。


 女は透に向き直った。


 「氷見楓(ひみ かえで)です。住民課」


 「榊です。……助かりました」


 「助けてません。手続き上の事実を言っただけです」


 言い方はそっけないのに、目はまっすぐこちらを見ている。透はこの町で、こういう目をする人間をあまり見たことがなかった。


 この町の人間は、たいてい正面から見ない。斜めから見て、こちらの出方を待つ。誰が誰の親戚かを頭の中で数えながら喋る。それが悪いとは思わないが、慣れると疲れる。


 「榊さん。ひとつ訊いてもいいですか」


 楓は書庫の鍵を取りながら言った。


 「便利屋さんが、なんで身寄りの確認を?」


 透は答えを探した。犬を捜しているとは言えない。死んだ人から言葉を預かっているとも言えない。


 「……頼まれたので」


 「誰にですか」


 「宗さんに」


 「亡くなってますよね」


 「はい」


 楓は少しのあいだ透を見ていた。それから、それ以上は訊かなかった。


 「わかりました。台帳、こっちです」


 訊かないでくれたのか、後で訊くつもりなのか、透にはわからなかった。


           ※


 沖田宗一郎の記録は、思ったより薄かった。


 妻とは三十年前に死別。子どもはいない。兄がいたが二十年前に他界し、その子どもたちは県外にいて、連絡は取れているが引き取りは断られている。


 「犬の記録は、ないですよね」


 「畜犬(ちくけん)登録なら残ってます」


 楓は別のファイルを持ってきた。


 「狂犬病予防法で、登録と注射済票の交付があるので。犬は住民票には載りませんけど、台帳はあります」


  沖田宗一郎 マル 雑種 オス


 登録は二十九年前。


 「二十九年」


 「登録は生涯に一回です。死亡の届出があれば、そこで抹消されます」


 楓が紙を指でなぞって、そこで指を止めた。


 「出てませんね」


 「え」


 「死亡の届出がありません。登録が生きたままです」


 透はその欄を見た。抹消の日付が入るはずの場所が、空欄になっている。


 「……犬が死んだら、普通は出すものですか」


 「出す人は出します。出さない人のほうが多いです。実際には注意されて終わりですし」


 楓は事務的に言って、それから少しだけ声を落とした。


 「でも、宗さんは出さない人には見えません。二十九年前に登録した人ですよ。町でいちばん早い部類です」


           ※


 便利堂に戻って、透は祖父の控え帳を床に並べた。


 四十年分、八冊ある。日付と、預かった相手と、届けた相手。それだけが淡々と並んでいる。祖父は感想を書かない人だった。


 宛先が死者だった前例を探した。


 あった。三十二年前の欄に一件だけ。


 預かった相手の名前があり、届けた相手の欄には名前ではなく、二文字だけ書いてある。


  持越


 「持越?」


 千鶴が背中から覗き込んでいた。


 「持ち越しってことですか。来年に持ち越す、みたいな」


 「かもしれん」


 「かもしれんって、他に何があるんですか」


 透は答えなかった。


 控え帳をめくって、その先の記録を追った。三十二年前の九月、十月、十一月。祖父の記録は淡々と続いている。持越と書かれた一件の続きは、どこにも出てこない。


 翌年にも、その翌年にもない。


 四十年分、全部見た。持越の二文字は、その一件きりだった。


 「透さん、それって」


 「うん」


 「持ち越したまま、終わってません?」


 窓の外はもう暗い。アーケードの照明が、三つに一つ切れたまま点いている。


 透は控え帳を閉じた。喉の奥で、宗一郎の声が据わっている。マル。ええ子や。


 五日しかない、と思ってから、五日もある、と思い直した。どちらでも同じだった。日数の問題ではないことは、たぶん最初からわかっている。

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― 新着の感想 ―
おおおおおお!! どういう事だ!! 気になるぞ!!!
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