第26話 呼ばれる名前 ――選ばれるということ
午後の部、最後の歌声がホールに消えた。
静寂。
それは、終わりの静けさではない。
始まりの前の沈黙だった。
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■ 待機
舞台袖。
出場者たちは、誰も言葉を発さない。
詩は、自分の手を見つめていた。
わずかに残る震え。
(終わった……)
そう思った瞬間に、別の感情が押し寄せる。
(ここからだ)
結果が出る。
選ばれるか、選ばれないか。
その境界線が、もうすぐ引かれる。
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■ 紗江の祈り
紗江は目を閉じていた。
(お願い……)
何を願っているのか、自分でも分からない。
合格か。
それとも――
(ちゃんと、見てもらえてたらいい)
それだけでいいと、思おうとする。
だが、胸の奥では別の声がする。
(残りたい)
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■ 玲の静寂
玲は、ただ前を見ていた。
感情は、ほとんど表に出ていない。
だがその内側では、確かな熱がある。
(来るなら来い)
選ばれることにも、落ちることにも、意味がある。
そう理解しているからこそ――
(逃げない)
その場に、静かに立ち続ける。
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■ 奏の無音
三浦奏は、壁際で腕を組んでいた。
目は閉じていない。
ただ、動かない。
(結果は結果)
それ以上でも、それ以下でもない。
だが――
ほんのわずかに、指先に力が入っていた。
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■ ステージへ
「出場者の皆さん、ステージへお願いします」
スタッフの声。
全員がゆっくりと動き出す。
光の中へ。
再び、同じ舞台へ。
だが今度は――
歌うためではない。
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■ 一列
横一列に並ぶ出場者たち。
観客席は静まり返っている。
審査員席の視線が、まっすぐに向けられる。
マイクの前に、司会者が立つ。
「これより、全国新人女優オーディション――
本選進出者を発表いたします」
空気が、張り詰める。
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■ 最初の名前
「――北海道代表」
一瞬の間。
「小林悠」
客席から小さなどよめき。
一人の少女が、前に出る。
静かな表情。
だが、その目には確かな光があった。
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■ 続く名前
「近畿代表――藤原葵」
葵が一歩前へ出る。
変わらない表情。
だがその歩みは、わずかに力強い。
「東北代表――三浦奏」
奏は迷いなく前に出る。
その姿勢は、歌っていた時と同じだった。
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■ 紗江
「神奈川代表――田村紗江」
紗江の体が、わずかに揺れる。
(……え?)
一瞬、理解が追いつかない。
詩が小さく囁く。
「紗江ちゃん」
その声で、現実に戻る。
紗江はゆっくりと前へ出た。
目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
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■ 残る名前
呼ばれていない名前。
その重みが、空気をさらに重くする。
詩は、呼吸を整える。
(あと……)
心臓の音が、やけに大きい。
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■ 玲
「――関東ブロック代表、星野玲」
玲は、静かに一歩を踏み出す。
当然のように。
だが、その一歩には確かな覚悟があった。
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■ 詩
そして――
一瞬の間。
「関東ブロック代表――佐久間詩」
時間が止まる。
(……え)
詩の視界が揺れる。
音が遠くなる。
「詩」
玲の声。
それで、ようやく現実に戻る。
一歩。
震える足で、前に出る。
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■ 選ばれた者たち
前に並ぶ数名。
その後ろには、呼ばれなかった者たちがいる。
同じ舞台。
同じ時間。
だが――
立っている場所が違う。
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■ 交差する想い
紗江は涙を拭う。
(よかった……)
奏は静かに前を見据える。
(ここからだ)
葵はわずかに息を吐く。
(予定通り)
玲は詩を一瞬だけ見る。
(来たな)
詩は、まだ実感が追いつかない。
(私が……?)
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■ 風間の言葉
審査員席。
風間隼がマイクを取る。
「選ばれた皆さん、おめでとうございます」
一呼吸置く。
「そして、選ばれなかった皆さんも――
今日の舞台は、確かに届いていました」
その言葉が、静かに広がる。
「ここから先は、さらに厳しい戦いになります」
風間の目が、まっすぐに選ばれた者たちを見る。
「ですが――楽しみにしています」
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■ 次の扉
拍手が広がる。
だが、それは祝福だけではない。
覚悟の音でもあった。
詩は前を見つめる。
紗江は拳を握る。
玲は静かに立つ。
それぞれの想いを抱えながら――
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次の扉が、開かれる。
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(第26話・了 → 第27話へ続く)




