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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件03「事故現場」

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第13話 番号のついた鍵

千鶴は事務所に入るなり、鞄を落とした。


 「透さん、事故に居合わせたって本当ですか」


 「誰から聞いた」


 「じいちゃんです。町内会の回覧で回ってました」


 回覧板に事故の話が載る町だった。透は麦茶を注いで、千鶴の前に置いた。


 「怪我は」


 「してない」


 「そうじゃなくて」


 千鶴は座らずに立ったままだった。


 「……預かったんですよね」


 透は麦茶をもう一つ注いだ。自分の分だ。それを飲んでから、うなずいた。


 「頼まれてないのにな」


 「そんなことあるんですか」


 「あるらしい」


 千鶴はようやく座った。膝を抱えて、しばらく黙っていた。


 「それ、断れないんですか」


 「断り方を知らない」


 「習ってないってことですか」


 「習ってない」


 千鶴は納得のいかない顔をしたが、それ以上は言わなかった。


           ※


 午後、役場へ行った。


 楓は昼休みを潰して、住民課の相談用の小部屋に透を入れてくれた。役場でこんな部屋を使うのは初めてだった。


 「身元不明のご遺体は、うちの管轄ではありません」


 楓は最初にそう言った。


 「警察が身元確認をして、それでもわからなければ、最終的には行旅死亡人(こうりょしぼうにん)として扱われます。官報(かんぽう)に公告が出て、そこから引き取り手を探す」


 「時間はどれくらいかかりますか」


 「早くて数週間。長ければ何か月も」


 透は膝の上で手を組んだ。


 七日では、まるで間に合わない。


 「車のリース照会は」


 「警察がやります。役場には来ません」


 楓はボールペンをノックして、それからノックし返した。何かを言うか迷ったときにこの人がやる癖だと、透は最近気づいた。


 「榊さん。訊いていいですか」


 「はい」


 「その方の言葉、期限が切れたらどうなるんですか」


 透は答えた。


 「腐ります」


 「腐ると」


 「俺の中に居座って、出ていかなくなります。代わりに、俺の言葉がひとつなくなる」


 楓の手が止まった。


 「なくなるって、どういう意味ですか」


 「意味も、輪郭もわかるのに、その語だけ出てこなくなる。祖父もそうでした」


 部屋の空調が、低い音で回っていた。


 楓はしばらく何も言わなかった。それから、ノートを開いて、ボールペンのキャップを外した。


 「わかりました。何を調べればいいですか」


 「いいんですか」


 「昼休みは十二時から一時までです」


 楓は時計を見た。


 「あと二十分あります」


           ※


 わかっていることを並べた。


 軽の箱バン、十四年落ちで十九万キロ。他県ナンバー。長い物を積んでいた形跡。運転席の後ろに、社名のマグネットシートを剥がした跡。剥がしてから何年か経っている。


 男は五十代。財布も免許証もない。


 預かった言葉は「早瀬さんに、鍵は戻したと言うといてくれ」。


 そして、助手席のシートレールから出た古い真鍮の鍵。


 透はスマートフォンの写真を出した。楓が画面を拡大する。


 「タグ、これ何色だったんでしょうね」


 「褪せてて、わかりません」


 「文字は」


 「三、だけです。その下は割れてます」


 楓は写真を見つめたまま、少し首をかしげた。


 「番号を振って管理してるものの鍵ですね。個人の家の鍵に、こういうタグは付けません」


           ※


 便利堂に戻ると、千鶴の祖父の藤木さんが軽トラの荷台に腰かけていた。


 「透くん、乾物の運搬、明日でええか」


 「いいですよ」


 「悪いのう」


 千鶴が事務所から出てきて、透のスマートフォンを勝手に取った。


 「じいちゃん、これ見て」


 「なんや」


 「鍵。番号のタグついてるやつ」


 藤木さんは老眼鏡を胸ポケットから出して、画面を近づけたり離したりした。


 それから、あっさり言った。


 「これ、漁協の倉庫のやろ」


 透は荷台の横に立った。


 「わかるんですか」


 「わかるも何も、うちも一つ借りとったからな。乾物干す網とか、道具入れとった」


 藤木さんは画面の中の鍵の頭を指した。


 「その穴に、番号札つけるんや。港の共同倉庫は八棟あってな、一番から八番まで。札の色が年度で変わっとった。緑の年もあったし、黄色い年もあった」


 「じゃあ、この三は」


 「三番倉庫やろ。まあ、いまのやないけどな」


 「いまのじゃない、というのは」


 藤木さんは老眼鏡を外した。


 「その形の鍵は、もう使うとらん。いまはシャッターに電子錠が付いとる。前のやつは、十五年前の水で全部やられたんや」


           ※


 水、という言葉に、透はわずかに引っかかった。


 「水」


 「高潮や。港が一遍浸かったことがある。倉庫の中まで水が入って、錠が錆びてどうにもならんようになった。そのあと総取っ替えや」


 「それ、いつですか」


 「十五年前の夏」


 藤木さんは軽トラの荷台から降りて、腰を伸ばした。


 「あの年はいろいろあったからな」


 いろいろ、と言ったきり、藤木さんはそれ以上続けなかった。千鶴が「なにがあったん」と訊いたが、藤木さんは「昔の話や」と言って、乾物屋のほうへ歩いていった。


 透はその背中を見ていた。


 この町の年寄りは、みんな同じところで話をやめる。


           ※


 夕方、透は港へ行った。


 共同倉庫は、防波堤の内側に八棟並んでいる。トタンの壁が潮で錆びていて、下のほうが白く粉を吹いていた。


 シャッターには、確かに電子錠が付いていた。テンキーの付いた四角い箱で、それだけが妙に新しい。


 三番倉庫の前に立った。


 シャッターは閉まっている。番号のプレートが、壁の上のほうに残っていた。「3」と読める。


 透は喉の奥に意識を向けた。


 何も動かない。


 男の言葉は、胸の高さで冷たく据わったままだ。近づいたときの、あの引きつるような感覚はない。


 早瀬という人間は、ここにはいない。


 当たり前だ。倉庫の中に人はいない。


 それでも透は、しばらくそこに立っていた。


 あの男は、この倉庫の鍵を持っていた。十五年前に使えなくなった鍵を、十五年間、車の中に置いたままにしていた。


 鍵は戻した、と言い残した男が。


           ※


 港の事務所は閉まっていた。


 シャッターの脇に、漁協の連絡先の紙が貼ってある。透はそれを写真に撮った。


 明日、訊きに行く。訊くしかない。


 祖父の掟その一は、訊くなではなく、調べろだ。だが調べる先が漁協の名簿なら、それは訊きに行くのとほとんど同じことになる。


 海のほうから風が来た。潮の匂いが強い。


 透は襟を立てて軽トラへ戻った。四日で足りるかどうかは、考えないことにした。

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