2話 厄日
2話 厄日
ピグゥのことを考えながら、外に出る。
自身のバイクの鍵を胸ポケットから出そうと左腕に乗っていた母ピグゥを一旦降ろす。
「こっち」
子ピグゥを抱き抱えている腕をアズに引っ張られ、バランスを崩す。
「ちょっと、どこいく気?」
「建物から出たんだから別行動でしょ」
何も答えてはくれず、そのまま抱えた子ピグゥと後ろから跡を追う母ピグゥとともに黒塗りのセダンに乗る。
エンジン音が響き、驚いたピグゥを宥めながらノエルは聞いた。
「あのさ。そろそろ何者で、どこに行くのか教えてくれないと暴れるよ」
「…」
静まり返る車内で口を開いたのはフーキーだった。
「私たちは、悪い人ではないし。助けるつもりもないけど…」
フーキーはアズをチラッと見る。
「悪いようにはしないから」
フーキーの瞳に、嘘は感じられなかった。それでもノエルは警戒を解かず、低く言い返す。
「変な動きしたら、さっきの奴らみたいになるから」
どっちが優勢なのかわからない返事だった。
橋を渡り、セントラルシティの方へ向かう車。
ビルの間からホワイトタワーが見えようとして地下へ潜る。トンネル内、シートで覆われた分岐点の脇を抜け、しばらくすると停車した。
そこには地下に埋まった少し古びたビルがあり、その中へ入っていく。
建物は暗がりの廊下を抜け、石造りの落ち着いたピロティに出る。
(広い…)
ノエルは言われるままついて来たことを若干、後悔していた。
「コユリさん」
フーキーが声をかける。
奥から頭身がとれた美女が出てきた。
「お疲れ、あんた達またなんかやらかしたの?」
「決めつけないでくださいよ〜。無事に任務は終わってます」
リハは会釈してから部屋の奥に消えていく。
アズは、フーキーに耳元で何かを囁いてからリハとともに消えていった。
「コユリさん、新人探してたでしょ?人手不足だって。だから勧誘して来たよ」
「この子?」
ノエルはそこで騙された事に気がつく。
「名前は?この仕事のことわかってる?」
「すみません。何言ってるかも全然わからないし、第一私は逃げるためについて来ただけなんで帰ります」
フーキーが慌ててノエルの前に立つ。
「待って待って、すんごい給料いいよ?あと好きな時休めるし…」
「誰が連れて来たの?やる気がない子を雇えないわ」
「アズ…」
フーキーはコユリの耳元に何かを言っている。
それを聞いて考え込んでいるコユリ。
ノエルは痺れを切らし、一言。
「帰ります」
出口を探そうと後ろを向いた時、コユリから一声だけかけられる。
「多分また会うことになるわ。その時はうちにいらっしゃい」
なんかよくわからないがめんどくさいので会釈をして去る。その跡をピグゥは親を追うようについてくる。
何だったのか。
まぁ、あの場から離れることができたから良いかと納得する。
外に出ると、朝日が昇りかけている淡い空。
まだ夜の中なのを感じる。
さっきの出来事が現実だったのか、夢だったのか分からなくなる。
「しまった!バイク!」
ノエルはうなだれて、仕方なく歩いて職場まで行くことにした。
途中、疲れ切ったピグゥをやれやれと抱えて歩き出す。
動物保護施設るるランド。
着いた頃にはノエルもヘトヘトだった。
ピグゥたちを空いている部屋に入れてあげてから、診察するソファに寝転がる。
消毒の匂い、静まり返った空間にたまに聞こえる動物の鳴き声。
ノエルはそのまま眠りにつく。
園長と誰かの会話の声で目を覚ます。
(誰か来てんのか…)
まだ眠い体を起こし、事務所の方に向かう。
「一括で買えないなら、返してもらう」
と黒スーツの男が腕を組んで言い放つ。
「一括なんて無理だ。分割で払う」
園長は視線を落としたまま、かすれ声で答えた。
なんだか揉めそうな雰囲気。
ノエルは園長側に立って、園長にどういうことかを聞く。相手は、土地の所有者らしい。借りていた土地を急に返せと乗り込んできた。園長に契約書の有無を尋ねるが、人間は信用でやって来たんだと訳のわからんことを言っている。
「あの、ここで揉めても意味ないですし。分割ではダメな理由を聞いてもいいですか?」
すると、側近のような人が口を開く。
「あなたに教える気はありませんね。そもそも嬢に払える額ではない。見たところお金は持ってなさそうですね」
ノエルのことを値踏みしながら半笑う。
「分割でなら払いますよ」
「乗り込んできた人に交渉は無駄ですか」
次は側近の部下っぽいやつが、ノエルに顔を近づけて威嚇した。
微動だにせずに淡々と話す。
「四分割でどうですか。利子も払います。契約書、作ってください」
部下っぽいやつは頭が弱いのか吠えながら、胸ぐらを掴んでくる。流石に痛いので、わちゃわちゃと離す離さないを繰り返していると、ボスのような貫禄の男が近づいてきて、ノエルの鎖骨にある模様を見る。
そして口角を上げ、一言。
「…お前、うちで働け」
今日は厄日か何かか、さっきもそんなことあったと思いながら断ろうとすると、
「お前がうちで働けば、金のことは大目に見てやる。満額返すまでだ」
期間限定なら悪くないと思い考え直すノエル。
それに、園長はもう年だ。あまり負担をかけたくない。ノエルにとって園長は自分を拾ってくれた恩人だ。
「わかりました。契約書作ってください」
ことがおさまりゾロゾロと帰っていく一行。
一行が帰ったときノエルは、思い出したかのように園長に聞く。
「そういえば。ここって値上がってないよね?」
園長はボソボソと巨額な数字を言った。
ノエルは一瞬後悔したが、園長の元気のない背中を見て顔を再び引き締める。
「休みの日にはこっちに手伝いにくるし、今まで通り変わんないから」
そう言い切った瞬間、園長は、糸が切れたみたいにその場に崩れ落ちた。
胸の奥が、嫌な音を立てて冷えていく。
「園長!」
「おい、じじい!」
ノエルは周りに誰もいないことを確認して、急いで救急車を呼ぶ。




