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預かり屋 榊便利堂 -最期の一言を、七日以内に届ける-  作者: MIYA
案件03「事故現場」

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第12話 剥がした跡



 戸倉自動車整備工場は、県道沿いにある古い建物だった。


 シャッターが二つ並び、片方だけが開いている。中からエアツールの甲高い音が断続的に響いていた。


 軽トラを停めると、奥から戸倉航(とくらわたる)が出てきた。ツナギの上半分を腰へ巻き、手には黒い油汚れが残っている。


 「早いな」


 「昼過ぎって言っただろ」


 「十二時半は昼過ぎちゃうやろ。一時くらいに来ると思ってた」


 航は透の様子を見て、眉を寄せた。


 「お前、昨日から寝てへんやろ」


 「寝た」


 「何時間」


 「三時間くらい」


 「飯は?」


 答える前に、建物の横にある引き戸が開いた。


 「透くん、先に食べ。素麺あるから」


 航の母親が顔を出している。


 「いや、車を――」


 「車は逃げへん。素麺は伸びる」


 反論する余地がなかった。


 航が横で笑う。


 「諦めろ。こうなったら無理や」


           ※


 工場の事務所には、小さなちゃぶ台が出ていた。


 素麺のほかに、きゅうりの漬物と麦茶まで置かれている。透が箸を持つと、航の母親は向かいから身体を眺めた。


 「透くん、また痩せた?」


 「変わってないですよ」


 「変わっとる。藤木さんとこの千鶴ちゃんも心配しとったで」


 透は素麺をすすりかけて止まった。


 「千鶴と話したんですか」


 「商店街で会えば話くらいするよ。あの子、よう喋るし」


 それだけで十分だった。この町では、知り合いがどこでつながっているかを考え始めるときりがない。


 航が勝手に透の皿から漬物を取る。


 「母ちゃん、俺の分は」


 「あんたは朝から食べたやろ」


 「昼飯は別やろ」


 「仕事しなさい」


 航は漬物だけ持って工場へ戻っていった。


 透も素麺を食べ終え、麦茶を一杯飲んでから外へ出た。


           ※


 事故車は工場の裏に置かれていた。


 昨夜、ガードレールへ突っ込んでいた軽のワゴン車だ。昼間に見ると、車体の潰れ方がよくわかる。前部は大きく変形し、片側のヘッドライトはなくなっていた。


 透が近づくと、航が先に釘を刺した。


 「見るだけやぞ。警察から預かっとる車やから、勝手に開けたり中のもん触ったりすんなよ」


 「わかってる」


 「昨日事故見つけた本人が言うと、余計信用ないわ」


 透は車から少し離れたところを歩いた。


 何を探しているのか、自分でもまだはっきりしていない。


 事故で亡くなった男は、早瀬という誰かに「鍵は戻した」と伝えようとした。ならば男の名前か、仕事先か、早瀬へつながる何かが車に残っているかもしれない。


 航は隣に立って、車体を眺めた。


 「かなり使い込んどるな」


 「仕事の車?」


 「その可能性は高いやろな」


 荷室側の窓から中を見ると、床には何かを何度も積み下ろししたような擦れ跡が残っていた。運転席の座面も、乗り降りする側だけ生地が薄くなっている。


 「配達とか?」


 「かもしれんし、現場回っとったんかもしれん。そこまでは車だけじゃわからん」


 航は断定せず、車体の後ろへ回った。


 透もついていき、運転席側へ戻ったところで足を止めた。


 「航」


 「ん?」


 「ここ、色違わないか」


 白い車体の一部だけ、周囲と色味が違っていた。


 運転席の後ろ側に、横長の四角が薄く残っている。汚れているというより、その部分だけ塗装の日焼けが少ない。


 航が横から覗き込んだ。


 「ああ。何か貼っとったな」


 「何か?」


 「マグネットの看板ちゃうか。仕事の車なら会社名とか電話番号とか貼るやつ」


 航は車体には触れず、少し離れて輪郭を見る。


 「ずっと貼ってた部分だけ日が当たらんから、外すとこういうふうに残ることがある」


 透は四角い跡を見た。


 そこには文字も絵もない。


 以前は何かが書かれていたはずなのに、今は看板そのものがなくなっている。


 「いつ剥がしたかわかる?」


 「無茶言うな」


 航が即答した。


 「昨日今日じゃなさそう、くらいなら言えるけど、それ以上は知らん。塗装屋に持っていっても、元の文字までは出てこんぞ」


 「そうか」


 「何があったら当たりなんや」


 「会社名」


 「会社名?」


 「この人がどこで働いてたのか知りたい」


 航は透を見たが、理由までは訊かなかった。


 「警察が身元わかったら、そのうち話は早いやろ」


 「俺に教えてくれるとは限らない」


 「そらそうや」


 航はあっさり言って、工場の中へ戻ろうとした。


 透はその場へ残り、スマートフォンで車体の跡を撮った。正面から一枚、少し斜めからもう一枚だけ残す。


 何も書いていない四角を撮っているのが妙だった。


 けれど今のところ、男が何をしていたのかを示すものはそれしかなかった。


           ※


 事務所へ戻ると、航は別の車の部品を伝票へ書き込んでいた。


 「そういや、お前が来る前に警察から電話あったぞ」


 透が入口で止まる。


 「昨日の人?」


 「その車のことでな。午後にもう一回来るらしい。車内で確認したいもんがあるって」


 「何を?」


 「知らん。俺に言うわけないやろ」


 航は伝票をめくった。


 透は工場の裏を振り返った。


 早瀬。


 鍵。


 社名を剥がした跡。


 そこまで考えてから、透は机に置いていた麦茶を飲んだ。今あるものを並べただけでは、まだ何もつながらない。


 「警察来るまでいていいか」


 「好きにせえ。邪魔すんなよ」


 「手伝うことある?」


 「客にならある。オイル替えてけ」


 「この前替えただろ」


 「ほな邪魔すんな」


 透は事務所の端にあった丸椅子へ座った。


 しばらくして、表で車が停まる音がした。


 航が伝票から顔を上げる。


 「来たんちゃうか」


 二人で外へ出ると、昨日現場にいた警察官が工場へ入ってきた。


 警察官は航と短く話をしてから事故車へ向かい、運転席の脇でしゃがみ込んだ。透は離れたところから見ていたが、警察官が助手席側へ回ったところで動きが止まった。


 シートの下へ手を入れ、何かを取り出す。


 陽の光を受けて、小さな金属が光った。


 隣にいた航が目を細めた。


 「……鍵やな」


 透は何も言わず、その手元を見ていた。

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