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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件04「こたつ」

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第19話 決めてもらう


 昼の混雑が引いた喫茶店で、佳代は楓を見た。


 窓際の四人掛けに、佳代と透が向かい合い、楓は透の隣へ座っている。店の奥では、マスターが洗ったカップを棚へ戻していた。


 「こちらは?」


 「氷見楓です。町役場に勤めていますけど、今日は仕事ではなく個人的に来ました」


 楓は鞄へ手を入れかけ、途中でやめた。


 「名刺を出すと、役場から来たみたいになるので」


 佳代は一度だけ頷いた。


 透は、竹岡家へ行けなかった理由から話した。


 榊の家には、亡くなる間際の言葉を預かる役目があること。実が庭で倒れたとき、その言葉が自分の中へ入ったこと。届けられる期限があり、宛先本人の前へ立てば、自分の都合で止められないこと。


 佳代は質問を挟まずに聞いていた。


 「つまり、兄の言葉を持ってるんですね」


 「はい」


 「母に届けるために、今日来た」


 「その前に、佳代さんに話すために来ました」


 佳代の目が透へ戻った。


 「母には聞かせません」


 返事は早かった。


 「理由は前に話したとおりです。兄が亡くなったことも、まだ言ってません。母はいま、実が病院にいると思ってます」


 「はい」


 「先生からも、なるべく負担をかけないように言われてます。そこへ兄の最後の言葉なんか聞かせて、もし何かあったら」


 佳代はそこで口を閉じた。


 テーブルの水には、まだほとんど手がついていない。


 「だから断ります」


 「わかりました」


 佳代の眉が寄った。


 「それで帰るんですか」


 「まだです」


 透は膝の上に置いていた手をほどいた。


 「俺は庭仕事を頼まれています。事情を黙ったまま竹岡さんの家へ行けば、ハツさんと会うことはできます」


 「会ったら?」


 「言葉が出ます。俺が止めようとしても止まりません」


 「じゃあ、あなたが勝手に庭へ行ったら」


 「届けられます」


 佳代は水のグラスから手を離した。


 「でも、それはしません」


 「どうしてですか」


 「佳代さんが止めていると知ってるからです」


 透はそれ以上、理由を足さなかった。


 佳代は窓の外へ目を向けたあと、楓を見た。楓は口を挟まず、目の前のコーヒーにも触れていない。


 「それで、わたしに決めろってことですか」


 「はい」


 「届けたら母に何かあるかもしれない。断ったら、あなたの中でその言葉が駄目になる。そういう話を聞かされたうえで?」


 「そうなります」


 「卑怯ですね」


 「はい」


 即答すると、佳代が顔をしかめた。


 「そこ、否定しないんですね」


 「否定できないので」


 店の奥で皿を重ねる音がした。ラジオでは、午後の天気を読み上げている。


 佳代は窓の外を見たまま訊いた。


 「兄は、何て言ったんですか」


 透は返事をしなかった。


 「それを知らないで決めろって言われても、無理です」


 「今ここで俺が言うのは、実さんの声じゃありません。俺が聞いた内容を、俺の声で言うだけです」


 「それでいいです。教えてください」


 透は水を一口飲んだ。


 「かあちゃん、こたつ、出しといて」


 佳代は動かなかった。


 やがて、口元がわずかに動いた。


 「……こたつ」


 「はい」


 「それだけ?」


 「それだけです」


 佳代は椅子の背へ身体を預けた。


 「毎年、出しに来てたんです」


 透は黙って続きを待った。


 「母が一人で出すと腰を痛めるからって。秋になると兄が来て、こたつ出して、布団を干して、それだけやって帰るんです」


 佳代の声は普段と変わらなかった。


 「わたしがやるって何回も言ったんですよ。近くに住んでるんやからって。でも、あの人、自分がやるって」


 グラスを持ち上げたが、佳代は飲まずに戻した。


 「今年も来るつもりやったんですね」


 透は答えなかった。


 佳代は片手で目元を押さえ、そのままテーブルのおしぼりを取った。


 楓も何も言わなかった。


           ※


 佳代が顔を上げたころには、グラスの氷がずいぶん小さくなっていた。


 「すみません」


 「いえ」


 「母の前じゃ、こういうことできないので」


 使ったおしぼりを袋の上へ置き、佳代は透を見る。


 「榊さん。もう一つだけ教えてください。わたしが断ったら、その言葉はどうなるんですか」


 「七日を過ぎたら、もう届けられません。俺の中に残ります」


 「ずっと?」


 「はい」


 「あなたは?」


 そこだけ伏せれば、佳代に決めてもらうという話そのものがおかしくなる。


 「俺が使っていた言葉が、一つ出なくなります。何がなくなるかはわかりません」


 佳代は少し間を置いた。


 「それでも、わたしに決めさせるんですか」


 「俺が決めていいことじゃないと思ったので」


 「でも、断ったらあなたに残る」


 「そうです」


 佳代は何か言いかけたが、声にはしなかった。


           ※


 「氷見さんは、どう思いますか」


 佳代が楓へ向き直った。


 「役場の人としてじゃなくて」


 楓はコーヒーカップの取っ手へ指をかけた。


 「私は昨日と変わってません。いまは届けないほうがいいと思っています」


 佳代が頷く。


 「母のために?」


 「それもあります」


 楓はカップから手を離した。


 「私も、父に訊けないことがあるので」


 透は楓を見た。


 楓はそちらを向かなかった。


 「訊いたら、それまでと同じではいられなくなるかもしれない。だから、訊かないままにしてることがあります」


 「そうですか」


 「ただ、佳代さんと私が同じかはわかりません」


 そこで楓は口を閉じた。


 佳代も、何を訊けずにいるのかまでは尋ねなかった。


           ※


 会計票がテーブルへ置かれるころ、佳代は鞄を膝へ引き寄せた。


 「一日ください」


 「わかりました」


 「明日の夜までに連絡します。それでも間に合いますか」


 透は頭の中で日を確認した。


 「間に合います」


 佳代は立ち上がったあと、もう一度透を見る。


 「もし断ったら、庭の続きは期限が過ぎてから来てください」


 「はい」


 「母、待ってますから。庭のことは庭のことです」


 佳代は会計票を持ち、レジへ向かった。


           ※


 店を出ると、楓が駐車場で足を止めた。


 「父のことは訊かないでください」


 「訊かないよ」


 「本当に?」


 「楓が言わないって決めてるなら、俺からは訊かない」


 楓は透を一度見て、自分の車へ向かった。


 「それならいいです」


 ドアを開ける前に振り返る。


 「透さん」


 「何?」


 「佳代さんがどっちを選んでも、私は昨日の意見を変えませんから」


 「わかった」


 楓は車へ乗った。


           ※


 便利堂へ戻る途中、透は常光寺の前を通った。


 寺の裏には両親の墓がある。


 十五年前の葬儀には、町の人が大勢来たと後から聞いた。透自身が覚えているのは、集会所の畳と、誰かが何度も湯呑みを運んでいたことくらいだった。


 祭壇の前で誰と話したのかは出てこない。


 自分が泣いたかどうかも、覚えていなかった。


 透は寺へ曲がる道を通り過ぎ、そのまま便利堂へ戻った。


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